(※本稿は、2019年6月27日、しなやかに情熱を持って働く女性たちのための交流会「PRESIDENT WOMAN Salon」の第3弾「ハイアット リージェンシー 東京 取締役・宮越真理子さんを迎えて」の内容から構成しています)
「仕事も家事も完璧にこなそう」と苦しんだ7年間
ハイアット リージェンシー 東京は、日本初のハイアットホテルとして1980年に開業しました。746の客室、8つのレストラン・バー、18の宴会場、スパ、プール&フィットネスを有するシティホテルです。会社としては「株式会社ホテル小田急」という社名で、小田急電鉄を中心とした小田急グループのフラッグシップホテルという位置づけになります。
私はホテルの売上の3本柱である宿泊、レストラン、宴会のうち宿泊部門のオペレーションを統括する宿泊部長であるとともに、ホテル小田急の取締役を務めています。社内では初の女性役員です。女性役員登用という面では、当社はまだスタートしたばかりかなと思います。
ホテル業界では新しいホテルの開業を機にそのホテルに転職する人が多いなか、私は1985年に入社して以来、ずっと当社で働いてきました。今回は、私のキャリアを自分なりに「第1期=成長期」、「第2期=充実期」、「第3期=新たなスタート」の3つに分けてご紹介したいと思います。まず「第1期=成長期」ですが、これは22歳で入社してからの約20年間になります。最初の7年はフロント課宿泊予約係で働き、仕事量の多さと家庭との両立に苦しみました。仕事も家事も完璧にこなそうとして、自分で自分を追い詰めていた時期でもあります。
疲労から肺炎になって入院し、一時は退職も考えました。でも、上司に不満をぶつけたらスッキリしてしまって(笑)。夫が「頑張りすぎないで」と言ってくれたこともあり、完璧を目指さなくてもいいんだと思えるようになりました。
予想外の異動も出向も前向きに捉えて
その後、施設の改修プランニングなどを担当する施設計画課に異動し、31歳で広報宣伝課へ異動に。まったく違う分野への異動に最初は戸惑いもありましたが、ここから50代で宿泊部長になるまで、途中で小田急ホテルズ&リゾーツに出向する間も含め、ずっとマーケティングや広報の仕事をしてきました。
第1期は異動も多く、公私ともに山あり谷ありの時期でしたが、振り返ってみれば、社外も含めていろんなセクションを経験できて本当によかったなと思います。広報宣伝の時には、ホテルをPRするという立場からホテル内のいろいろな部署と関わることができましたし、外部の職種も違うさまざまな分野の人たちとも一緒に仕事ができました。ホテルをあらゆる側面から見つめることができ、視野も広がりました。
皆さんもこの先、まったく知らない部署や自分には向いていないのでは、と思う部署へ異動になることがあるかもしれません。最初は戸惑うこともあるかもしれませんが、実際にやってみると意外に面白かったり、会社を今までと違う角度から見られたり、自分の新たな適性を発見できたりするものです。その時はわからなくても、複数の部署で働いた経験は後のキャリアで必ず大きな糧になります。ぜひ前向きに捉えてチャレンジしてください。
宿泊部長の仕事は現場スタッフが働きやすい環境づくり
次の「第2期=充実期」は、43歳で出向先からホテル小田急に復職して以降、54歳で宿泊部長になるまでの時期です。この間は当ホテルにとっても大きな転換期で、ホテルに新しくスパが開業したり、3つ星レストランと提携したフレンチレストランが開業したり、そしてホテル センチュリー ハイアットからハイアット リージェンシー 東京へのリブランドと、ビッグプロジェクトが続きました。
そのいずれにも携わることができて、本当に幸運だったと思っています。特にホテルのリブランドは、私のキャリアの中で最も、自ら熱望して取り組んだプロジェクトでした。リブランドはある意味、新しいホテルを作るような思い切った変化が求められるのですが、どのようなやり方でそれを実現するのか経験できるのは大きな喜びでした。外国人上司の下で大変な思いもしましたが、その経験は今ではかけがえのない財産になっています。
45歳でマーケティング部長に昇進しましたが、リーマンショックや東日本大震災もあり、ホテルにとっては大変な時期でした。ずっとバック部門でやってきましたから、54歳で宿泊部長の辞令が下りた時は驚いたものです。宿泊部門はお客様と直に接する“ホテルの現場”。ワクワク、ドキドキしながら引き受け、「第3期=新たなスタート」が始まりました。
宿泊部長になってからは現場に出て、現場を肌で感じること、どのようなお客様がお越しになっているのかを自分の目で見ること、お客様の声に耳を傾けることの大切さを改めて実感しました。また、現場で働くスタッフの姿を見て、「私の役目は彼らがイキイキと働ける環境を整えることなんだ」と思うようになりました。
自分自身の成長が働く喜びに
その翌年に取締役になりましたが、最初は自分のなすべき勤めをちゃんと理解できていなくて、戸惑うことも多かったですし、自分で良いのかと思うこともありました。取締役として自覚の足りなさを痛感したこともありました。
ただ、私は楽観的かもしれませんが、ポジションが人を育てることもあると思っています。今はまだ能力が足りなかったとしても、その立場に立つことで見えてくる世界があります。私は明確なキャリアプランは持っていませんでしたが、いつも一つ上の立場をイメージして、自分なりに成長しようとしてきました。
私にとっての働く喜びは“自分自身の成長”にあります。20代、30代の頃、退職を考えたのは、忙しいのに成長が感じられず、自分がすり減っているように思えた時でした。逆に楽しかったのは、どんなに忙しくても成長を実感できている時でした。未経験の仕事やポジションは、新しいことを学べたり、違う自分を発見したり、新たな扉が開いたりする可能性にあふれています。挑戦すればするほど、働く喜びもきっと大きくなるだろうと思うのです。
前向きに仕事をするコツは「学びを作る」こと
次に、私が仕事をする上で大切にしていることを、メンタル面と仕事の仕方についてと、それぞれご紹介したいと思います。メンタル面では次の3つを大切にしています。1つ目はいつもポジティブでいること。仕事には苦労はつきものですが、気持ちだけでも前向きに、そしていつも笑顔を絶やさないように心がけています。ポジティブでいるとうまく進むことが多いように思います。
2つ目は、落ち込んだ時の対処法です。長く働いていれば、どうしても頑張れない時もあります。そんな時は、「もういいや!」って食べて寝ちゃいます(笑)。落ち込んだ時には、心の中のモヤモヤを紙に書き出すこともあります。文字にしてみると、大したことないなと思えることが多いですね。3つ目は、昨日より今日、今日より明日、と少しでも成長できるように、学びや改善を毎日1つ以上作ること。英単語を1つ覚えるとか、営業成績表の数字を覚えるとか、小さなことで良いと思います。学びを作ることで「今日も成長できた!」とうれしい気持ちになるんです。
また、タイミングを計ることもとても重要。経験から言えば、物事にはちょうど良い“時(とき)”というのがあると思います。スピードが大切なことや先手必勝なこともあれば、あえて時間をかけた方がよいこともあります。絶妙なタイミングを計ることも成功の秘訣だと思います。続いて、仕事の仕方という面では、「ゲスト(現場)を第一に考える」、「同じ失敗を繰り返さない」、「準備を大切にする」、「周りを巻き込む」、「タイミングを計る」、の5つを大切にしています。失敗は誰にでもあります。ですが、同じ失敗を繰り返しては信頼を失います。失敗から学ぶことが大切。また、念入りに準備をすることで、いざという時に備えられるし、余裕も生まれます。1人でできることも協働すれば互いの成長が生まれます。
理想のリーダー像に近づくために
最後に、私がリーダーとして大切だと思うことを5つお伝えします。(1)ポジションが人を育てる。だから勇気を持って踏み出す。(2)部下の話にはいつでも耳を傾ける。(3)わからないことをそのままにしない。(4)一点集中で考えず全体を俯瞰する。(5)自分がなりたい“自分”になる。
昇進や昇格の話があったら、まだ力が足りないかなと思っても、勇気を持って踏み出すべきです。そしてリーダーの立場になったら、部下の言葉に耳を傾ける姿勢と、「いくつになっても勉強」という謙虚さを持ち続けることが大切。目の前の懸案事項だけに注力するのではなく、ほかに問題になっていることはないか、さらに優先順位の高い事案はないかなど、一歩引いて全体を見渡す姿勢も求められます。
自分の“なりたい姿”を具体的にイメージすることも大切です。私も「こういう上司でありたい」という思いを頭において、今もその像に近づこうと試行錯誤しています。リーダーになる前はもちろん、なった後も自分なりの理想に近づく努力を続けたいですね。
ただ、私は昇進だけが仕事のゴールだとは思っていません。女性管理職の増加はうれしいことですが、それよりも与えられた場所でどれだけ楽しみ、輝けているかということのほうが重要だと思います。皆さんが楽しみや輝きとともに働いていけるよう願っています。