※本稿は西尾 太『アフターコロナの年収基準』(アルファポリス)の一部を再編集したものです。
「あの人、いい人なんだけど仕事できないよね」
組織の中で生きていくにせよ、フリーランスとして生きていくにせよ、大事になってくるのは人間関係です。
SNSの影響なのか、近年は空気を読むことばかりが重視され、流行語になった「忖度」もビジネスパーソンにとって欠かせないものになっています。もちろん仕事をするうえで、空気を読むことも忖度も大事ですが、問題はそのバランスです。
周囲に忖度ばかりしていると八方美人になってしまい、人としての信頼が得られません。空気を読んで職場の人気者になっても、それだけでは年収は上がりません。
「あの人、いい人なんだけど仕事できないよね」
どの職場にもそういう人はいますよね。憎めない人であることも多いのですが、今後の厳しい時代を考えると、生き延びていくのは難しくなってくるでしょう。
目指すべきは、人気者でなく、仕事もちゃんとできる「評判のいい人材」です。
新人でもマネジメント能力は必要
「いい人」であることと「仕事ができる人」のバランスの参考にしていただきたいのが、マネジメントと年収の相関関係を表した次の図表です(図表1)。
マネジメントは、管理職だけに必要なものではありません。たとえ新人やメンバークラスであっても、自分自身を自己管理できるマネジメントスキルが求められます。
人に関するヒューマンマネジメントと、PDCAを回すタスクマネジメント、これは仕事をするうえで、どんな人であっても大事になることです。
「いい人」だけでは年収は上がらない
人に関するヒューマンマネジメントは、協調性(周囲と協調する)→主体性(自ら動く・周囲を引っ張る・メンバーをまとめる)→育成(人を育てる)というステップで周囲への影響力を高めていくことが年収アップのポイントになります。
自身の自己管理から始まり、チーフになると3人程度、プロジェクトリーダー・主任クラスになると5人程度、課長クラスになると10人程度の管理と、管理する人員数が増え、それによって年収も上がっていきます。
チーフクラス以上は、「協調性」だけでなく、チームを引っ張る「主体性」や人を育てる「育成」が求められるようになり、その影響力の範囲が年収に反映されます。
一方、タスクマネジメントでは、新人・メンバークラスは、まずは自身のPDCAを一人で回せるようになることが求められます。
チーフクラス以上は、「個人」から「組織」レベルのPDCAを回すことが求められ、その規模が大きくなることによって、年収は上がっていきます。
つまり図表1の横軸(ヒューマンマネジメント)と縦軸(タスクマネジメント)が示す面積が大きければ大きいほど、年収も大きくなるわけです。
ヒューマンマネジメントはできるけれど、タスクマネジメントはできない。こういう人が「あの人、いい人なんだけど仕事できないよね」といわれがちです。
「あの人、いい人だけど、納期を守らないよね」「計画がずさんだよね」「目標達成できないよね」、こんな風に評価されてしまうのは、やはり問題です。
どんなに部下に人気のある「いい人」であっても、組織レベルのPDCAを回せないと、管理職としての評価は低くなり、年収も上がりません。
「あの人、仕事はできるけど、絶対一緒に仕事したくないよね」
一方で、「あの人、仕事はできるけど、絶対一緒に仕事したくないよね」と部下や周囲から徹底的に嫌われてしまう人もいます。
成績は優秀だけど、部下の面倒をまったく見ない。自分のレベルだけで物事を考え、達成不可能な目標を部下に与える、パワハラやセクハラまがいの言動が多い……。
これはこれで、やはり問題です。たとえ成果主義が導入されても、管理職の評価は個人の業績だけで決まるわけではありません。人を育てることも重要な仕事です。
バブル崩壊後に多くの企業が成果主義を導入したときは、個人の数字や売上だけを重視したため、上司が自分の業績だけを上げることに邁進し、部下が育たない、スキルや経験が継承されない、人心が荒れるなど、さまざまな問題が起こりました。
今後、成果主義が導入されたとしても、多くの企業はこの反省を踏まえ、個人の数字や売上だけを評価指標にはしないはずです。
タスクマネジメントはできるけれど、ヒューマンマネジメントはできない。こういう人も、高い評価は得られず、年収が下がります。
部下を厳しく育てることとパワハラの違い
また、マネジメントに求められるのは、ヒューマンマネジメントとタスクマネジメントだけではありません。
組織のビジョンや戦略を策定する「リーダーシップ」や、人・モノ・カネ・契約・情報などのリスクを管理する「リスクマネジメント」も求められます。
リスクマネジメントで重大なミスを犯すと、年収が下がるだけではなく、最悪の場合、懲戒解雇されることもあり得ます。
パワハラやセクハラまがいの言動は、特に注意が必要です。
2019年5月には、パワハラを防止するための「パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)」が成立しました。大企業では2020年6月1日から、中小企業では2022年4月1日から、パワハラ防止のための措置が義務づけられました。これによって必要な措置を講じていない企業は、是正指導の対象となります。
部下を育てるためには、ときには厳しく注意することも必要です。
それが相手のためを思ってやっていることだと客観的に判断できれば、人事はパワハラとは考えません。
しかし「ストレスが溜まっていたから」「ムカついたから」など、自分のためだけに部下を叱責したり、同僚に悪意のある行動を取った場合にはパワハラと判断します。
セクハラはキャリアにとって致命傷に
セクハラも、「男女雇用機会均等法」第11条によって、防止措置をとることが事業主に義務づけられています。
セクハラの行為者は、懲戒処分の対象となり、社内での信用や地位を失います。また、行為者だけでなく、企業としての社会的信用の失墜も招くことになります。
ただ、セクハラには、明確な基準はありません。
たとえば、女性社員に「髪型を変えたね」「今日の服かわいいね」と声をかけただけでも、相手が不快に感じたら、それはセクハラに当たります。「○○ちゃん」と呼ぶだけでも、セクハラになるかもしれません。
それがどのような場面で起こるかというと、「自分はこの女性と仲がいいんだ」「俺は好かれているんだ」「だから許されるんだ」という間違った自己認識をしている場合です。
こうした「勘違い」が、セクハラ事件を引き起こしてしまうのです。
セクハラは法的責任を問われる可能性が高く、適切な防止策や相談対応をしなかった事業主も、民法上の責任を負うことがあります。
そうなった場合、あなたのキャリアにとって一生残る致命傷となります。人に嫌われるのも、程度問題です。くれぐれも注意してください。
「PM理論」で自分のタイプをチェック
ヒューマンマネジメントとタスクマネジメントのバランスは難しい問題ですが、もうひとつ参考になる考え方があります。
私が管理職研修でよく使っている「PM理論」というものがあります。これは社会心理学者・三隅二不二さんが1966年に提唱したリーダーシップ行動論のひとつです。
「PM理論」とは、リーダーシップは「目標達成能力(Performance)」と「集団維持能力(Maintenance)」の2つの能力要素で構成されるとして、組織のリーダーのタイプを4つに分類したものです(図表2参照)。
横軸が「人の気持ち」=ヒューマンマネジメント、縦軸が「成果」=タスクマネジメント、そのバランスで4つのタイプに分けられます。新人やメンバークラスの人も将来の参考になるはずです。自分はどのタイプなのか、チェックしてみましょう。
PM(説得型)
目標を明確に示し、成果をあげられるとともに、集団をまとめる力もあるタイプです。「なんでやるかわかるか?」と目標達成の意義を伝え、「やったか?」と進捗もきちんと管理し、「できたな、よかったな」と部下の気持ちのメンテナンスもできます。目標達成と集団維持、どちらの能力もある理想的なリーダー像といわれています。
Pm(指示命令型)
目標を明確に示し、成果はあげるものの、集団をまとめる力は弱いタイプです。
パフォーマンスにうるさく、人の気持ちはあまり考えません。「仕事の意味? いいから、まずやれ!」「手を動かせ!」「おい、やったか?」のような管理職です。「あの人、仕事はできるけど、絶対一緒に仕事したくないよね」はこのタイプに多いです。
pM(参加型)
集団をまとめる力はあるものの、成果をあげる力が弱いタイプです。パフォーマンスにはあまりうるさいことをいわず、人の気持ちだけを見ています。
「元気? 最近どう?」「飲み行こうか」みたいな管理職です。部下から人気はありますが、「あの人いい人なんだけど、仕事できないよね」といわれがちなタイプです。
pm(委譲型)
成果をあげる力も、集団をまとめる力も弱いタイプです。「よきにはからえ、くるしゅうない」と、部下に仕事を丸投げして、気持ちのケアも特にしません。目標達成と集団維持、どちらもできない・しない管理職です。
一般的には、理想的なリーダーは説得型、ダメなのは委譲型といわれています。ただ、部下のタイプや成長度合いによっては、必ずしもそうとは言い切れません。
部下によってアプローチを使い分ける
部下が新人の場合は、「つべこべいわず、とにかくやれ」「いいから皿洗えよ」といった、指示命令型のほうが、新人の成長が速かったりもします。
部下がチーフなどに成長している場合は、すでに目標の意味も理解し、放っておいても成果が出せるくらいに自立していたりするので、説得型の「なんでやるかわかるか?」といった話は鬱陶しく感じられたりもします。
成長した部下には、むしろ「飲み行こうか」といった参加型のアプローチのほうが心地よかったりもしますが、仕事の目的も理解し、心のケアもできている部下には「飲み行こうか」といっても「いや、忙しいんで」と断られることも多いです。
いっそ「すべて任せた」「何か困ったことがあったらいってね」といった委譲型の放任主義のほうが、伸び伸びと仕事ができて、部下は成果を出しやすかったりもします。
結局、どれが正しいのかというと、残念ながら正解はありません。マネジメントやコミュニケーションのスタイルは、相手によって変える必要があるのです。
「評判のいい人材」とは
仕事ができる部下に「なんでやるかわかるか?」「やったか?」と、いちいち説明や確認をしたりしても、「勝手にやるから放っといてくれよ」と思われるだけです。
かといって、仕事ができない部下に対して「よきにはからえ、くるしゅうない」といって、放置しているだけでは、部下は何もせず、成長もできません。
相手や状況を見極め、TPOをわきまえた適切な言動ができる。こういう人が「評判のいい人材」といえるでしょう。
人には、持って生まれた資質やパーソナリティがあります。さまざまなコミュニケーションの方法を使い分けるのはかなり高度なスキルですが、苦手なマネジメントの方法もある程度ケアをしておくことは大切です。
コア人材やスペシャリストとして高い評価を得ている人は、自分の弱みが致命的にならない程度に克服し、「強み」をより伸ばすことに注力しているものです。
まずは自分がどのタイプなのかを認識し、自分に欠けている要素を客観的に理解しましょう。
そして自分が「指示命令型」だったら、正反対の「参加型」を意識してみる。「説得型」だったら、相手によっては「委譲型」を取り入れてみる。このようにしてマネジメントやコミュニケーションの幅を広げていくのです。
最初はすぐにうまくいかなくても、部下も同僚も上司も、人の変化は意外とよく見ているものです。
「自分を変えよう」「もっと成長しよう」としている人は必ず評価されます。