女性の病気というイメージのある便秘。しかし便秘外来で多くの患者を診てきた医師の前田孝文さんは、「実は男性も悩む人が多い」と指摘します。女性の便秘と男性の便秘はどう違うのか、なぜ便秘になるのか。前田さんが、メカニズムや治療法を解説します——。

※本稿は前田孝文『男の便秘、女の便秘』(医薬経済社)の一部を再編集したものです。

男性の解剖学
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便秘外来の3割は男性

私の外来を受診される患者さんの3割は男性です。70歳以上に限ると、なんと男性の方が多くなります。

つまり、男性の便秘は珍しくないどころか、とてもよくある病気なのです。高齢になればなるほど、男性で便秘に悩む人は増えていきます。

『男の便秘、女の便秘』より
男の便秘、女の便秘』より(イラスト=安良岡和美)

今まで便秘になったことがないからといって安心できるわけではありません。奥様が便秘で悩んでいるのを、他人事ととらえている場合ではないのです。男性はある日突然便秘になることがあります。

高齢男性の便秘症状の特徴は残便感の訴えが多いことです。お腹が張って便意も感じて、便を出そうとトイレに向かうのに、いくらいきんでも便が出ません。血管が切れてしまうのではないかというくらいに強くいきむのですが、便がほんの少ししか出ないのです。

その結果、「便が肛門の近くで残った感じがして、気持ち悪くて仕方がない」という症状が出てきます。便の回数も減っていき、毎日便が出なくなります。

快便の「記憶」で悩む男性たち

現在の便秘による辛い症状と、若い頃に便がすっきりと気持ち良く出ていた感覚との差を受け入れられず、心の中で葛藤が起き、精神的につらくなっている男性が多いです。市販の便秘薬を使っても良くならず、短期間で急激に悪化することもあります。

便秘が始まる状況も様々です。「いつの間にか、徐々に」という人が一番多いのですが、「ハイキングに行った日から」、「運転中に振動を感じた時から」、「大腸や肛門の手術を受けた後から」など、ある瞬間から便秘になったと自覚する人もいます。きっかけは実に様々ですが、明らかに以前の自分自身の排便とは違うので、不快でどうしようもなくなります。

便秘になる「原因」は、一般的には食事、運動習慣、排泄タイミング、ストレスなど様々なことが言われています。そのどれもが正しいでしょう。しかしほとんどの場合は、複数の理由で便秘になっていると思います。

治療が難しい高齢男性

高齢の男性患者さんの治療は難しいです。便秘外来で500人以上の患者さんを診察してきた中ではっきり出ている結論です。一般的に「便秘は女性に多い悩み」というイメージが浸透しているので、不思議に聞こえるかもしれませんが、治療がうまくいかないケースは男性の方が多いです。

どれだけ苦しいのかは本人にしか分からないのですが、便が少量しか出ないことに対する不安や「もぞもぞする違和感」が消えないことのつらさ、残便感や腹痛で生きているのが嫌になるほどつらいと言われます。

このような患者さんを診察する時に重視するのは、「まずは話を聞く」ということです。一方的に、「そんな違和感、気にしなければ大丈夫ですよ」と言うだけでは、本人のつらさは何も解決しないからです。加えて、医療への信頼も無くして失望し、余計に症状が悪化してしまうかもしれません。

実際に、「見捨てないでください」や「話を聞いてもらうだけで良いから」などという言葉を、治療が上手くいっていない方からいただくことがあります。今までに診察を受けた時に「大した問題ではない」などと言われて親身に話を聞いてもらえなかった、「もう治らない」などと突き放されて絶望的な気持ちになったなどの経験を持つ方が多くいます。

ですから、どんな症状で苦しんでいるのか、どのような工夫をしてきたのか、その成果はどうだったかなど、患者さんから話を聞き、理解しようとすることだけで喜ばれることがあります。

話をじっくり聞くことで少しは安心されるのかもしれません。少なくとも、口に出して言える場があることは、患者さんの心にとって大切なことです。患者さんご自身の便秘に対する心理的苦痛を取り除くこと、これも便秘外来の大切な役目だと思っています。

男性に多い「残便感」

便の回数が少ないことを「便秘」と思いがちですが、便秘外来を受診する人は「便が肛門の近くで残っている、排便後もすっきりしない、もぞもぞして気持ちが悪い」などといった感覚の異常である「残便感」をなんとかしたいという人がとても多いです。残便感の治療は特に難しく、男性に多いです。

「すっきり出す」ことを望まれるので、様々な薬を使って快便になってもらおうと試みます。ある程度便は出るのですが、やはりすっきり出ない、すごくいきまないと出ないという人が多いのです。

薬を処方するだけでなく、食事や運動、排便姿勢の指導などもします。薬が体に合って、残便感がすっきり解消される人もいますが、治療がうまくいかず、なかなか解消されない患者さんもいます。

残便感を訴える人は男性に多いのですが、男性は若い頃は苦労せずに便が出ていた方が多いので、現状の自分と過去の自分を比較し、落差を激しく感じて余計に訴えが強くなってしまうことも、治療が難しい原因の一つだと思います。

残っていないのにそう感じてしまう

では、残便感を訴える人は本当に便が肛門の近くに残っているのでしょうか?

前田孝文『男の便秘、女の便秘』(医薬経済社)
前田孝文『男の便秘、女の便秘』(医薬経済社)

実際には、便がほとんど残っていないのに残便感を訴える人もいます。便が残っているか、いきんでも出せない状態なのか、などを様々な検査で確認できますが、便が見当たらない人もいます。肛門を直接触って確認(直腸指診)しても、全然便に触れることのできない人も多いです。こうしたことから、便が残っていないのに、残便感を訴える患者さんが多いことが分かります。

私が患者さんに「便は残っていませんよ」とお伝えしても、患者さん本人は「残っている感じがする」と言います。そこで「実際は便がないのだからどうしようもないですよ」と答えてしまったら、患者さんにとっては何の解決にもなりません。例え便が実際になかったとしても、患者さんはそれで悩んで病院に足を運んでいるのですから、先述したように丁寧に話を聞き、そのつらさを取り除くよう努めるのが医療者の仕事だと考えています。

女性は自分で対処法を考える

次に女性の便秘について考えてみます。女性は男性と比べると若い頃から便秘の人が多いです。若い女性では半分近くの人が自分のことを便秘だと感じているという調査結果もあるくらいです。

多くの女性が便秘なのですが、病院で治療を受けようと考える人はぐっと少なくなります。食事は食物繊維の多い野菜を意識して摂ったり、サプリメントを試してみたり、あるいは街の薬局で便秘薬を買って試してみたりなど、自分で対処している人が多いです。

実際に目に見える効果が出なくても日常生活に大きな支障がないため、なんとか過ごしている方が多いのではないかと思います。また、身の回りに便秘の人がたくさんいるので、便秘であることを特別なことと考えていない方も多いでしょう。

女性の便秘の場合、若い頃から自己流で便秘薬を使ってきたために、薬の効果が薄れてしまい、結果として治療が非常に難しくなる方がいます。

市販の便秘薬が治療を困難にしている

女性で治療がうまくいかない人は、若い頃から自力での対処を頑張ってきた人が多いです。

女性は女性ホルモンが活発に作られるようになる10歳代から、便秘になる人が増えていきます。後で説明しますが、女性ホルモンと便秘は密接な関係があります。

それに加えて、学校生活の中でトイレを我慢する、ダイエット目的で食事の量を減らす、スカートなど体を冷やすような服装で過ごして自律神経の働きが乱れるなど、女性は若い頃から便秘になりやすい環境に身を置くことが多いです。

便が出にくくなった時にどのように対処するかが問題です。効果はすぐには現れませんが、食事や運動、睡眠といった生活習慣を見直すことが一番大事です。普段の生活にもう少しゆとりを持って便秘に向き合うことができれば、女性の便秘はずっと良くなると思いますが、現実はそう簡単にはいきません。日常生活には、学校や仕事、育児など、便秘治療の制約になってしまうことがたくさんあります。自分の好きな時間に好きなだけトイレに行くことは容易ではありませんし、便秘以外にも考えないといけないことがたくさんあります。

「生活習慣を見直すのが良いのは分かっているけど、食事や運動に気を遣う余裕はあまりない。だけどお腹の不愉快な症状はある。今すぐなんとかしたい……」。こう思った時、今ある便秘をできるだけ早く治すのに便秘薬は最高の治療です。日本では、便秘治療に即効性のある「刺激性下剤」が、街のドラッグストアで簡単に買えます。

薬やカプセル
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薬の「耐性」が治療を遠ざける

刺激性下剤は、薬の成分で大腸の動きを刺激して動かします。この効果は強力です。夜に飲んだら翌朝にはすっきりと爽快感を持って排便できます。これを味わってしまうと、生活習慣を見直して便秘を治していこうという地道な努力を続けるのが余計に難しくなってしまいます。

しかし、大きな問題が一つあります。刺激性下剤は使い続けていると体が慣れてしまうのです。最初は2錠で十分だったのが段々と効果が薄れていき、2錠が3錠、4錠……と飲む量が増えていくのです。

このように薬の効果がなくなっていくことを、「耐性がつく」といいます。

刺激性下剤によって、腸に強制的に刺激を与え続けていると、大腸を動かす神経が影響を受けます。大腸の周りの神経が減るという報告もあります。どれくらいの期間刺激性下剤を使うと耐性がつくかはっきりしないのですが、数カ月の服用で耐性がつくこともあるようです。

ただ、一度耐性がついたとしても、刺激性下剤を止めると徐々に元通りになっていきます。しかし、極度の耐性がついてしまった場合は、本当に元に戻るかは分かっていません。

また、刺激性下剤を長年使っていた人が、完全にやめることは簡単ではありません。便秘外来には市販のコーラックを一度に60錠も飲んでしまう人が何人も受診しています。これほど大量の刺激性下剤を飲んでいてもその効果が出ない状態となると、他の薬を使っても治療は非常に難しいです。

女性の便秘のメカニズム

便秘診療をしていると女性と男性は全然違うと感じることが多々あります。便秘外来を担当していると、同じ便秘患者でも男性は寡黙な人が多く、女性は自分の症状以外のこともたくさんお話してくれる人が多いと、常々感じています。

便秘の原因に話を戻すと、女性は男性とは異なり、女性ホルモンのせいで便秘になる人が多いのです。

女性は12歳前後で月経が始まり、50歳前後で閉経を迎えるのが日本人の平均です。月経とは妊娠に備えるために子宮が変化していく過程のことです。妊娠しやすくするために、子宮内膜が分厚くなるのですが、妊娠が成立しなかったとき、分厚くなった内膜が剥がれ落ちて、出血します。それが月経です。月経を調節するのに大きく関わっているのが、卵胞ホルモン(エストロゲン)、黄体ホルモン(プロゲステロン)という2つの女性ホルモンです。

月経周期が影響

便秘に関係するのは黄体ホルモンです。黄体ホルモンの作用は妊娠の準備のほか、色々な作用があります。例えば黄体ホルモンは体温を上げる作用があります。黄体ホルモンが分泌されている時期、すなわち黄体期は、だいたい0.3~0.6℃体温が上がります。このような体温変化から排卵のタイミングを予測して、妊娠しやすい時期の見当をつけることは、女性には一般的でしょう。

その他、黄体ホルモンの作用として、水分を体の中にため込む作用や腸の動きを抑える作用があります。この作用のために便の水分が少なくなり、かつ腸も動かないので、便が出にくくなるのです。

月経前10日間ほどは黄体ホルモンのために便が出にくい環境になっています。月経が始まる頃には黄体ホルモンの働きが弱くなりますので、水をため込む作用、腸の動きを抑える作用も弱くなります。

そうすると今度は便が出やすくなるので、人によってはお腹を下しやすくなります。月経は平均すると28日~35日周期で起こりますので、1カ月の中で便の出にくい時期、出やすい時期という周期があることになります。

このように、女性は1カ月の間に少なくとも10日間は便が出にくくなる時期が、10歳頃から閉経まで40年近く続きます。

腹痛が多い女性、残便感に悩む男性

便秘外来を担当してから感じるのは、重症の便秘では男性型、女性型と分けても良いような症状の違いがあるということです。

単に便が出ないことを便秘と考えている人が多いのですが、実はそうではありません。女性で重症の便秘の方は、便が出ないために腹痛や膨満感が強くなりやすいです。

しかし男性で最重症の便秘の方は、少しでも便は出ます。便が少しは出るけど全然すっきりしなくて、一日中不快な状態が続くのです。もちろん、男性で便が出ない女性型の便秘になる人、女性で不快感が主体の男性型の便秘になる人も中にはいます。