お客さまからの手紙で気づかされた「保険の意義」
今も大切にしている一通の手紙があった。入社15年ほど経った頃、あるお客さまから会社宛てに届いたもの。もしや苦情ではと緊張しながら開封したところ、丁寧なお礼の言葉がつづられていたという。
「まだ営業2年目くらいのときにご縁があった方でした。私に勧められた生命保険を使うことなく、お子さんが無事に成人されたそうで、『保険が守ってくれました。今までありがとうございました』と書かれていたんです。思わずうるっとしてしまい、保険の意義とはこういうことなのかと気づかされました」
入社以来、営業職としてさまざまな現場を経験してきた金子さんにとって、その手紙は自分の原点にもなっている。
もともとこの業界に興味をもったのは、銀行勤めの経験がある母から「金融の知識は人生に役立つ」と言われたことがきっかけだった。生命保険は目に見えない無形商品なので、努力次第でいろいろ挑戦できる面白さもあるような気がした。さらに就職活動中にセミナーで聞いた話が引き金になった。
「弊社が求める人物像として、人と接するのが好きで知識欲があり、長く働きたい人という3つを挙げられ、すごく心に残りました。まさに私のことだと感じたんです。女性の先輩たちが生き生きと働いている姿にも惹かれ、挑戦してみようと思いました」
同期から出遅れた一年目。会わなければ何も始まらない
日本生命保険に入社したのは1999年。だが、研修2カ月目に早くもくじけそうになったと、金子さんは苦笑する。同期は積極的にアポイントをとって営業に出かけていくが、一人出遅れてしまったのだ。電話をかけてもかけてもアポが取れず、自分だけ何もしていないような気持ちになる。不器用な自分に焦りがつのり、職場でぽつんと落ち込んでいた。
すると上司が「そんなに大変なら、こういうふうにやってみたら?」とアドバイスしてくれた。金子さんは営業部にある開拓先のリストを見ながら、片端から電話していく。一件ずつ赤で塗っていくと、小さな達成感が感じられてやる気が湧いてくる。そのうちアポイントがとれるようになり、営業先では持ち前の熱意が発揮されていった。
「はじめてアポをいただけたときに、会うことで始まるんだと体感したので、とにかく多くの人に会いに行こうと必死でした。保険の営業というのは、お客さまの家族状況や人生設計などをしっかり聞いてコンサルティングをし、今の生活にいちばん合ったものをお勧めすること。『もし何かあっても、大丈夫です』と自信をもって伝え、お客さまに安心してもらえるように努めてきました」
新たな職場で弱気になっていた私を変えた年下社員の言葉
入社5年目にはチームリーダーに昇格。メンバーにも恵まれ、目指した目標を達成できた。翌年度はまた新たなチームを率いるが、同じように進めようとしてもうまくいかない。
チームの歯車はだんだんかみ合わなくなり、達成感もないまま終わってしまったのだ。
「一年目に達成できたことを自分の力量と勘違いしていたんです。だから、もっと上を目指したいと、私の思いばかりをメンバーに押し付けてしまった。その結果、『なぜできないの?』『前も言ったよね』などと責めてしまい、できない子の気持ちを理解してあげられなかったんですね。今思えば、本当に申し訳なかったと思うのですが……」
その反省が身に染みたのは、新たな部署へ異動になったときだった。入社7年目で営業の現場から本部へ。当時、営業職からの異動は初めてのケースで、環境も業務内容もまったく違うことにとまどうばかり。職場の人たちも接し方に迷っているようで、気を遣われているのがつらかった。
「なにしろ社内用語がわからなくて、電話の取次ぎもままならない。一度言われただけではできないことも多かった。だんだん孤独感がつのり、自分がここにいる意味って何だろうと悩んでいました」
本部の業務は、営業で使う教材やパンフレットなどのツールを開発することだった。実際、現場ではこういうものをほしいと思うものがあったが、職場でうまく伝えられず、何か言われると弱気になってしまう。いつしか当たり障りなく仕事をするようになっていた。
そんなある日、年下の男性社員のところに自分が作った資料を持っていくと、思いがけない言葉が返ってきた。「せっかく営業経験があるのに、そういう仕事の仕方をするのなら、ここにいる意味ないですよ」。ハッと目が覚めるような気がしたという金子さん。そこで上司に自分が悩んでいたことを相談すると、こう言われたのだ。「周りに合わせた仕事をしなくていい。正解をもらう仕事をするんじゃなくて、あなたが本当に必要だと思うことを発してほしい」。上司の言葉を聞いて、やっと吹っ切れるものがあった。
「本気でものを言うということが大事なんだとわかりました。そうすると周りの接し方も変わってきたんです。自分が本気で向きあえば、相手は本気で返してくれる。初めて同じ土俵に上がれたような気がしました」
現場で本当に必要なものを提案すると、部内の議論も活発になり、協力してくれる人も増えていく。提案が通って作成したデータブックは今でも使われ続けているという。
「なぜできないの?」を封印。管理職として一歩引く姿勢
さらに本部で苦しんだ経験があったから、営業職時代のチーム運営を振り返る機会にもなったと、金子さんは思う。
「『なぜできないの?』と言われても、どうにもできない悔しさもわかりました。あの頃の私には部下に寄り添い、相手の立場になってアドバイスをしようという配慮が欠けていたんですね」
その反省は次の現場で生かされ、一人ひとりの個性を伸ばす育て方も心がけるようになった。一方、自分自身のキャリアアップも考え始めたとき、再び本部への異動が決まる。30代半ばになる頃だった。
社内でも女性活躍が推進され、女性の管理職も増えつつあった。2度目の本部では仕事の楽しさを感じられ、衝突しながらも自分の意見を主張することができた。だが、そんな矢先、金子さんは上司に苦言を呈されたのだ。
「周囲の意見を聞いているのかと言われ、初めはその意味がわからなかったんです。でも、思い当たることがありました。自分の年次が上がるにつれ、後輩が意見を言えない雰囲気をつくっているかもしれないと。さらに上司から『管理職になっていくのであれば、自分の思いを通すだけでなく、一歩引いて俯瞰して物事を見ることが大事』と言われたのです。それは私に、いつまでも自分が前に出ていくのではなく、全体を見る立場になることを考えさせてくれる言葉でしたね」
営業現場で、長年活躍してきた女性たちから学ぶこと
日生の営業部は全国に1600ほどある。金子さんは入社17年目、38歳のときに営業部長に昇進。東京都心の営業部へ配属された。営業部のメンバーは24歳から70歳まで15人の女性たち。年代もさまざまなメンバーをまとめることに、かつてないプレッシャーもあった。
「これを言ったら嫌われるかなと遠慮してしまったり、関係が悪くなるのが怖くて、言いたいことを伝えられなかったり……」
そんな金子さんにとって、決して忘れられない出来事があった。ある日、営業先の企業へ行く69歳の部下に同行することになった。お客さまとの契約が無事に決まった帰り道、金子さんが「良かったね、良いお返事をいただけて」と部下に話しかけたときのこと。
「ふだんは物静かで黙々とお仕事される方なのですが、『部長、まさかあきらめてないよね』とぼそっと言われたんです。あのときの私は自分が目指していた目標をなかなか達成できず、一人不安を抱えていたのが見えたのだと思う。情けないことに気持ちが負けていたんです。だから、その方はきっとすごく考えて必死で言ってくれたのでしょう。『私もがんばるから』と励ましてくれたのだとわかり、さすがに涙がこみあげました」
その夜すぐに二人のリーダーを集め、なんとか目標を達成したいという思いを伝えた。すると彼女たちも「実は、何となく先週くらいから部長のトーンが少し下がったような気がしていました」と言い、「部長の思いを早く伝えてほしかったぐらいです。今から、全員で目標達成に向けてがんばりましょう!」と背中を押してくれた。
そこからは具体的な指示を部下一人ひとりにしっかり伝え、チーム一体となって動き出す。初年度の目標は無事に達成されたのだった。
あのときの部下のひと言で、最後まであきらめずがんばることを教えられたという金子さん。長年、営業の現場で活躍してきた女性たちから学ぶことは多かった。
「人生経験や知識が豊富で、ご家族のことを本当に想っていることがわかります。お客さまの年齢とともに保険金の支払いに携わるケースが多くなりますが、何かあったときの対応も早く、いちばんに動く姿勢はすごい。そうした仕事への誇りは後輩たちに受け継いでいきたいですね」
これからの「営業スタイル」を模索する今
今、金子さんは重点市場開発室で現場支援を統括している。大企業を中心にコンサルティング営業を行う全国約3000人の営業職員の教育や研修を担う部署だ。そこでまた直面した試練は、コロナ禍での営業の厳しさだ。保険の営業は人と会うなかで積み重ねてきたもの。しかし、コロナ禍で対面できるチャンスは一気に減っている。それに対して、新しい活動モデルを模索しているところだという。
「営業スタイルが変わろうとしている時代に今はまだ答えがないんです。そのためには現場からの声を吸い上げ、社内でいかに意見を通していくのか。現場に寄り添いながらも、やっぱり我々が迷わず決断することも求められる。私も腹をくくるしかないと思っています」
営業という仕事が好きだから、どんな困難にも本気でぶつかっていく。その背中を押してくれたのは、やはり現場で出会った人からの手紙や同僚たちの言葉だったのだろう。それを忘れず大切にしてきたからこそ、今も変わらず熱い思いが伝わってくる。