「もう若くないし」とも思ったけれど
【白河】キャシーさんがゴールドマンを辞められて、次は何をするのか、注目されていましたが、関さん、村上さんも一緒にと聞いて、すごく驚きました。特に村上さんはつい先日までOECDの日本トップでいらした。御社の設立の経緯をお聞きしたいのですが、最初はどういった構想から始まったのでしょうか?
【村上】私とキャシーと関さんは、もともと友人同士なんです。3人ともずっと金融業界で働いてきて、バックグラウンドが似ていたことから仕事を通じて仲良くなりました。全員同い年で、誕生月も同じだったので誕生日会を毎年開いていたんです。そして3人とも金融と社会というつながりから何ができるかという思いが常にありました。
MPower Partnersは最初に私が構想を思いついて、関さんに「どう思う?」って相談したんです。そうしたら予想以上にノリノリで、「これが私たちの次のミッションだわ!」って2人で盛り上がっちゃって(笑)。その勢いのまま、キャシーに「一緒に会社やらない?」って声をかけました。でも、最初は反応が鈍かったですね。
【キャシー】不安だったんですよ。公開株の経験はあっても未公開株の経験は浅かったので、ファンドをきちんとつくれるのか、投資先を見つけられるのかって。もう若くないからエネルギーもないし(笑)。だからすぐには決断できなかったんですが、村上さんたちが「考えてみて」って時間をくれたんです。
短期間で資金調達に成功
【村上】それが2019年の秋頃のことで、まだコロナ禍が本格化する前でした。キャシーが心を決めてくれたのは翌年の2〜3月ごろですね。そこから本格的に準備を始めました。投資家にコンタクトし始めると、ESG(Environment、Social、Governance)重視型への好反応もあって、順調に資金調達ができました。
【白河】最初は村上さんのアイデアだったんですね。投資家を集めるのが一番大変と言いますが、短期間で資金が集まったのはみなさんの実績があるからこそですね。やはり、投資家の間にも「これからはESG戦略が重要」という風潮が高まっているのではないでしょうか。
【村上】そう実感しています。私たちのミッションには、国内外の多くの投資家が共感してくださいました。中でも、日本の大手金融機関3社は、もともと経営戦略にESGを組み込む方針を打ち出していたこともあって、早い時期にアンカー投資家(大口出資者)になってくださいました。いずれの社も、トラックレコードのないファンドへの投資は慎重ですが、これまでの私たちのESG活動を評価していただけたようです。
【キャシー】その点は、当社と他のベンチャーキャピタルファンドとの差別化にもなっていますね。私たちはもう何十年もESGを研究してきたので、3人が持っている経験とバリューが生きた結果だと思います。
コロナ禍が後押ししてくれた
【村上】ESGが世界的に注目されることもあって、ESG重視型ファンドはこれからたくさん出てくると思います。でも私たちの場合は、最近話題になっているからESGをうたっているわけではなくて、数十年ずっと研究を重ねてきました。そこは大きな強みだと思っています。
【白河】実際、御社は日本初のESG重視型ファンドとしても注目を集めていますね。キャシーさんも長年ESGの重要性を訴え続けてこられましたが、MPower Partnersへの参加を決断したのは、何がきっかけになったのでしょうか。
【キャシー】タイミング的には、実はコロナ禍が後押しになりました。元からESGを浸透させたい、日本経済を活性化したいという思いはありましたが、村上さんの誘いがあってからコロナ禍が本格化し、在宅勤務になったことでじっくり考える時間ができたんですよ。その間、ベンチャーキャピタルについていろいろリサーチして、結果「私たちにもできるかな」と思えるようになったんです。
不安もありましたが、日本経済の活性化にはスタートアップ企業の成長や、ESG戦略の実装が欠かせません。その実現を目指せるなら、最初は小規模でもいいから挑戦していこうと心を決めました。
飲み会、会食ゼロの資金調達
【村上】コロナ禍は、私たちのビジネスにはプラスに作用しましたね。日本の企業は、話をするなら足を運ばなきゃというところがほとんどですが、コロナ以降は「最初だけ対面でお話しして後はオンラインで」が普通になりました。
少人数の小さなファンドなのに、出資企業や投資先との打ち合わせを数多くこなせたのはそのおかげです。そういえば、今回の資金集めでは飲み会も食事会もゼロだったんですよ。コロナ前はそんなことはあり得ませんでした。そしてコロナで社会が急変し、そこから生まれるビジネスチャンスをつかもうとするスタートアップも出てくるタイミングだったのです。
【キャシー】同感です。今回は企業の偉い方々もコロナ禍で在宅勤務になっていたので、普段よりずっとつかまえやすかったですね。そのおかげで商談もスムーズに進みました。
3人とも起業家の娘
【白河】設立にはコロナ禍での働き方の変化も大きく影響していたのですね。そして今後ですが、私はMPower Partnersの設立は、日本が変わる契機になるかもしれないと思っています。シリコンバレーのスタートアップ業界の友人は、設立を聞いた時「ゲームチェンジャーが現れた」と言っていました。皆さんの起業にワクワクしています。
【村上】それはうれしいですね。私たちは3人とも起業家の娘なので、その血が流れているのかもしれません。私の母親は、ずっと専業主婦だったのに48歳でドラッグストアを起こして、その後20年間で山陰地方最大のチェーンストアに育て上げました。私は母が0から1をつくり上げる姿を見ながら、自分自身は会社員として、世間的には安定したキャリアを歩んできたわけです。でも、母が見せてくれた「起業」という挑戦は、自分のキャリア最後の置き土産として、ずっと心の底にあったような気がします。
【キャシー】私も親が0からスタートする姿を見てきて、心の底にはずっと「同じ挑戦を」という気持ちがありました。
小粒で終わらず世界を狙ってほしい
【白河】ご両親の時代に比べると、今は女性もスタートアップ企業もより大きな挑戦ができる環境になっているかと思います。お二人ともお若い時から海外を見てこられましたが、日本のスタートアップの課題をどのように捉えていますか?
【キャシー】日本でナンバーワンになって満足するのではなく、海外に通用するビジネスモデルならぜひ世界を狙ってほしいですね。私たちも、グローバルに戦うための支援をしていきたいと思っています。中国の起業家なんてもっと世界進出に貪欲なのに、日本の現状はさびしいし、もったいないですよ。優秀な人材が多くて国も平和、スタートアップが成長する環境が整っているのに、せっかく始めたビジネスが小粒のまま終わっていいのかと。そこに対してはずっと問題意識を持っています。
【村上】本当にもったいないですね。私たちも、資金面でもっとスタートアップを支えていかなければ。そのためにも、ファンドとしてしっかりとした投資リターンを目指していきます。ESGを組み込んでいるからこそ企業価値が上がる、それを証明していきたいです。
秘書なし、ITヘルプデスクなしの日々
【白河】お二人ともずっと大企業、国際機関で活躍されてきたのに、起業という思い切った決断をして、新たなミッションに進まれる。今企業で働く50代の女性がライフシフトに迷っています。ロールモデルともなる新しい挑戦だと思います。
【キャシー】私たちは3人とも56歳。この年齢になると「このまま最後まで同じ会社で勤めていければ十分」と思うのが普通かもしれませんが、そこはやはり親の姿を見てきたからでしょうね。この年で初めてベンチャーの世界に飛び込んで、今は毎日が新鮮です。秘書なし、ITヘルプデスクなしの環境にまごつくこともありますが(笑)、若い起業家と接するのは楽しい。私たちの挑戦によって、女性や同年代の皆さんが少しでも勇気づけられたらいいなと思います。
【村上】そうそう、五十路デビューこそがこれからの日本をつくっていくんじゃないかな。昨年はみんな55歳だったので、私たちは自称「GOGOガールズ」と言っていたんですよ(笑)。年齢については、そのぐらい前向きな気持ちで捉えています。正直、成果を出さなきゃという思いから眠れない夜もありますが、まだまだがんばっていくつもりです。