早くから女性活躍や多様性の推進に取り組んできたキリンホールディングス株式会社。2021年6月15日に行われた「PRESIDENT WOMAN ダイバーシティ担当者の会」ウェビナーVol.2では、同社人事総務部のお二人をお迎えし、木下明子編集長がその取り組み内容や成果について伺いました。多様性を力に変え、イノベーションを巻き起こすために同社が取った「打ち手」とは――。

約半数が入社5年目までに離職していた

【木下】キリングループは、人材や多様性についてどのような考え方を基本としているのでしょうか。

【濱】私たちは食領域、医領域、ヘルスサイエンス領域を中心に事業をグローバルに展開しています。各グループ会社がそれぞれの領域で多様なお客様ニーズに応える商品を提供しているため、人材の面においても多様性は必須条件です。当グループにとって人材は企業競争力の最大の源泉ですから、人事においては「人間性の尊重」を基本理念に掲げ、自律した個を目指す従業員とそれを尊重し支援する会社、両者は仕事を介し、イコールパートナーであると位置づけています。

【木下】そうした考え方の下、ダイバーシティ戦略にはどんなところから取り組まれたのでしょうか。

【濱】私たちの取り組みは2006年、「キリン版ポジティブアクション」の制定から始まりました。当時、当社の新卒入社は約4割が女性でしたが、そのおよそ半数が入社5年目までに辞めてしまうという状況でした。私たちの商品を買っていただくお客様には女性も多いのに、従業員が男性ばかりでは企業としての成長は見込めません。そこで、この状況に危機感を覚えた当時の社長が、全従業員に対して女性活躍推進に本格的に取り組むよう伝えたのです。

その後、グループ横断の女性メンバーからなる女性活躍推進組織「キリンウィメンズネットワーク」が発足しました。全国から600名もの女性社員を集めてキックオフミーティングを開催し、そこから地域単位での女性社員同士のネットワークづくりや、女性社員の声を反映した新制度や仕組みの実現に取り組み始めました。

(写真左)キリンホールディングス株式会社 執行役員 人事総務部長 濱利仁さん/(写真右)キリンホールディングス株式会社 人事総務部 多様性推進室 豊福美咲さん
撮影=田子芙蓉
(写真左)キリンホールディングス株式会社 執行役員 人事総務部長 濱利仁さん/(写真右)キリンホールディングス株式会社 人事総務部 多様性推進室 豊福美咲さん

女性向け研修やリーダー育成施策の中身

【木下】ビール会社というとどうしても超体育会系、男性社会というイメージがありますが、取り組みによって変化はありましたか? また当初は抵抗もあったのではないでしょうか。

【濱】2000年代後半入社の世代ぐらいから、現場で女性総合職がたくさん活躍するようになりました。それにつれて男性上司の間で女性への評価も高まり、難易度の高い仕事もアサインするようになるなど少しずつ雰囲気が変わっていきました。

それでも最初は、冷めた反応をする男性も多かったんです。社長が強く宣言したので統括本部長や工場長は前向きでしたが、その下のリーダー陣や男性はまったくひとごとというか、大半は「何か女性向けのことをしているらしいね」ぐらいの捉え方でした。飲み会の席などでは「女性だけ特別扱いをしている」といった声も出たようです。一方、女性からは「変化に期待している」という声もあれば、逆に「特別扱いされてもかえって居心地が悪い」などという声もありました。

このように当初は不安感や抵抗もありましたが、女性活躍推進の意義を粘り強く発信することで、皆少しずつ前向きに捉えてくれるようになりました。お客様ニーズへの理解を深めて価値を提供していくためには、特定の属性に偏った組織風土のままではいけない。そこを伝え続けたことが、男性の理解や女性のモチベーションアップにつながっていったと感じています。

【木下】併せて、女性に対してはさまざまな研修も行っていらっしゃいますね。それぞれの内容や目的について教えてください。

【豊福】女性活躍推進施策として、3つの活動を紹介します。1つめは、入社3年目の女性とその上司が一緒に受講する「キャリアワークショップ」です。多様性推進の必要性や女性特有のキャリア開発について、また早回しのキャリア(出産・育児を迎える前に早目に成功体験を積み、得意領域を作る)をどう歩むべきかについて知ってもらうことを目的にしています。こうした事柄はライフイベントを迎える前に知っておくことが重要だと思い、入社3年目というあえて早いタイミングで受講してもらっています。

2つめは、経営職を目指す女性総合職向けの研修「キリンウィメンズカレッジ」です。女性リーダー比率を8年で3倍にするという目標の下、リーダー育成施策として展開しています。キリングループ各社から本人の応募文と上司の推薦文によって選抜し、受講者は半年間ビジネススキルを学びながら、自職場の課題解決につながる提言を作成します。最後には、社長の前で自らの提言を発表し、受講後は約1年間、プロジェクトリーダーとして提言を実行します。ここでリーダーシップ発揮の楽しさを体感し、さらに成長意欲が増したという人も少なくありません。

また研修ではありませんが、育児と仕事の両立を推進する施策として、オンラインでの育児サロンを開催しています。育児休業者に加え、リーダーや同僚、社外の配偶者等、両立に関心がある人なら誰でも参加でき、不安払拭やグループを横断した仲間づくりに役立っています。

木下 明子『プレジデント ウーマン』編集長
撮影=田子芙蓉
木下 明子『プレジデント ウーマン』編集長

パパやママの立場を1カ月間擬似体験

【木下】仕事と育児の両立に関しては、御社独自の研修「なりキリンママ・パパプログラム」も大きな注目を集めました。導入の経緯や内容をお聞かせください。

【豊福】営業職女性の活躍推進を目指すプロジェクト「新世代エイジョカレッジ」で、当社のチームが「なりキリンママ」という研修を提案し、大賞を受賞したのがきっかけです。内容は、子どものいない従業員が営業ママになりきって時間制約のある働き方を徹底し、労働生産性を上げるというものでした。社内でも働き方の課題を解決するため、2019年から全社展開を始めました。

研修を受ける人は、擬似体験するシチュエーションを「育児」「親の介護」「パートナーの病気」の中から選び、時間の制約や突発事態に対応しながら1カ月間、仕事との両立を図ります。仕事のスケジュールにも影響が出るため、当初は抵抗の声も上がりました。

多かったのは「お客様がいるのに困る」というものです。確かにその通りですが、お客様にどうお伝えするか、プログラムのことを話すかどうかは本人に任せています。ただ、プログラムのことを話すと好意的な反応も多いようで、お客様が同じような課題を抱えていらっしゃる場合は無償でノウハウを提供したりもしています。

「仕事で忙しいのに」という声もありました。そこに対しては、今後自分やチームメンバーが両立問題に直面したときに、皆が余裕を持って対応できるよう、今のうちに予行演習をしておきましょうという伝え方をしました。

一方で、体験者からは「情報共有の意識が高まりチーム力向上につながった」、実際のパパやママからは「皆さんに自分事化してもらえて空気が変わった」という前向きな声もあり、やってみればできるものだという実感からか、男性育休の取得率も大きく上昇しました。

【木下】そのほかの課題として、転勤や休職についてはいかがですか?

【濱】2009年から順次、ボランティアや配偶者の転勤などを理由に休職できる制度、自己都合退職後5年以内に復帰できる制度、一定期間の転勤停止、育休明けに希望地域への復帰を実現する制度などを導入しているほか、在宅勤務制度も拡大しています。いずれも女性の課題や思いをもとに実現したものです。

【木下】キリンビールやホールディングスは時短勤務を取得できる期間が短いと伺っていますが、これはなぜでしょうか。

【濱】時短勤務については、当社ではお子さんが小学校3年生の学年末に達するまでの間、育休期間と合算して48カ月を上限に取得できます。育休は2歳に達するまで取得可能なので、時短勤務の期間は最大2~4年程度ということです。なぜ短いかというと、当社では「フルタイム勤務が基本」という考え方がベースになっているからです。

東京都中野区にあるキリンホールディングス株式会社の会議室から配信を行いました
撮影=田子芙蓉
東京都中野区にあるキリンホールディングス株式会社の会議室から配信を行いました

育休後の時短勤務

【濱】育休取得者をはじめ全従業員に対して、「家庭を大切しながらも『自身の』キャリアを考えて歩んでほしい」という会社の期待やメッセージを伝えています。併せて、時短勤務を長くとらなくとも(フルタイム勤務に戻しても)、両立できる働きやすい制度や体制を整えています。例えば、コアなしフレックス、場所を問わない在宅勤務、シェアオフィス、自宅PCやスマホでの業務可等です。結果として、育休取得者も、いつ時短を取得するか、いつフルに戻すかなど、キャリアや生活を複合的に考えられているようです。

こうした時短制度や考え方は、女性をはじめ全従業員に広く根付いています。特にコロナ禍以降は、在宅勤務やコアなしフレックスが後押しして、フルタイムでの復帰を選択する傾向が高まっています。ちなみに、休職制度や時短勤務を使っても、昇進に影響するようなことは一切ありません。

【木下】育休後は、柔軟な働き方を用意した上でフルタイムに復帰してもらうということですね。女性のキャリアを伸ばすことに主軸を置いた、すばらしい仕組みだと思いました。女性活躍やダイバーシティ推進に関して、今後の取り組みや目標値をお聞かせください。

【濱】現在の女性活躍推進計画は2021年が最終年度となっています。これはグループの主要4社の女性リーダー比率を、2013年時点の4%から3倍の12%にするというもので、ほぼ達成できる見込みです。今後は新たな計画の策定を進め、女性リーダー比率は2030年までに「組織文化に変化をもたらす閾(しきい)値」といわれる30%を目指す予定です。さらに、役員や組織長などの意思決定層にも女性に参画してもらいたいと考えています。

多様性の推進については、障害者やLGBT、シニア層の活躍推進、およびアンコンシャスバイアスの払拭に取り組んでいるほか、従業員が多様性推進を自分事化して考えられるよう、意識調査による課題の洗い出しや研修などを行っています。また、社外の価値観や経験値を取り入れるためキャリア採用にも力を入れており、今では年間に入社するホールディングス原籍従業員の30%程度がキャリア採用者となっています。

【木下】最後に、女性活躍やダイバーシティ推進に悩んでいる人事関係者の方、特に女性が管理職になりたがらないという悩みをお持ちの方に向けて、励ましのメッセージをお願いします。

【濱】まず女性が管理職になりたがらない背景を考え、もしリーダーシップに自信がないということであれば「自己の成長のため」と理解してもらうことが大切だと思います。リーダーシップは役職の有無にかかわらず全員に求められるものであり、何としても成し遂げたいという熱意があれば必ず発揮できるものです。具体的にどう行動すればいいかわからないという人に対しては、まず同僚やチームのメンバーを励ますことから始めてもらってはどうでしょうか。仕事を通じて人を励まし、その人の成長を支援することがリーダーシップの第一歩だと思います。