営業課長時代から17:30退社
【白河】御社では、女性活躍推進に対してどんな思いで、どんな取り組みを行っていらっしゃいますか。
【柄澤】今後の企業成長には女性の力が必須と考えています。当社の社員の6割は女性です。また、2019年4月時点の女性管理職比率は12.7%ですが、現在、管理職に昇進する社員の5割は女性で、2020年4月には目標としている15%に到達する見込みです。そのために、女性のライフサイクルに合わせた働き方ができる環境づくり、それを職場で実現するマネージャーに対する教育、そして女性自らがキャリアを考え、必要な知識・スキルを修得できる管理職育成の研修などに取り組んできています。
【白河】男性中心だった職位に女性が入ると、違う視点からの意見が従来の「当たり前」を変えるのに役立つと聞きます。
【柄澤】その通りです。女性は「当たり前」を壊す力を持っていると思っています。
従来の男性社会では長時間労働が当たり前で、ライフスタイルも会社中心になっている人が多かったのですが、私は昔からそんな働き方が嫌いで(笑)、営業課長時代は絶対17時半には退社するようにしていました。まずは働き方を変えないと、女性活躍も生産性向上も望めないという思いから、今は全社員に「19時前退社ルール」が徹底されています。
【白河】ご自身、営業課長をされていた頃に17時半退社だったのですか! 働き方を変えるには、部署や会社のトップが行動で示すことが大事ですね。
【柄澤】でも、「早く帰宅してもやることがない」という男性管理職も多いんですよ。会社を出た後に部下と飲みに行って仕事の話を続けるようでは、早く退社する意味がありません。そうではなく、できるだけ社外の人と、仕事とは関係のない体験をしてほしい。ずっと同じ環境の中にいると、自分の働き方を客観的に見つめることはできません。これからの時代は、社員一人ひとりが自分なりの生き方と価値観、そして素晴らしい生きがいや働きがいを見つけ、自分でワークとライフをデザインできるようになるべきだと思います。
4回ほど、会社を辞めようと思った
【白河】その意味では、働き方改革は「生き方改革」でもありますね。男性も含めた全員がワークライフバランスを考えるようになれば、多様性が進んで働き方も自然に変わってきそうです。
【柄澤】40年程前イギリスで知り合ったドイツ人の友人は、2カ月のバカンスを、海外での見聞を広めたり新しい分野を学んだりと有効に活用していました。日本人にもこうした自らを啓発する時間が必要です。せめて5~10年に1回はこういう機会をと会社に掛け合ったことがありますが、当時実現したのは数日間のリフレッシュ休暇でした(笑)。
【白河】日本では、2カ月勉強に専念しようと思ったら、退職も覚悟しなければなりませんね。
【柄澤】実は、私も退職を考えたことが4回ほどあるんですよ。転職や、自分をもっと高めるために社外で学びたかったのですが、時代的に時期尚早だったようで、社内にとどまりました。良い上司、同僚に恵まれたこともあり、結局は良かったのですが。でも、今の人はずっと会社に縛られなくてもいい。転職・退職をして自分の能力を試し、興味や可能性を拡げてまた戻るといった「出入りの自由」が、もっとあっていいと思います。私の身近でもそういう事例は少なくありません。
希望があれば育休中も在宅で仕事可能
【白河】縛られた働き方も、キャリアアップへの意欲をそぐ原因の一つかもしれません。企業からは「女性管理職は増やしたいが本人がやりたがらない」という声もよく聞きます。
【柄澤】私は、女性活躍が進まないのには2つの理由があると思っています。第一は職場環境。これを改善するには、長時間労働の是正、勤務形態の多様化、ライフイベント時の休暇~復帰行程の整備、男性の育休などが必要です。当社には、19時前退社ルール、在宅勤務など多様な働き方を認める制度があります。育休中の社員には、キャリアロスを回避し、安心して復帰できるよう、本人の希望にもとづいて自宅でできる定型業務などを依頼する仕組みもあります。また、男性の育休は、取得日数は短いものの取得率は85%に上っていて、職場の同じ立場の女性に配慮するようになる効果も表れています。
【白河】育休中に自宅で仕事ができれば、勘も鈍らずにすみますね。ただ、復帰後に時短勤務を選択する女性も多いですが、企業によっては同じ成果を出していてもフルタイムの社員より評価が低いケースがあります。
【柄澤】当社では、時短勤務の社員にはフルタイムで勤務する同僚との相対的な比較はせず、上司がその人の働きそのものを見る「絶対評価(制約がある時間内で挙げた成果を評価する)」を行っています。また、育休復帰後の社員をサポートする職場の負担を軽くするため、時短勤務者は定員にカウントせず、追加で要員を配置し、職場復帰が円滑に進むようサポートしています。
“失敗例”も含めた女性管理職のロールモデルが必要
【白河】時短勤務が長引くうちにキャリアアップへの意欲を失う女性も少なくありませんが、御社ではそれを防ぐ工夫をされているのですね。ただ、女性は男性に比べて自己評価が低い場合も多く、「私には管理職はできない」と思い込んでいる人もいます。
【柄澤】女性活躍が進まない理由の2つめは、そうした「本人の意識」もあると思います。従来の男性リーダー像と自分を比べて自分にはできないと考えたり、「家庭のことは女性がやらなくては」というバイアスが邪魔をしたり……。バイアスなしに自分らしいリーダー像をつくっていってもらうため、当社では積極的な機会提供や、階層別の女性管理職養成研修などを行っています。
加えて、ロールモデルを増やすことも大切ですね。成功例もそうですが、ああいうことをしたら嫌われるとか、ああやってはいけないね、という失敗例も重要です。当社は男性の例はたくさんあるのですが、女性リーダーの例がまだ少ないのです。さまざまなリーダーの姿があれば、次に続く人たちがそれに学び、私もやれそうだという空気が出てくるはずなので、これからいろんなタイプのロールモデルが出てくることに期待しています。
マネジメント研修で指導していること
【白河】たしかに男性は失敗例がありますが、現状、女性は必ず「成功」しなければいけないというプレッシャーがあります。失敗も含めて女性管理職の例がたくさんある状態にしていくことが大事なのですね。
【柄澤】人間がすることですから、失敗例もあって当然です。でも、上司というのは男性部下には「こいつはできそうだ」とポテンシャルで評価するのに、女性部下には「リーダー経験がないから無理だろう」と実績で評価しがち。こうしたバイアスも意識してなくしていく必要があります。
そのため、当社ではライン長向けのマネジメント研修で「マネジメントのABCD(Assignment、Bias‐free、Communication、Diversity)」の重要性を伝え、職場メンバー全員が成長し活躍する職場をつくることを指導しています。バイアスのない登用とさまざまなタイプのロールモデル、この2つは必ずダイバーシティと女性活躍を推進する力になるはずです。
【白河】女性活躍に熱心に取り組むと、男性から「女性にゲタを履かせている」といった声はありませんか?
【柄澤】以前、尊敬する経営者の方が「女性にゲタを履かせるんじゃない、男性に履かせていたゲタを脱がせるんだ」とおっしゃっていましたが、私の考えもまさに同じです。
【白河】お話を聞いて、女性管理職を計画的に育成されていると感じました。
【柄澤】それが……私にも苦い失敗の経験があるのですよ。15年ほど前、取締役経営企画部長だった時のことです。当時のトップが各本部役員に対して、部長候補に女性を2人ずつ入れるように指示したんです。周りは皆、困った顔をしていました。そして、役員会議の事務局として、これは急には難しいとトップを説得するようにと依頼されました。
女性活躍の失われた数年間
【白河】まだ女性管理職の事例が少ない時代ですから、人材を探すだけでも苦労したのではないでしょうか。
【柄澤】無理した結果が失敗例続出となったら、その後に部長になりたい女性がいなくなってしまう。トップには「もう少し時間をください。期待に応えますから」と説得したんです。トップは「わかった。しかしこれくらいやらないと進まないよ」と言われたのですが、続けて「君らはどうせやらないだろうけどね」とコメントされました。
【白河】会社としても、女性登用の難しさを痛感していたということですね。
【柄澤】そうなんです。「君らはやらないだろう」と言われた悔しさもあり、人事部門には育成候補者のリストアップ、トレースを依頼しました。
ところが、数年後に私が社長になってから候補者のその後を確認しようとしたところ、まったく進捗していないことを知り、愕然としました。重要度・優先度が低いとみなしたのか、結局育成は行われなかったのです。腹が立ちましたが、重要性をしっかり伝えなかった自分にも非がある。結果として、私は当時のトップの予測通り「やらなかった」のです。
女性活躍の答えは一つではない
【白河】女性活躍は後回しにされ続けてきた歴史があります。そのリストが有効活用されていれば、もっと早くに目標を達成できていたかもしれませんね。
【柄澤】もっとできることがあったはずだと後悔しています。
同じ頃、部署を新設することになり、2人の女性候補者にリーダーに就くことを打診したところ、1人は「女性だからという理由で昇進して広告塔になるのは嫌です。私は自分の仕事の成果で評価してほしい」と答えました。もう1人は「私がロールモデルになります。ぜひやりたい」と覚悟を持って返事をしてくれました。
私は、どちらもすばらしい志だと思いました。女性活躍の答えは一つではないのです。組織風土も社会も、さまざまな志、思いや成功例・失敗例が積み重なってできていくものです。“男性社会”もそうやってつくられてきたのですから、今後はそれを“ダイバーシティ社会”をつくる糧にしていくべきでしょう。
【白河】どちらの女性の気持ちもわかります。女性にも多様性がある。そして、「もっとできることがあった」という思いが、今の御社の取り組みにつながっているのだと感じました。柄澤さんの女性活躍推進への覚悟が伝わってきました。どうもありがとうございました。