花王グループは、女性管理職比率が29.4%、男性の育休取得率が40%台と、いずれも日本企業の平均を大きく上回る。社長の澤田道隆さんは、この1年間、自ら人財開発部門の担当になるなどさらなる改革を率いてきた。人財開発部門のメンバーも驚くような社長の斬新なアイデアとは――。

花王が考える多様性の本質

【白河】花王は早い時期から、女性活躍や多様性に熱心に取り組んでいらっしゃいますね。

【澤田】私が社長に就任したのは2012年6月です。当初からダイバーシティは経営トップとして推進すべき大きなテーマだと捉えています。

花王 澤田道隆社長とジャーナリスト白河桃子さん
花王 澤田道隆社長とジャーナリスト白河桃子さん

私は研究者を32年やってきたものですから、物事の本質を常に考えないと気がすみません。「女性活躍」と言う前に、まず「ダイバーシティ」の本質を考えるべきだと思います。性別や国籍の違いに留まらず、もっと一人ひとりの個性に立脚した多様性です。企業は人で成り立っているのですから、人という資産を最大化し、最大活用を考えることが最も重要です。そして個々の力の最大化は、人材育成に尽きます。人材育成においては、人間には無限の可能性があり、人は育てるのではなく育つのだという信念のもとに取り組んでいます。

その上で最大活用を考えるわけですが、そのためには、個々のキャラクター、特徴をきちんと理解・把握し、最適配置を行って組織としてまとまりがある形にマネジメントをする必要がある。そして、会社側が期待をしていることを本人に伝えることも重要です。

「女性が管理職になってくれない問題」をどう解決するか

【白河】「女性の仕事と家庭の“両立”まではできたが、その先の“活躍”がうまくいかない」と嘆く経営者はたくさんいらっしゃいます。「考えられることはやりつくしたが、それでも女性が管理職になってくれない」というわけです。花王では、どのように壁を突破したのでしょうか。

【図表1】花王グループの女性管理職比率の推移

【澤田】私たちを含め、多くの日本企業はこれまで、日本人だけ、男性だけという比較的均一な環境で仕事をしてきました。「多様な個性を活かす」と言っても、これまでの枠組みの中に異なる人材を入れると、浮いてしまったり、個性を消してしまったりすることになる可能性があります。例えば女性を例にとると、20、30年前であれば、男性ばかりのチームに女性が1人、2人入っても、当時の女性に期待されていたようなステレオタイプ通りに、ほかの人のサポート役にならざるを得ないことが多かった。必ずしもその女性の「個性」が活かされていたわけではなかったと思います。

花王 澤田道隆社長

それでも、まずは「混ぜる」ところから始めなくてはなりません。混ぜないと、化学反応は起きませんから。そして混ぜた場合に、女性がはじき出されないようにしないといけません。男性ばかりで作り上げてきた既存のルールを変え、結婚したり、子どもが生まれたりした場合でも、女性がはじき出されることなく仕事を続けられるようにする。それが第一歩でした。

ようやく「寿退社」という言葉もほとんど聞かれなくなり、女性が混ざってもはじき出されることがなくなってきました。今は、真に女性一人ひとりの個性を“活かす”ことを考えなくてはなりません。それが次の大きなステップだと考えています。

ラインリーダーに女性を登用したら現場に意外な変化が

【白河】混ぜないと化学反応は起きない! 本当にそうですね。女性が一人だけだと同化すると言われています。具体的に、そうした化学反応が起きた事例というのはありますか?

【澤田】例えば、生産現場は、かつてはほとんどが男性でしたが、女性がかなり増えました。山形県酒田市にある酒田工場で新しいオムツ製造ラインを入れたときに、4~5人のチームのラインリーダーに女性を登用しました。するとそのラインでは、これまで「当たり前」とされてきた環境に新しい視点が入り、使われる道具の並べ方についても「もっとこうした方が使い勝手がいい」と改善が進んだ。また、重い資材を運ぶ際にも、サポートするための器具を使うようになり、年を重ねて体力が落ちたり、腰痛に悩んだりしていた男性社員なども含め、全員にとって働きやすい職場になりました。

こうした活動は、生産性や品質の向上につながります。そして、それを目の当たりにしたほかの社員は、「うちでもやってみよう」ということになる。生産現場での女性の登用に懐疑的だった人たちの考え方も変わります。

【白河】女性活躍というのは、女性だけにメリットがある話ではなく、男性も女性も、みんなが働きやすくなることにつながると言われますが、酒田工場の事例はそのお手本になるようなエピソードですね。

時短とフルタイムの軋轢をどう克服するか

【白河】花王では、1991年に育休や時短の制度ができていますね。

【澤田】導入した当初は、取得する本人にも周囲の人にも、抵抗があったと思います。でも、そこで育休や時短を取りながらも成果を出して頑張った女性たちがいたから今がある。彼女たちが今、そろそろ定年を迎えるころに入っています。中には管理職に就いた人もいます。花王の「ステップ1」を支えてくれた人たちです。誇りに思っています。

花王 澤田道隆社長とジャーナリスト白河桃子さん

【白河】時短勤務ができるようになって、ようやく女性が出産した後も仕事を続けられるようになってきました。法律で時短が措置義務になったのは2010年ですから、私は、「女性が働き続けられるようになってからやっと10年なのだ」と感じています。

ただ一方で、時短勤務の人とそうでない人の間で、軋轢が生じるケースも多いように聞いていますが、花王ではいかがでしょうか?

【澤田】部署によるでしょうね。例えば化粧品販売の現場で、お客様の接客を担当する美容部員という職種の方々がいるのですが、そこはシフト勤務なので、時短勤務で人が抜けると、残った人の負担が大きくなってしまうという問題があります。そうした場合は、人を増やして、時短勤務の人がいても負担なく回せるように対応を進めています。ただ、まだすべての現場で対応しきれているわけではありません。

一方、和歌山工場の品質保証検査を担当している部署には、女性社員が多いのですが、時短で勤務が終わる午後4時以降にも、検査対象のサンプルがまだ届くことがある。それは、サンプルがお昼ごろまでに届くよう、やり方を変えるだけで回るようになります。サンプルを準備する側は、化学合成を行ってできあがったものを検査に回すのですが、それなら化学合成を始める時間を早めればいいわけです。

【白河】女性を特別扱いするのではなく、全体の働き方を見直すのですね。時短の人もそうでない人も軋轢なく働けるようになります。

【澤田】そうです。そこの部署だけでは対応に限界があります。部分だけを変えるのではなく、全体を変えないとダメですね。

男性の働き方改革が必要

【白河】同様に、女性活躍を進めるためには、女性の働き方だけでなく、会社全体、男性の働き方も変える必要があります。

【澤田】その通りだと思います。今、花王の男性の育休取得率は42.6%で、まだまだ高めていかなくてはなりません。長期で取る人はまだ少なく、平均が6.5日です。

【図表2】花王男性社員の育休取得率推移

ただ、「いつ、これだけ休みを取りなさい」と細かい制約を設けるのには違和感があります。それぞれで考えて、ライフスタイルに合ったやり方を考えて選べばいい。管理する側は、細かい制約を設けた方が管理しやすいかもしれませんが、それでは多様性を活かすことなんてできません。

【白河】今はかつてのような一律の管理は通用しないでしょうね。一方で、人事や人材開発を担当される方は大変になりますが。多様性マネジメントは負荷がかかることは事実です。

社長が「くじ引き採用」という“跳んだ”案を出した理由

【澤田】実は私は昨年(19年)の1年間、人財開発部門を担当したんです。

【白河】澤田社長ご自身がですか?!

【澤田】はい。人財開発部門統括の担当の役員もいるんですが、私も担当になって、1年間議論をしました。担当役員はやりにくかったかもしれません(笑)。最初は非常に「跳んだ」議論から始めてからまとめに入っていきました。

【白河】「跳んだ」と言いますと、どんな?

【澤田】例えば、採用するときは何段階も面接を繰り返すわけですが、それは必要ないのではないか。最低基準のボーダーさえ超えていれば、誰を採用してもいいのではないか。そこから先は、極端な話、例えば、くじ引きで決めてもいいのではないかという議論をしました。

もっといろんな個性を持った人に来てほしいなら、それくらいしてもいいかもしれない。今のやり方だと「とがった人財を落としている」ことになりかねません。

【白河】どこの会社も“とんがった人”が欲しいとは言うのですが、それが実現できる採用活動になっていないという問題がありますね。

【澤田】入社した後に多様にするのは難しいのです。それに、会社には運がある人が必要です。くじ引きで当たった人というのは、運がいい人ですからね。でも、これを言ったら、人財開発部門の人たちは「さすがにちょっと時間をください……」と青くなっていました(笑)。

【白河】それが本当に実現したら、おもしろい人材が集まりそうですね。澤田社長の「多様性」に対する強い思いを感じました。