女性の管理職が増えない理由を「女性がなりたがらないから」「女性の昇進意欲が低いから」と分析し、女性のモチベーションを一生懸命上げようとする企業がいまだにあります。フローレンスの前田晃平さんは「男性本位の視点や、ビジネスパーソンの視点でしか社会を見られないと、女性の管理職比率が低いことを、女性の自己責任だと勘違いしてしまいます」と指摘。家庭の側から見える風景を企業の人事施策に持ち込むことを提案します――。

※本稿は、前田晃平『パパの家庭進出がニッポンを変えるのだ!』(光文社)の一部を再編集したものです。

赤ちゃんと一緒に通勤する若い母親
写真=iStock.com/recep-bg
※写真はイメージです

子育ては自己責任なのか

出産費用について強い問題意識を持った私は、早速noteで記事を書きました。「出産費用が高すぎる!」と。「ほんとこれな!」とか「早くなんとかしないと!」といったような共感の声を期待していました。

実際、本当に多くの方からそのような反応をいただきましたが、予想外のコメントもたくさんありました。曰く「どーせセレブな病院で産んだんだろ」(近所の普通の病院です)とか、「個室にしたんだろ」(6人部屋でした)とか……。中でもグサッときたのは、「勝手に産んだんだから、文句言うな。自己責任でしょ」でした。

私は2ちゃんねる勃興期にネットにどっぷり浸かっていた人間なので、普段ならこうした反応は華麗にスルーなのですが、この時は引っ掛かりました。妊娠出産は、子育ては、自己責任。こういう考え方が世にあることは理解はしていましたが、実際に言われると、思っていた以上に寂しいものだなぁ……。

しかし、これは世の「子育ては自己責任論」を思い知る、まさに序章に過ぎなかったのでした。

2カ月の娘と電車で移動

育休中、私は、絶対に忘れられない体験をしました。会社に用事ができ、同僚への挨拶も兼ねて、2カ月になった娘を連れて電車で移動した時のことです。

地元から都心に出て、乗り換えようとした地下鉄は、少し混んでいました。でも、ベビーカーではなく抱っこ紐だったし、娘の機嫌もよかったので、まあいいかと乗車しました。しかし、10分ほどが経った頃、駅に着く前に電車が止まったのです。先の駅で、乗客が線路に物を落としたとのアナウンス。それならそんなに時間がかかるものでもなかろうと、ぼけ〜っとしていたその時、娘が突然カナキリ声で泣き始めました(娘の泣き声は、4人の男子を育てあげたうちの母が驚いたレベルです)。

それまでスマホやら本やらに落とされていた周囲の人々の視線が、一斉にこちらに集中しました。こんなに焦ったのは、36年(当時)の人生でも、そうありません。どうにか娘を泣き止ませようとしましたが、無駄でした。今なら、たまごボーロとか、ロッテカフカのYouTube動画(なぜか泣き止む)とか、色々仕込んでいたでしょうが、ワンオペ電車初体験だった私には、そんな知恵はありませんでした。

チッという舌打ちの音

電車は、動きません。娘は、泣き止みません。「泣きたいのはこっちだよ(涙)」と思いながら、娘をあやします。でも、娘はエキサイトする一方。実際にはほんの数分でしたが、この時の自分には永遠に感じられました。漫画・ドラゴンボールの「精神と時の部屋」が、顕現しようとは……(精神と時の部屋は、外の世界と時間の流れが異なる異空間。部屋の中の1日は、外の世界の4分に該当する)‼

イラストレーション=ハナウタ
イラストレーション=ハナウタ

あまりの精神疲労に髪が全部真っ白になるのではないかと思い始めた頃、電車が動き始めました。「よかった! 次の駅で降りて娘を落ち着かせよう……」と思った矢先のこと。「チッ」という舌打ちが背面から聞こえました。振り返ると、ビジネススーツを着た中年男性がこっちを睨めつけていました。目が合うと、もう一度「チッ」と舌打ちをしました。

普段なら、笑顔でスルーする案件です(心の中で悪態をつきながら)。でもこの時は、娘の連日の激しい夜泣きによる寝不足で、精神的にとても参っていました。そんな、ただでさえ虫の息だった心に、この舌打ちが見事にトドメを刺してくれました。まさに、泣きっ面に蜂。じわっとこみあげてきた涙を、必死に堪えました。この場に妻がいなくて、本当によかった。こんなの、つらすぎる。どうしてこんな目にあわないといけないんだろう。

母親が味わう理不尽の一端を味わった

子どもと一緒に、電車に乗っただけなのに。

私は、人様に舌打ちされるようなことをしているのだろうか。

暗澹たる気持ちで次の駅で下車し(目的地までまだ遠い)、いったん娘を落ち着かせました。泣き止みはしたけど、まだ機嫌はよくなさそう。そうこうしているうちに、次の電車が来ましたが、また娘が泣き叫ぶかもしれないと思うと、足がすくんでしまいます。迷っているうちに、電車は行ってしまいました。

ガタンゴトンと過ぎ去る車両を呆然と見つめながら、ふと、社会学者の上野千鶴子氏の言葉を思い出しました。

「女性は、出産・育児をしはじめた途端に、弱者になる」

そうか。私は、そうとは知らず弱者になっていたんだ。これまでママたちが味わってきた理不尽のほんの一部を体験したのか。うん。これは、控えめに言って、最低の気分だ。

日本は子育てに対して冷たすぎる

とはいっても、たかが舌打ちです。これだけ多くの人がいる社会、考え方も十人十色なわけで、子育てに対して冷ややかな考えをお持ちの方もいらっしゃるでしょう。

いちいち気にするだけ損かもしれません。しかし、日本の場合、この「子育てに対する冷ややかな考え」はただの雰囲気ではありません。私たちの生活に具体的な影響を及ぼす政治にまで浸透しています。例えば、こんなニュースです。

待機児童の解消に向けた政府の新たな計画作りで財源探しが難航している。(中略)財務、厚生労働両省を中心に児童手当の見直しによる財源捻出も検討している。たとえば所得制限の基準を超える高所得者への月5千円の特例給付を廃止・縮小する案がある。妻が専業主婦で子ども2人の世帯で年収960万円以上が対象になる。(日本経済新聞、2020年11月7日朝刊『児童手当など見直しも 待機児童解消へ財源探し』)

政策から見える政府の本音

もう、怒りを通り越してグッタリしてしまいました。子どもが一人なら年間6万円、二人なら12万円の減収です。これは我が家の家計には大ダメージです。しかも、その理由が「待機児童の解消」とな……?

前回の記事でご紹介した通り、日本はただでさえ家族関連支出(子育て世帯に対する政府の財政的支援)が、対GDP比で先進国最低レベルです。そしてこれが、日本の深刻なジェンダーギャップ(=少子化の原因)が改善しない理由のひとつでした。なのに、支出額を増やすどころか、同じ子育て世帯の支援メニューの中でやりくりするってどういうこと? しかも、待機児童という保護者のキャリアを根こそぎ奪う可能性のある深刻な問題の財源、まだ確保してないんかい……!

その後、本件は子育て世帯からの強い反発を受け、2020年12月に「夫婦のうち高い方の年収」が1200万円程度以上の世帯を対象とすることに変更されました。最初は夫婦二人の年収の合計で議論されていましたが、「夫婦のうち高い方の年収」基準に変更され、手当が削減される世帯は減りました。やっぱり、おかしな制度に対し、声をあげるのは大事ですね! とはいえ、家族関連支出の削減には違いありません。

政策は、政府から国民への雄弁なメッセージです。政府は私たちにこう言っているのです。

「もうお金なくて面倒見切れないからさー、自分たちでどうにかして」

政府が支出をケチった分、母親が無償ケア労働している

しかし、どうにかならなかったら、どうなるのでしょう。保育園に入れなかったら? 仮に入れても、ものすごく遠かったら? 延長保育がなかったら? そもそも、子どもが病気がちで保育園にまともに預けられなかったら? そのために会社にいることが難しくなったら……?

これらは、実際に多くの子育て世帯で起きている現実です。その埋め合わせを引き受けているのは、大抵の場合、ママです。ママたちが時短勤務にしたり、時には退職したりして、家事育児を一手に担っています。政府が財政支出をケチったツケは、「無償ケア労働」という形で、ママが支払っているのです。財政の節約は結構ですが、家族関連支出の削減は、単に負担をママに押し付けているだけです。

無償ケア労働とは、家庭で行われる家事・育児・介護等のこと。前回の記事でもご紹介しましたが、日本のママの無償ケア労働は、他国と比較して圧倒的に負担が大きいのです。一方、日本のパパの負担は圧倒的に少ない……(その分、有償労働時間が長い)。

M字カーブ改善とともに出現したL字カーブ

一方で、最近のニュースなどでは、女性の就業率の上昇が伝えられています。つまり、働く女性が増えている、と。確かに、いわゆる「M字カーブ」(図表1の上のグラフ)は近年、改善してきました。結婚、出産を機に専業主婦になる女性は、どんどん少なくなっています。

女性の正規雇用率は年齢と共に下がる

しかし、同じ図表1の下のグラフでわかるように、フルタイムでの就業継続は、変わらず困難な状況が続いているのです。この現象を「L字カーブ」と呼びます。20代から、ジリジリと正規雇用率が減少しているのがわかりますよね。この、徐々に雇用率が下がっていく様が、本当に切ない。どうにかキャリアを維持しようと頑張ったけど、一人、また一人と、バタバタ力尽きていくママたちを見ているようです。

厚生労働省の「コース別雇用管理制度の実施・指導状況」によれば、1995年に総合職を採用した企業のうち、10年後に一人も女性総合職が残っていない企業は、なんと、4割に達します。2010年度の調査でも、2000年度採用の女性総合職は10年で65.1%が辞めています。

もちろん、自由度の高い働き方を希望してキャリアチェンジをした人もいますが、その理由の多くが「子育てとの両立」です。そして、会社の中でキャリアアップを望んでいたママたちは、この状況をどうにかしようと、あらゆる手を打ってきたのもまた事実です。ベビーシッター、延長保育をやっている無認可保育所(とても高額)、病児保育……等々、身銭を切って、どうにかキャリアを維持しようとしています。

しかし、そんなママに対する社会の目は非常に冷ややかです。陰に陽に「子どもがかわいそう」なんて言葉爆弾を炸裂させる人もいます。ママたち自身も悩んでいます。国立社会保障・人口問題研究所が結婚経験のある女性を対象にした「全国家庭動向調査」によると、「自分たちを多少犠牲にしても、子どものことを優先すべき」への賛成割合は、2008年の第4回調査で81.5%。1993年の第1回調査(72.8%)から毎回上昇しています。

そんな世間からの圧力と、自身の母としてのあるべき姿とのギャップに晒され、ママたちはキャリアアップの望みを諦めていきます。「そこまでして……」とつぶやいて。

家庭進出したパパには、世界が一変して見える

女性の多くは、出産育児を機に、まさに人生が一変します。子育てはママがやるべきという社会からの圧力(そのくせ、サポートはわずか)に直面し、一つ一つ、本当はやりたいと思っていたことを諦めていきます。「しょうがないよね。私は、お母さんなんだから」と、つぶやいて。

一方、男性はどうでしょうか。子どもが生まれても、雇用形態も、労働時間だって基本的には変えないケースが大半です。キャリアアップを諦める人はそう多くはないでしょう。これは、前回の記事でみた通り、やむを得ない部分もあります。だって、社会がそうさせてくれないのだから。

私だって「家事育児は夫婦で5:5です(キリッ)」なんて言ってますが、それができるのは、日本でも有数の子育てに理解のある職場にいるからこそです。夜遅くまで家族のために働いているパパに後ろ指をさして、悪者扱いするなんて、できません。

でも、だからこそ、少なくとも! 私たち男性は、女性たちの置かれている境遇に思いを致し、想像力を働かせないといけないと思います。私は育休とその後の子育てを通じて、ママたちが受けてきた不条理のほんの一端を体験しました。公共交通機関は使いづらくなるし、どんな緊急案件が来ても定時帰りは死守しないといけないし(そして、子どもを寝かしつけてから作業再開)、どういうわけか、重要な会議がある時に限って子どもが熱を出したりして欠席しないといけなくなるし、極め付けには子どもの風邪をうつされるし……‼

こんな状況では、サービス残業が常態化している日本の企業でキャリアを積むなんて、ほとんどミラクル……。

なぜ「女性の意欲の低さ」が問題にされるのか

それなのに! 日本のジェンダーギャップに言及し「女性の役員、管理職が少ない」と言うと「女性の意欲がないから」と言い放つ人は少なくありません。実際、厚生労働省の「平成26年度雇用均等基本調査」によると、従業員30人以上の企業で、女性の活躍を推進するうえで必要な取り組みは何かと問われると「女性のモチベーションや職業意識を高めるための研修機会の付与(38.1%)」が上位にきます。つまり、企業は自社の体制や社会的圧力よりも「女性のモチベーションや職業意識が低いこと」を問題視しているわけです。確かに、女性が男性に比べて役員や管理職を志望する割合が低いことを示すデータはたくさんあります。では、どうして、女性の意欲は低いのでしょう。

私にはわかります。だって、無理なんだもの。

きっちり定時であがって家事育児もガッツリやりながら役員や管理職になっている人は、奇跡のスーパーウーマンなのです。長時間勤務がベースの職場において、子育てを担う人たちは、そうでない人と同じ土俵にすら立てない。私だって、今の家庭環境で、サービス残業上等のオラオラ企業に転職して管理職を目指せるかと問われたら、やっぱり「無理です」と答えます。「意欲がない人」認定されるに違いありません。

夫の家事時間が長いほど、妻の昇進意欲は伸びる

実際、三菱UFJリサーチ&コンサルティングが2015年に公表した「女性管理職の育成・登用に関する調査」では、配偶者の家事・育児・介護時間が長いほど、女性の昇進意向が高いことが明らかにされています。まあ、こんなの、ママたちからしたら「当たり前だろ!」ってデータです。

前田晃平『パパの家庭進出がニッポンを変えるのだ!』(光文社)
前田晃平『パパの家庭進出がニッポンを変えるのだ!』(光文社)

本稿のテーマである「男性の家庭進出」は、単に家事育児を頑張ってやる、ということだけではありません。その真の意味は、社会に向ける視点のアップデートです。

男性本位の視点や、ビジネスパーソンの視点でしか社会を見られないと、女性の管理職比率が低いことを、女性の自己責任だと勘違いしてしまいます。これは、あまりにも近視眼的であり、課題の本質を見誤っています。家庭から社会を眺めると、これまでとはまったく異なる景色が見えます。ビビるほどに。

私たちの社会を、みんなにとってより良くするには、まずはこの男性の認知の歪みの是正が第一だと思います。そしてその起点は、ママと同じ体験をすることではないでしょうか。