アウトドアメーカー・スノーピークで働く小島美咲さんは、新卒で入社したファーストリテイリングで、二十代半ばでユニクロの店長を任され、30人以上のマネジメントをおこなっていた。売上達成に燃える小島さんに部下が放った一言と、その反省から学んだ管理職に必要な心構えとは——。
スノーピーク 直営店舗部シニアマネージャー 小島美咲さん
写真提供=スノーピーク
スノーピーク 直営店舗部シニアマネージャー 小島美咲さん

転職して変わった「幸せの価値観」

誰もが自由に旅をしたり、自然のもとで遊んだりすることが難しくなっている今、ますます人気が高まっているのがキャンプだろう。

世界に数あるアウトドアメーカーの中でも、洗練されたデザインと良質なキャンプ用品を展開している日本のブランドが「スノーピーク」だ。「人生に、野遊びを。」をコンセプトに、オートキャンプのスタイルを提案。自身もアウトドアライフに惹かれ、スノーピークへ入社したのが、直営店舗部シニアマネージャーの小島美咲さんだ。

「自然と関わりながら、自然と人、人と人をつなげていくことを通して、地球上のすべてのものを幸せにしたいと思っている会社。すごくロマンティックで夢があって、キャンプだけでなく、衣食住、そして働く、遊ぶことを豊かにするような提案もしているんです」

スノーピークは2社目の転職先である。その決断によって、自身にとっての「幸せ」も大きく変わったようだ。

尊敬できない店長になっていると気づいた部下の一言

かつて働いていたのはユニクロだった。もともと接客業に興味があったという小島さんがユニクロを選んだ理由は、若くして店長に登用されること。2008年の入社時には600人ほどが採用され、急成長する中で大量に店長が育成されていた。

「自分も成長して、大きな店舗で働きたい」と意欲に燃えて、2年目には店長になる夢が叶った。配属先の大阪で店舗を任され、異動の度に部下も20人、30人と増えていく。だが、20代半ばでの管理職は荷が重く、自分の未熟さを思い知らされる。あるとき、部下の一人から、「自分たちのことをちゃんと考えてくれていますか?」と聞かれ、ハッと気づくことがあったという。

「私の中には売り上げの成果を出すという視点しかなくて、部下にも同じ目線で働くことを押し付けてしまうところがあったんです。目標を達成するためには会社の価値観がすべて正しいと思い込み、やるべきことをできていないと、『何でできないんですか』とバッサリひと言。相手の立場からすると何か理由があったにもかかわらず、それを汲み取ってあげられなかったのです。部下は何で自分を理解してくれないのかと思い、尊敬できない店長のもとで働くことが苦痛になってしまう。それでは良いチームを作れなくて、仕事の成果も出ないという悪循環で……」

人によって仕事に求めるものや価値観は違い、子育てなど家庭の事情を抱えながら働く人たちもいる。それぞれの状況を理解することが管理職には大切だということを学んだ。

店長として失敗や挫折の痛みも次々経験するなかで、小島さんは新たな環境に飛び込んでみようと思う。入社4年目、社内公募で参加したのが人道支援活動だった。

「実際には喜ばれていなかった」現地で知った配布の実情と生の声

ユニクロでは発展途上国の難民のために、不要になった衣料を回収し、リサイクルして届ける活動を行っていた。小島さんは同年代の同僚と二人でUNCHR(国連難民高等弁務官事務所)の研修を受け、バングラディシュへ。現地ではNPOが配布していたので、難民の人たちが満足しているのかということを確認し、レポートすることが主なミッションだ。そこでも生の声を聞くことの重要性を感じた。

小島美咲さん
(写真提供=本人)

「実際には全然喜ばれていなかったんです。『穴が開いているものも届いています』という話を聞いたり、届いた順に配布されるのでサイズや季節も合わない服だったりするのだと。ユニクロは質の高い服を作っていたのでそのもの自体は悪いものではないとわかるけれど、それを最適に配布されていないことが問題だとわかり、NPOの方々とやりかたを見直しました」

現地で出会う人たちからいろいろ刺激も受けた。UNHCRで働く職員たちは厳しい仕事に追われながらも、プライベートの生活を大切にすることでバランスを取っている。さらに困難な状況にある難民の生活を知るほどに、「生きる」とはどういうことなのかとも深く考えさせられた。

一度立ち止まって。アメリカのロングトレイルで知ったキャンプの魅力

小島美咲さん
写真提供=本人

半年間の活動が、自分の生き方を見つめ直すきっかけになったという小島さん。再び日本へ戻ったときには心に秘めた決意があった。

当時、ユニクロは全国800店舗ほどあり、顧客満足度を計るキャンペーンを実施。そこで全国一を目指そうと思い、半年間で成果を出すことに集中する。部下と一丸となって一位を獲得、そこまでやり切ったところで心置きなく退職を決めたという。

「あの時はまだ転職先も何も考えていなかったんです。別の仕事をするにしても、前職の価値観のまま飛び込んでしまうと失敗するだろうなと感じていたので、もう一度フラットな自分に戻りたくて。そのためには立ち止まってみる空白の時間が必要でしたね」

ずっと仕事に邁進してきた小島さんが初めて立ち止まった空白の時間。そこでチャレンジしたのは、アメリカのロングトレイルを歩く旅だった。ロングトレイルとは「歩く旅」を楽しむために造られた道のこと。山頂を目指す登山とは異なり、登山道やハイキング道などを歩きながら、その土地の自然や歴史、文化にふれる旅である。

交際していた彼がアウトドアメーカーに勤めており、アメリカを旅すると聞いて、一緒に行こうと思い立つ。二人で歩いた「パシフィックレストトレイル」は、メキシコ国境を出発し、カリフォルニア州、オレ州、ワシントン州を経て、カナダ国境までを結ぶ4260キロのトレイル。旅の途中ではアウトドアの楽しみ方も様々あることを知った。

「ゆっくり時間を過ごすだけのキャンプをしている人たちもいて、『君たちは一日30キロも歩いているの?』と聞かれ、『僕らは5キロだけ歩いて、ここで焚火をして帰るんだよ』と。そんな過ごし方もいいなと思ったんです」

半年近くにわたる旅が終わると、帰りにポートランドでアウトドアショップをめぐった。そこでキャンプでずっと使っていた調理器具が「スノーピーク」の製品と知った。小島さんはアメリカ製かと思い込んでいたが、彼に聞くと「日本の新潟のメーカーだよ」と言われて驚く。「スノーピーク」との出合いだった。

「オートキャンプという文化が日本にあることを知って、私が求めている自然との関わり方だと思ったのです。帰国後、スノーピークのカタログなどをいろいろ見ていたら、『境界線は自分の中にしかない』という一文がありました。私もバングラディシュやアメリカの旅では国境を越える経験をしましたし、トレイルを歩いているといろんな境界線はあっても、そこを行き来することで、自然と人、人と人がつながっていることがわかります。だから、『境界線』とは自分の中だけのものでしかないという言葉が心に響いたのです」

小島美咲さん
写真提供=本人

入社後すぐに店長に。個人の主体性を大切にするマネジメントへ

自然と人、人と人をつなぐオートキャンプのスタイルを提案する「スノーピーク」に共感した小島さんは、中途採用に応募して入社が決まる。2015年秋、30歳での転職だった。

半年後に大阪で直営店のオープンが決まっており、店長を任される。ユニクロでの経験を見込まれてのことだが、接客の仕方も新たなチャレンジになる。かつては大量に売場に積み上げて、価格も手頃でベーシックな服を販売するスタイルだったが、スノーピークは商品価格が高く、様々な機能も備わっている。

「ちゃんと伝えないとその良さが伝わらない。けれど、伝わるほどにより愛着がわくような商品です。それだけにお客さまとしっかり向き合って、その方がモノを買うことでどういう体験ができて、幸せになれるかということまでお伝えしたい。その先の人生の価値まで思いをはせるようになりました」

部下と向き合う姿勢も変わったという。ユニクロ時代は売り上げの目標にこだわり、会社の価値観を押し付けがちだったが、スノーピークでは個人の主体性を大切にする。一緒に働く仲間の生活も尊重しながら、部下を育てていくようになった。

信頼はするけれど、信用はしない。管理職としての責務を痛感

小島さんは店長を経て、管理職に昇進。信頼する部下に店長を任せたが、思うように管理・育成ができず悩むこともあった。ユニクロ時代の経験を活かし、部下とのコミュニケーションを大切にしてきただけに余計に悩んだが、しかし、そんなときには「当人だけが悪いわけではなく、私自身も指導の甘さ、すべき管理の甘さがあるのだ」と管理職としての責務を痛感。

相手の能力を信じて頼りにする信頼はしても、相手や相手のいうことが確かであると信じて疑わない信用はせず、業務の確認を怠らないことを心に刻んでいく。部下たちに対してもきちんと目配りし、前向きな気持ちで仕事に取り組めるように努めた。そうして自分も変わるなかで、メンバーの成長をより感じられたのは、育休後に復職したときだった。

キャンプ体験で伝えたい「私たちの人生には何が必要なのか」

小島さんのご自宅
写真提供=本人
小島さんのご自宅

小島さんはスノーピーク入社前に、交際していた彼と結婚しており、2019年10月に男児を出産。翌年6月に時短勤務で復帰した。当初は以前のようにパフォーマンスを発揮できない不安もあったが、職場の仲間が頼もしくカバーしてくれる。自分も肩の力を抜いて、できることを精一杯取り組もうと思うようになった。

そして今、まさにコロナ禍の中で子育てと仕事の両立に励む小島さん。いずれも未知の経験ではあるが、こんな時代だからこそ仕事の意義も感じている。

「今は人と人との関わり合いが難しくなっているなかで、キャンプに興味をもって始める方たちが増えています。そこで自然の持つ力や人と人が関わることの素晴らしさをより感じられるのではないかと思うのです。キャンプというのは自然との付き合い方を学べる場であり、家族や仲間との絆を深める場でもある。私たちの人生に何が必要なのかということを、スノーピークを通じて伝えられたらいいのかなと思っています」

小島美咲さん
(写真提供=本人)

小島さんも息子が1歳の誕生日を迎える頃、家族でキャンプに出かけた。キャンプ・デビューした息子は「すごく楽しそうでした」とほほ笑む。夫とともに使い続けてきたキャンプ道具は使い込むほどに愛着がわき、息子にもどんどん体験させたいと思っている。スノーピークの道具は世代を超えて子どもたちに受け継がれ、家族の思い出とともに大切にされていくのだという。