経団連のダイバーシティ推進委員長として、日本企業の意思決定層に占める女性の割合向上に取り組んでいる柄澤康喜氏。日本企業の課題や委員長として抱いている危機感、経団連の取り組みなどについて聞いた。

経団連と30%クラブが連携して女性活躍を加速

【白河】経団連は2019年末、女性役員比率30%を目指すグローバルなキャンペーン「30%クラブジャパン」と覚書を締結しましたね。署名式には柄澤さんが出席されたそうですが、調印に至った経緯を教えていただけますか。

【柄澤】経団連は2013年、安倍首相による「ウーマノミクス」宣言を機に、女性活躍推進に取り組み始めました。会員企業1500社のうち、600社ほどが女性管理職の目標数値を公表するなど、かなり積極的な活動を行ったんですよ。女性活躍推進法の成立より前のことです。

MS&ADインシュアランスグループホールディングス 取締役社長 グループCEO、三井住友海上火災保険 取締役会長、日本経済団体連合会 審議員会副議長/ダイバーシティ推進委員長 柄澤 康喜さんとジャーナリスト白河 桃子さん
MS&ADインシュアランスグループホールディングス 取締役社長 グループCEO、三井住友海上火災保険 取締役会長、日本経済団体連合会 審議員会副議長/ダイバーシティ推進委員長 柄澤 康喜さんとジャーナリスト白河 桃子さん

【白河】同法の成立は2015年ですから、経団連はより早くから女性活躍に取り組まれてきたのですね。成果はいかがでしたか?

【柄澤】女性従業員は増えましたが、残念ながら管理職登用は道半ばの状況です。女性役員の活躍を支援するため「経団連女性エグゼクティブ・ネットワーク」を立ち上げたり、政府と意見交換したりと懸命に取り組んできたのですが、2019年12月に公表された、各国の男女格差を測る「ジェンダー・ギャップ指数」で、日本は153ヵ国中121位と後退してしまいました。経済分野だけ見ても、115位とかなり下位にあります。

【白河】日本の指数は、どうしても政治・経済分野が足を引っ張ってしまいますね。健康・教育分野などは上位にありますが、総合ポイントでは一般的に女性の地位が低いと思われている中東の国々とほとんど差がありません。

【柄澤】日本が後退したというよりも、他国の女性活躍が大きく進んだ結果だと思います。日本もスピードアップしなければなりません。その点で、経団連と30%クラブは同じ方向を目指していますから、連携して動きを加速できればと今回の締結に至ったのです。

日本の成長力が弱い本当の理由

【白河】たしかに加速が必要です。ただ日本企業の中には、なぜジェンダー・ギャップ指数を上げるべきなのか、理解していない経営者もいるようです。

柄澤康喜さん

【柄澤】今、日本の成長力が弱いのはなぜか。一国の経済力の実力を表すといわれる「潜在成長率」の3つの要素、資本・労働力・生産性のうち、生産性が上がらないことが要因だとみています。生産性はイノベーションを起こすことで上がりますが、日本は他の国がオープンイノベーションに取り組む中で遅れてしまいました。イノベーションは既存の知と新たな知が融合して初めて起こるものですから、ダイバーシティの実現度が大きな鍵になります。中でも女性の活躍は必須条件であり、ジェンダー・ギャップ指数を上げる意義もそこにあります。

【白河】企業の中の多様性、つまりダイバーシティを進めることこそが日本の成長につながると。

【柄澤】その通りです。今の日本に起こっているさまざまな問題は、私たち経営者や経団連も含めて、皆がダイバーシティに取り組んでこなかったせいでもあると思います。この遅れを急いで取り戻さないと日本はダメになる。それほど危機感を抱いています。

コミュニケーションと情報の透明性を高めるべき

【白河】「ダイバーシティに取り組んでこなかった」と率直に言ってくださいましたね。具体的には、どうすればダイバーシティが進むと思われますか?

【柄澤】女性が活躍しやすい環境を整える観点から言えば、例えば男性社会では“暗黙知”がよく使われますよね。飲み会に出た人の間だけで暗黙の了解ができあがったりして、「言わなくても通じる」関係がよしとされてきました。

しかし、例えば2019年W杯で大活躍したラグビーの日本代表チームなどは多国籍軍ですよね。バックグラウンドが違えば暗黙知では理解し合えないでしょうから、自然と客観的な形式知にしてコミュニケーションを心がけるようになったはず。そうするとコミュニケーションの精度が上がり、新しいことが生まれやすくなります。その結果、日本代表チームとして史上最高の成績をおさめたわけですから、企業も見習うべきでしょう。多様な人材を生かすには、暗黙知に頼っていてはいけないのです。

【白河】そうした非公式な派閥や人脈、伝達は、オールド・ボーイズ・ネットワークと呼ばれていますね。女性が入り込みにくいので、キャリアアップを目指す上で障壁にもなっています。

【柄澤】もう一つ、ダイバーシティを進めるには透明性も重要です。経営にかかわる情報でも、できる限り社員に開示することのプラスがマイナスにまさるのですが、秘密にしたがる人もいます。情報を自分のところで止めることによって優越感をもつのかもしれません。

女性役員比率などの自主行動計画の数値を公表しない企業も少なくありませんが、こうしたものは社内外にオープンにすべきです。

経営や人事に関する情報を開示すれば現場から違う解が出てくることもあるはずで、それこそがイノベーションにつながるのにと思います。

経団連の会合も出席者はほとんど男性だが……

【白河】情報開示しない企業は、自らイノベーションのチャンスをつぶしているのかもしれませんね。

柄澤康喜と白河桃子さん

【柄澤】そう思います。イノベーションの父と呼ばれる経済学者のシュンペーターは、既存のモノや生産手段などの「新たな結合」がイノベーションを生むのだと説いています。現代に置き換えれば、多様な人が持つさまざまな知の結合がイノベーションにつながるということです。しかし、日本企業では、多様性を活かすどころか、高い同質性が影響して、「女性は男性より能力が低い」といった誤ったアンコンシャス・バイアスや、世の中のニーズを汲み取れず既存技術の改良のみに拘る姿勢、マイノリティー市場の見過ごしといった事象が多々見られます。ダイバーシティが他国に後れを取っていれば、イノベーションも同じことになるのは当然のことでしょう。

【白河】やはり鍵は多様性にあるのですね。しかし、TVなどで経済団体の集まりを見ると出席者はほとんどが同じような年齢の男性です。経団連も女性役員は審議員会副議長の浅野邦子さんだけで、全体としては同質性がとても高いですよね。この現状をどう思われますか?

【柄澤】経団連は企業の代表の集まりですから、現時点では男性が圧倒的多数を占めている状況です。ただ、このままでは絶対にダメで、できる限り早く多くの女性に入っていただかなければ。女性の管理職や役員、社長の増加に取り組んでいるのもそのためです。日本企業の現状を変える役割を経団連が担うべきです。

多様性のない企業は淘汰される時代に

【白河】トップの方々がしっかりと意識を持つことが大切ですね。近年ではジェンダー投資も注目を集めていて、「男女平等度が低い企業には投資しない」という投資家も増えているようです。これについてはどう思われますか?

【柄澤】投資家の方々にとって、今は企業の男女平等度も重要な物差しの一つ。男女平等度が高ければ、成長が見込めるから自信を持って投資できるということになります。海外投資家には、女性リーダーが圧倒的に少ない日本企業を見て「どうやって女性の意見をくみ上げているのか」といぶかしむ人も多いと聞きます。今や、多様性のない企業は世界から「成長戦略を持っていない」と見なされる時代。私は、そうした企業は今後淘汰されるだろうと思っています。企業も日本経済も、成長の鍵は女性にある。女性活躍推進は、そうした覚悟で取り組んでいかなければなりません。

【白河】なかなかそこまで覚悟のほどを語ってくださる方はいないので、非常に心強く思いました。女性活躍の意義を明確に言語化していただいて、私も腑に落ちました。ありがとうございました。