※本稿は前野博之『成功する人ほどよく寝ている』(講談社+α新書)の一部を再編集したものです。
なぜ人は、午後に眠くなるのか
ビジネスパーソンが最も困っているであろう睡眠の問題であり、アンケートでも第1位だった「午後に睡魔に襲われる」に関しては、筆者もサラリーマン時代に本当に苦しめられた。睡魔に襲われるタイミングで会議などがスケジュールに入っていたら、まさに生き地獄だ。なぜ、人は午後に眠くなるのか? その原因は大きく分けると次の3つだ。
1 祖先から受け継ぐ生体リズム
2 満腹で覚醒物質が働かない
3 昼食の糖質で血糖値が乱れる
この中でも血糖値の乱れに関しては、現代社会に生きるわれわれの睡眠と健康状態にさまざまな影響を与える原因となっているので、しっかり理解してもらいたい。
1 祖先から受け継ぐ生体リズム
祖先の時代は、夜の睡眠以外に、午後に30分〜1時間程度昼寝をする「二相睡眠」だったことがわかっており、午後に眠たくなるのは遺伝的性質だと言える。
昔からのライフスタイルを守っている狩猟採集民は現在も二相睡眠であり、地中海の周辺諸国に残るシエスタ(昼食後の昼寝)も遺伝的なものと考えられる。乳幼児の昼寝の習慣はその名残と言えるだろう。
もし、あなたが寝不足により睡眠負債がたまって辛いときには、昼寝も積極的に活用するようにしよう。昼寝によって睡眠負債のリスクがすべて解消するわけではないが、一時的に集中力が回復し、午後からの仕事の効率を上げることができる。
ただし、長時間の昼寝は夜の睡眠のリズムを狂わせるので、影響が出ないように、午後2時までに20分以内の昼寝をとるようにしよう。20分以上寝てしまうと、睡眠深度が下がってしまい、起きるのが辛くなったり、起きてから頭が働かなくなってしまうので注意が必要だ。
2 満腹で覚醒物質が働かない
満腹になると眠気に襲われる理由として、「消化のために胃腸に血液が集中し、脳への血流が減少するから」とよく言われるが、それよりも強力に眠気を催す原因がある。
副腎でつくられるコルチゾールというホルモンが血圧を上げ、体温を上昇させることで私たちは体を起床モードに切り替える。これに加えて起床モードに切り替える神経伝達物質がもうひとつ存在する。それは「オレキシン」だ。
オレキシンは脳の視床下部から分泌され、脳幹の覚醒スイッチをオンにする。すると、寝ているときには遮断され、感知できなかった音や光を感じるようになるのだ。コルチゾールは体を起床させ、オレキシンは脳を起床させると考えればわかりやすいだろう。
そして、このオレキシンは食欲とも深い関係がある。われわれの祖先の時代は、空腹になると獲物を探すために長時間歩きまわることになる。獲物の気配を感じ取り、外敵から身を守るために、意識を研ぎ澄ませる必要があるのだが、そのときにオレキシンが脳の神経細胞を活性化させる。つまり、空腹になると、獲物を見つけるためにオレキシンを使って脳を覚醒させるのである。
オレキシンの働きは血糖値によってコントロールされており、空腹時には血糖値が下がるのでオレキシンは活性化する。ということは、獲物を捕食して満腹になり、血糖値が上がるとオレキシンの活性は低下してしまう。なぜ、昼食後に眠たくなるのか……それは、満腹になり、血糖値が上がることで脳が獲物を探す必要性を感じなくなり、オレキシンの活性を下げてしまうことも関係しているのだ。
3 昼食の糖質で血糖値が乱れる
これまで見てきたように、昼食後の眠気に関しては、生体リズムとオレキシンがかかわっているのだが、仕事に大いに支障をきたす暴力的な睡魔に関しては、今から説明する血糖値の乱れが大きく影響していると考えられる。
医師の宗田哲男氏は、著書『ケトン体が人類を救う』(光文社新書)の中で、人類の食生活の変化と血糖値の関係についてわかりやすく述べられている。
人類が誕生したのは700万年前と言われている(諸説あり)。そのころは狩猟採集の生活を営んでおり、食事の内容は肉、魚、木の実、芋などが中心であった。日本では、農耕が始まる前の縄文時代前期(福井県若狭町、鳥浜貝塚)の遺跡を調査すると、見つかるのは魚の骨、獣の骨、貝類、クルミ、ドングリなどが中心で、そこから米や小麦は見つかっておらず、摂取カロリーの80%は脂肪とタンパク質であっただろうと推測される。
この時代にはそれほど糖質を摂っていないので、一日を通して血糖値が急激に上がることはなく、血糖値は安定していた。その後、約1万年前から農耕が始まり、4000年前には組織的農耕が広がり定着したと考えられている。つまり、安定して毎日大量の糖質を摂るようになったのは人類の歴史上ごく最近のことであり、それまでは何百万年ものあいだ、人類はそれほど糖質を摂っていなかったと考えるのが自然だ。
もともと血糖値が上がらない食生活を送っていた人類だが、4000年前の農耕の広がりによって急激に穀物由来の糖質を摂るようになった。そのころ食べていた玄米や全粒粉などの精製されていない茶色い穀物は、吸収に時間がかかるので血糖値の上昇も緩やかであり、それほど問題にはならなかった。
その後、人類は穀物を精製するようになり、吸収が速い白米や白い小麦を大量に食べるようになった。その結果、過去に人類が経験したことがないくらい、急激に血糖値が上昇するようになったのだ。
焼き魚定食には角砂糖25個分の糖質
ここでビジネスパーソンの昼食を考えてみよう。含まれる糖質を角砂糖で換算してみると〔『食品別糖質量ハンドブック』(江部康二、洋泉社)を元に計算〕。
ツナサンドイッチ+ヨーグルト飲料(角砂糖13個)、オムライス(角砂糖29個)
ハンバーガー+コーラ(角砂糖18個)、カップラーメン+おにぎり(角砂糖33個)
パスタ+パン・スープセット(角砂糖37個)、牛丼(角砂糖36個)
カレーライス(角砂糖36個)、かつ丼(角砂糖38個)
さけ弁当(角砂糖40個)、ラーメンと焼きめしのセット(角砂糖55個)
これを見ると、驚く量の糖質を摂っているのがわかるだろう。ヘルシーなイメージの焼魚定食でも、白米がつくので角砂糖25個分の糖質を摂ってしまうことになるのだ。
これだけ大量の糖質が一気に吸収されると、血糖値は驚くべき角度で急上昇する。すると、血糖値を下げようとして膵臓がインスリンを過剰に分泌し、その結果、今度は血糖値が急降下してしまうのである。
血糖は細胞のエネルギー源であり、血糖値が下がって低血糖状態になると、大量のエネルギーを必要とする脳は(たったひとつの脳で、体全体で消費されるエネルギーの20〜30%を必要とする)無駄なエネルギー消費を抑えるために活動をセーブするので、そのときに眠気に襲われてしまう。そう、あの午後からの暴力的な睡魔は、血糖値の乱高下によって引き起こされていたのだ。
ストレスを抱えているとさらなる悲劇が起きる
しかも、その状態で同時にストレスを抱えていると、さらなる悲劇に襲われることになる。
通常、低血糖の状態が続くと、副腎から分泌されるコルチゾールの働きによって血糖値を上げようとする。しかし、ストレスによって副腎が疲労していると、コルチゾールがそのときに分泌されないので血糖値は下がったままで上昇しない。
そのため、午後からの暴力的な睡魔からようやく逃れても、次は低血糖状態による疲労感や思考能力の低下に襲われてしまう。夕方4〜5時にかけてのやる気のなさは、昼食時の血糖値の乱高下と副腎疲労が重なって起きているのだ。
また、下がった血糖値を上げるホルモンはコルチゾールだけではない。アドレナリンやノルアドレナリンといったホルモンも血糖値を上げるために分泌される。アドレナリンは別名「攻撃ホルモン」とも言われ、怒り、敵意、暴力といった攻撃的な感情を刺激する。一方、ノルアドレナリンは「不安ホルモン」とも言われており、恐怖感、自殺観念、強迫観念、不安感といった否定的な感情を刺激する。
低血糖症の怖さ
毎日の血糖値の乱高下により、これらのホルモンが大量に分泌され続けると、自律神経が乱れ、心身の不調を生じてしまうのだ。これを「低血糖症」という。
不調の内容としては、不眠、夕方の眠気、イライラ、疲労感が抜けない、不安感、手のしびれや動悸、頭痛、筋肉のこわばり、集中力の欠如、うつ症状、パニック症状など多岐にわたる。低血糖症は、血糖値が低いことが問題なのではなく、血糖値の変動を調節するホルモン分泌の乱れが原因で起こるさまざまな症状の総称なのだ。
低血糖症の状態になり、アドレナリン、ノルアドレナリンが日中に大量に分泌されると、低血糖症の症状のひとつである不安感やイライラが強まって神経が高ぶるので、寝つきが悪くなってしまう。また、これらのホルモンが夜間に分泌されると、夜間低血糖で寝汗をかいたり、歯ぎしりや悪夢を見たり、腹痛を起こしてしまう。
血糖値の乱高下は午後の睡魔を引き起こすだけではなく、それを毎日のように続けると低血糖症を発症し、寝つきや睡眠の質にまで影響を与えるようになってしまうことを知っておいてほしい。
これまで見てきたような、血糖値の乱高下による午後の睡魔やさまざまな心身の不調を改善するには、とにかく血糖値を安定させることが重要である。