宅配便の配達を待つ時間がもったいない――。そう感じたことがある人は多いはず。再配達も時間指定の幅がありますし、集荷も待ち時間があります。そうした待ち時間を解消してくれる便利な宅配ボックスが登場。市場規模の拡大が予測されています。高額でも買いたい人が多い背景には、“便利だから”“自分がラクになれるから”だけではない深い理由が隠されていました。令和時代の新型消費について、マーケティングライターの牛窪恵さんが解説します。
※写真はイメージです(写真=iStock.com/AlessandroPhoto)

家事負担は、社会問題だ!

「ワンオペ」「家事シェア」「名もなき家事」……、ここ数年、家事・育児関連の新たなキーワードが登場し、話題を呼んでいます。ご存じかと思いますが、念のため補足しますね。

ワンオペは、仕事や家事、育児のすべてをひとり(おもに妻)が回す(オペレーションする)こと。家事シェアは、家事や育児を「見える化」することなどにより、夫婦が家事を分担・共有(シェア)すること。そして名もなき家事は、ゴミの分別やトイレットペーパーの補充といった、細々とした「名もなき」作業のことを指します。

これらは近年、共働き夫婦が増える一方で、まだまだ女性(妻)に家事・育児が集中する家庭が多いことから、「もう限界!」「なぜ夫や家族は、分かってくれないの?」といった、妻たちの悲痛な声を象徴しているかのよう。

ちなみに、6歳未満の子を持つ夫婦の家事・育児関連時間の「国際比較」でも、日本の妻は圧倒的に家事・育児時間が長く(合計7時間34分/日)、逆に、夫は調査国中、最もその時間が短い傾向にあります(合計1時間23分/日)(2016年 総務省ほか調べ)。

そんななか、今年新たなキーワードになりそうなのが「待ち受け家事」です。

待ち受け家事とは

待ち受け家事とは、多くの女性が「やりたいことがあるのに、ジッと待たなければいけない」といった家事のこと。例えば、洗濯物を干すために洗濯機が終わるまで待つことや、子どもの食事が終わるまで洗い物をせずに待つこと、そして「宅配便」の配送や受け取りを待つ時間などです。

LIXILのスマート宅配ポスト

この言葉を初めて提唱したとされるのが、LIXIL(以下、リクシル)。きっかけは、従来の「宅配ボックス」に、IoT(Internet of Things/モノのインターネット化)技術を組み込んだ、「スマート宅配ポスト」の存在。具体的には、同宅配ポストを世に浸透させる段階で行った、独自調査等にあったといいます。

「同商品(サービス)をPRしていくにあたり、われわれは30~40代の既婚女性300人にアンケート調査を行いました。すると令和の時代、新たに解決しなければならない家事は、夫婦どちらが分担(シェア)するか、見えない家事をいかに見える化するか、といったことだけでなく、普段は家事としてカウントされにくい『時間』にあることに気づいたのです」(リクシル エクステリア事業部・向中野雄彦さん)

8割以上が待ち受け家事をしている

リクシルが「待ち受け家事」と想定したのは、先の「宅配便の配送・受取を待つ時間」のほか、同じく既述の、洗濯関連や子どもの食事関連、そして「配偶者の帰宅を待つ時間」「スーパーマーケットなどでのレジを待つ時間」、あるいは「子どもの習い事や塾などが終わるのを待つ時間」など。

待ち受け家事の経験

すると、回答者の8割以上(83.4%)は、いわゆる待ち受け家事の経験が「(よく+たまに)ある」と回答。そのうち、「ストレス」を感じる女性が圧倒的に多かったのが、「宅配便の配送・受取を待つ時間」(52.3%)だったといいます(19年 リクシル調べ)。

「現代社会においては『時間』こそ、お金に代えがたい貴重な存在」だと向中野さん。

「にもかかわらず、宅配便にとって『時間』は、切っても切り離せない関係にある、厄介な存在。本来、やりたいことがあるのに、家で宅配便をジッと待たなければいけない……、そんなストレスを、家族の中で一手に背負っているのが、忙しい現代の主婦や共働き女性だと気付きました」

複数個の荷物の受け取りにも対応

では、そんな女性たちの悩みを解決すべく、18年10月にリクシルが全国発売を開始した「スマート宅配ポスト」とは、どんなものなのでしょう。

同商品(サービス)は先の通り、従来の戸建用宅配ボックスに「IoT技術」を組み込んだ、業界初のIoT宅配ボックス。「IoTを組み込むことで、ユーザーのさまざまなニーズを満たす機能を付加することができました」と向中野さん。

複数個の荷物の受け取りや、荷物の集荷依頼などが、その代表例です。

例えば、一般的な宅配ボックスでは「1つの荷物が投函されていると、その次(2つ目以降)を投函しにくい(またはできない)」といった悩みがあります。

後者の「集荷」についても、依頼だけなら宅配業者のサイトを通じて行えるものの、いざ荷物を渡すとなった際が面倒。「14時~16時の間」など、宅配便の担当者が来る予定時間には幅があり、それまでの間、どうしても先の「待ち受け家事」が発生してしまいますよね。

留守中でも集荷してもらえる

ところがスマート宅配ポストは、利用者の「スマートフォン」と連動。宅配業者のサービスを利用すれば、あらかじめ同宅配ポストに荷物を入れて宅配業者専用のパスワードを設定しておくことで、留守中でも集荷してもらえる仕組みです。

また、複数の荷物受取についても、IoTとスマホをフル活用。仮に、1つ目の(既に宅配ポストに入っている)荷物と2つ目の荷物の宅配業者(やその担当者)が違っても、宅配ポストの所有者が外出先からスマホで解錠すれば、2つ目の荷物を投函できるとのこと。

ちなみに、この商品のボックス部分は、2リットルのペットボトル6本入りが2ケース収まる、大容量サイズ(重さは30kgまで)。縦横それぞれ約33センチまで、高さ約46センチまで収納可能だそうです。

キーワードは“社会的問題解決”

このほか、これまでには、宅配ポストのボックス部分の内側に付いているQRコードを宅配業者が読むことで、2つ目以降の投函が可能になる、といった実証実験プロジェクトも行っていると言います。この方法だと、所有者がボックス部分をわざわざスマホで解錠する手間さえ要らなくなるそうです。

今後の本格運用に向けて、「できるだけスマート宅配ポストの所有者、そして宅配業者の方々の負担を減らせるよう、システムを改善していきたい」と向中野さんは言います。

実はこうした考え方にこそ、令和時代のマーケティングの「真髄」がある。それが昨年、流行語の一つにもなった「SDGs」の発想にも相通じる、「社会的問題解決」の視点です。

“再配達問題”の解消にも

SDGsとは、日本語で「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」。2015年9月の国連サミットで「国際社会の共通課題」として採択された、2030年までの達成目標です。その数は、17項目にのぼります。

例えば、「貧困をなくそう」や、「人や国の不平等をなくそう」「気候変動に具体的な対策を」「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」など。

先の「スマート宅配ポスト」は、直接的にSDGsへの関与をうたったものではありません。ですが、商品の特性や向中野さんへの取材から分かる通り、こうした商品が社会に普及することで、近年の社会現象でもある「宅配業者の再配達」や「女性の家事負担」といった問題を、解決できる可能性がありますよね。

これらは、広く長い時間軸で見れば、SDGsの目標である「人や国の不平等」や気候変動、エネルギー問題の解決につながるかもしれない。

その視点で、今後の企業価値や企業経営を考えていこうというのが、近年話題になっている「SDGs経営」の本質だと思います。

クリーニング集配サービスにも展開の可能性

リクシルでも、スマート宅配ポストが今後、利用者のストレス改善はもちろん、「再配達」に伴う労働生産性の低下や、CO2排出量の増加などの問題解決に寄与できるのではないかと考えています。

ちなみに、スマート宅配ポストのモニター顧客に対する調査によると、利用者の約95%が「待ち受け家事」のストレス改善を実感し、約94%が総合的に満足を感じていたとのこと。とくに、一般的な宅配ボックスとの差別化ポイントでもある部分、すなわち「IoT機能の利便性」に関する設問では、約80%が「利便性を実感する」と答えたそうです。

一方で、リクシルではこれまで配達する側の宅配業者やEC事業者とも、度重なるコミュニケーションを諮ってきた立場から、「まだ多くの課題が内在することも感じている」とのこと。今後は、同商品(サービス)の普及やさらなるコミュニケーションによって、「宅配クライシス」の問題解決に努めるとともに、「クリーニング集配サービス」など社会サービスとの連携も模索していくそうです。

令和の新しい消費者心理

近年は、安全性が高い宅配ボックス(ポスト)とは別の、ガスメーターや自転車のかごなどを宅配便の置き場所に指定する「置き配」が目立ってきました。それに伴い、一部の配送業者やユーザーの間で「盗難トラブル」なども起きています。

なぜ置き配が増えたのか……? 言うまでもなく、日中は家を留守にすることも多い「共働き夫婦」が増え続ける一方で、ネットショッピングやフリマアプリの伸長などにより、宅配便の取扱個数そのものが増えたからです。

その数は、18年度現在で8年前より10億個以上増え、なんと年間約43億個(19年 国土交通省調べ)。置き配を嫌う人たちの間では今後、当然ながら「宅配ボックス(ポスト)」の需要増も見込めるでしょう。

富士経済は、宅配ボックスの市場規模について、2025年には220億円(17年比で約2倍)にまで拡大すると予測しています。既にリクシル以外にも、複数の企業がこの市場に参入。パナソニックや三協アルミ、YKK APなどは、その一例です。

リクシルも、先の「スマート宅配ポスト」を、自社が展開する宅配ボックスの販売数量を伸ばす「成長エンジン」と定義。向中野さんいわく、売上高については「2019年に前年比約270%、20年には前年比約150%との販売計画を掲げている」そうです。

一般には、今後の宅配ボックス普及のカギを、「1台数万円~数十万円の『価格』にある」と見る向きも多いようですが……、それだけではないはず。

なぜなら、令和の消費者は「自分さえよければいい」ではないから。今後は、先のSDGsにも繋がる「社会問題の解決」といった視点、すなわち「宅配業者の再配達(含・CO2排出)」や「女性の家事負担」などの問題解決を意識したメッセージを、いかに消費者に届けられるかが、普及のカギを握るのではないでしょうか。