「PRESIDENT WOMANダイバーシティ担当者の会」では、企業の人事・ダイバーシティ担当者の皆さまに向けたウェビナーを定期開催しています。今回は、2020年に化粧品業界の主要企業で初の女性トップに就任された株式会社ポーラ代表取締役社長の及川美紀さんと、同社のサステナビリティ推進室室長の佐藤幸子さんにご登壇いただきました。「経営陣を巻き込むダイバーシティ推進とは?」をテーマに、木下明子編集長がお話を伺いました。

意思決定の場にこそ女性が必要

【木下】ポーラは、女性社員比率7割、女性管理職比率3割、女性役員比率4割を達成されています。ダイバーシティ戦略や女性活躍推進が始まってから現在までの経緯を教えてください。

【及川】女性活躍推進がいつから始まったかは定かではないのですが、私が入社した30年前にはすでに女性管理職がいました。それでも、女性が普通に管理職試験を受けるようになり始めたのはおよそ10年前。当時は女性管理職比率も2割ほどでした。以降、数値目標を定めたのを機に少しずつ女性比率が高まってきましたが、課長になる人はいても部長にまで進む人は少ないなど、依然として課題は残っています。

【木下】化粧品業界は、顧客にも社員にも女性が多いかと思います。女性活躍が進んでいるのはそのおかげではないかという声もありますが、どのようにお考えでしょうか。

【及川】もともと女性が多い環境なのは、確かにその通りです。ただ、当社は女性社員が約半数いるなかで管理職は約3割で、決して十分な数字ではありません。さらに重視したいのは、社としての意思決定の場にどれだけ女性が入っているかという点です。世の消費者の半分は女性ですから、企業は当然、経営戦略の中に女性の視点を入れていくべきでしょう。

ただ、この実現にはまだ乗り越えなくてはならない壁が多くあり、化粧品業界も例外ではありません。しかし、私たちは化粧品会社だからこそ、女性の可能性や意思決定権を持たせることの意義を、率先して世に証明していく必要があると思っています。

ポーラ 代表取締役社長 及川美紀さん
撮影=小林久井(近藤スタジオ)
ポーラ 代表取締役社長 及川美紀さん

数字や事実も示して経営陣を説得

【木下】ダイバーシティ実現のためにはトップの強い意思が大切だと思いますが、経営層を説得するのはなかなか難しいと聞きます。女性活躍推進の担当者はどう行動すればよいのか、人事の立場からアドバイスをお願いいたします。

【佐藤】当社でもトップメッセージは大事だと考えており、社員に向けて定期的な発信を行っています。また、人事担当者と役員とのコミュニケーションも大切ですから、役員会では、人事部内の「人材委員会」と役員が女性活躍やダイバーシティについて対話する時間を設けてもらっています。大事なのは、社の戦力のど真ん中に、いかに人事戦略を置いてもらうかということ。そのためには、経営層のアンコンシャスバイアス解消に取り組むと同時に、女性に限らず各社員の活躍や能力、成果などをデータでもって「見える化」して伝えること、他社の動向も見ながら進言することが効果的だと感じています。

【木下】女性活躍推進への思いだけでなく、数字や事実で説得していくことも大事なのですね。しかし、企業からは「当の女性たちが管理職になりたがらない」という悩みもよく聞きます。

【及川】なりたがらない理由は何か、まずそこをしっかり見ていくべきだと思います。当社は2025年の目標として女性管理職比率50%を掲げていますが、ここ数年はずっと30%前後と伸び悩んできました。そこで、女性が管理職になりたがらない環境を変えなければと思い、現在は労働環境や評価のあり方、評価を担当する管理職側の意識改革などに取り組んでいます。

人の可能性を伸ばすには、本人の努力だけでは解決しません。会社側もどう変わるかが重要。女性が管理職になりたがらないのなら、本人の意欲を疑う前に、まず自社の制度やサポート体制、ダイバーシティ・マネジメントのありかたを疑うことも必要だと思います。

【木下】なるほど、本人たちの意識の面ばかり指摘していたら、逆に意欲をそいでしまうことになり兼ねませんね。

【及川】当社の具体的な取り組みとしては、トップによる取り組みの意義の発信、女性のライフスタイルの課題を解消する仕組みの整備、男性上司が女性部下を評価する際のバランスルール策定、女性の自認サポートなどが挙げられます。特に女性の自認に関しては、外部評価を導入して、自分の実力を客観的に理解してもらえるよう努めています。

女性は昇進を打診されても「私なんて」と謙遜する人が多いのですが、外部評価で「他社ではあなたと同じキャリアの人はこのポジションにいるよ」と示すようにすれば、謙遜の美徳が入る余地はありません(笑)。段階ごとにこうした評価をしながら昇格試験に向けて育成しているほか、試験の前にリーダーに抜擢する「抜擢人事」も行っています。

ポーラ サステナビリティ推進室室長 佐藤幸子さん
撮影=小林久井(近藤スタジオ)
ポーラ サステナビリティ推進室室長 佐藤幸子さん

企業の根底にある「男性OS」を変換

【佐藤】優秀な人を伸ばすのは企業の使命です。社員は皆「いい仕事をしたい」「会社をよくしたい」と思っているはず。その思いに応えるためには、育成のキーワードを「リーダー」から「よりよい仕事」にシフトすることが大事かなと思います。当社では、管理職試験を受ける前にリーダー職を経験する制度や、試験を育成のためのアセスメントに変えるなど、さまざまな仕組みを整えてきました。今後もこのような、各社員がよりよい仕事に挑戦できる機会をどんどん増やしていきたいと考えています。

【木下】女性社員が多いと出産や育児をされる方も多いと思いますが、女性管理職を増やすに当たってどう対応されていますか?

【及川】育休をとっても、昇格などのキャリアに影響しない人事制度にしています。女性だけでなく、男性にも介護などのライフイベントは起こりうるわけですから、今後は従来の男性社会の仕組みから外れてしまっていたような人にも、どんどん門戸を開いていくべきだと考えています。そもそも、現状の日本社会や企業は「男性OS」で動いていますから、まずはこのOSの変換に取り組まなくては。そうすれば、女性をはじめできる限り多くの能力を伸ばしていくことができるはずだと思っています。

【木下】育休については6カ月での復帰を推奨されているそうですね。

【及川】育休はもちろん本人の意志を尊重した上で、2年まで取得できるという選択幅を設けています。その上で早期復帰を希望する人には、仕事と育児の両立を応援するため、職場復帰サポート手当やメンター制度を用意しています。

【佐藤】他の制度としてはフレックスや時短勤務も導入し、働き方をある程度自分でデザインできる仕組みを整えています。加えて、制度は時代に合わせて見直していくべきだと思っていますので、今後も社員の声を聞きながら、各自が自分らしい働き方をできるよう精いっぱい後押ししていくつもりです。

【木下】男性の家庭進出についてはどんな取り組みをされていますか? 最近では「男性育休100%宣言」を出されたそうですね。

【及川】現状女性に偏っている負担を、いかに夫婦で分け合ってもらうかが大事だと思っています。特に男性育休は、取得することでその人の中に生活者目線や暮らしに対する感受性などが生まれますから、化粧品を開発・販売する上でもいい効果があるはず。最近は、育休をとった男性社員同士のワーキンググループも発足し、自主的に社内に発信してくれています。部門長の中にも育休経験者が増えつつあり、自然と育休を取得しやすい風土ができ始めています。

木下 明子『プレジデント ウーマン』編集長
撮影=小林久井(近藤スタジオ)
木下 明子『プレジデント ウーマン』編集長

ジェンダーや立場で分断されない社会を

【木下】改革を進める上では、昭和的価値観を捨てきれない上司が足かせになるという話もよく聞きます。意識改革のためには何をすればいいのでしょうか。

【及川】こればかりは根気強く言い続けるしかないと思います。当社ではアンコンシャスバイアスの見える化を目的とした研修を行っており、部下と上司で立場を取り替えてみるなどさまざまな工夫をしていますが、やはり意識改革には時間がかかりますね。対話、コミュニケーション、体験を粘り強く続けていくしかないように思います。

【木下】転勤に対しては何か工夫されていることはおありでしょうか。配偶者やお子さんがいる方に対して、配慮などはされていますか?

【佐藤】転勤配慮制度を設けており、事由のある方は会社に申し出た上で「転勤しない」という選択を取れるようになっています。ただ、これはケースバイケースで、一人ひとりと話し合ってできるだけリクエストを大事にしながら対応するようにしています。もちろん、転勤できないからといって昇進に響くことはありません。

【木下】日本の大企業の経営者はまだまだ男性が多いと思いますが、その中で及川社長はどのように立ち回られてきたのでしょうか。

【及川】私も子どもを持つ母親なので、出産や育児の際には壁もありました。でも、そのたびにすごい「鈍感力」を発揮したおかげで乗り越えてこられたのかなと思います。たたかれても笑顔で、自分の「こうしたい」という思いを口にし続けてきました。やはり鈍感力はとても大事だと思いますよ(笑)。

プレジデント社の応接室をスタジオに、配信を行いました
撮影=小林久井(近藤スタジオ)
プレジデント社の応接室をスタジオに、配信を行いました

【木下】ダイバーシティに関する今後の目標をお聞かせください。また、ダイバーシティ推進に悩んでいる人事関係者の方に、励ましのメッセージをお願いいたします。

【及川】当社の目標は「多様な人が、健康に、イキイキと活躍する機会の創出」です。2029年の100周年に向けて、ジェンダーや立場で分断されない社会、自分と社会の可能性を信じられる「つながり」であふれた社会を実現していきたいですね。

人事担当者の皆さんには「意志があれば必ずできる」とお伝えしたいと思います。当社にできることがあれば喜んでお手伝いしますので、誰もが活躍できる社会を目指して、皆で声を上げていきましょう。