2030年に日本人口の約半数が“おひとりさま”になるだろうと言われます。そんな時代に売れるモノとは? 15年間おひとりさま市場の取材を続けてきたマーケティングライターの牛窪 恵さんが解説します――。

注目すべきは進次郎より春風亭昇太の結婚

今年は「ビッグな結婚」が次々と、世をにぎわせています。

多くの男女が瞬時にイメージするのは、8月に結婚(及び妊娠)を発表した、衆議院議員の小泉進次郎さんとフリーアナウンサーの滝川クリステルさんのカップルでしょう。

ですが約2カ月前の6月にも、南海キャンディーズの山里亮太さんと女優・蒼井優さんが、やはり結婚を発表し、「美女と野獣婚」などと話題に。さらに同月、長い間「独身貴族」を通してきた春風亭昇太さんが、自身が出演するテレビ番組〔「笑点」(日本テレビ系)〕で突然、「私、結婚することになりました」と発表し、世間をアッと驚かせました。この時点で、昇太さんの年齢は59歳でした。

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Satoshi-K)

マーケティング上、注目すべきは、昇太さんのような50歳を過ぎての「熟年婚」。というのも、50代の未婚者は、長年「生涯未婚(50歳時点で未婚)」と見られてきた男女です。ところが「人生100年時代」を見据えてか、あるいは昇太さんやエッセイストの阿川佐和子さん(63歳で初婚)のように、50代以降で初めて結婚する男女も目立ってきたからか、政府は今年、「今後は『50歳時未婚率』との呼称に統一する」との見方を発表したのです。

では「熟年婚」は、これからのトレンドになるのでしょうか?

2030年、日本の人口の約半数がおひとりさまに

前々回もお話しした通り、マーケティングでは、将来のマーケットサイズを占ううえで、10~20年後の既婚・未婚割合や世帯形態など、「環境要因」の変化に目を向けることが重要です。そこで、いまから約10年後、2030年の市場を予測してみましょう。

野村総合研究所発表のデータ(14年)によると、日本では30年、なんと全人口の約半数(5割)が「おひとりさま」になると考えられています(図表1)。

2030年の配偶関係別人口予測

なぜか? もちろん若い男女も、いまと同程度かそれ以上に結婚しないことが予想されますが、上の世代も市場に大きな変化をもたらすほどは、結婚(熟年婚)しないようです。

一方で、むしろ顕著になると見られるのが、「シニア女性」のおひとりさま。

日本女性は、男性より平均寿命が6~7年長い。しかも現65歳以上の女性たちの多くは「3~5歳以上年上」の男性と結婚しているケースが多い、とされています。よって単純計算では、女性(妻)のほうが10年前後、長く生きる確率が高いのです。となれば、この先売れる商品も変わってきそうですよね。

単身世帯もどんどん増える

また今後は、世帯形態でも「一人」がどんどん増えていきます。1980年、日本では結婚したカップルが同居する世帯が、全世帯の5割以上(54.6%)を占め、対する「単身世帯(ひとり暮らし)」は2割弱(19.8%)程度でした。

最大の理由はこのころまで、30代男女では未婚者が、約10~15%程度しかいなかったから。85~90%の男女は、当たり前のように結婚(そして出産)していたからです。

ですが90年代~00年代にかけて、日本では未婚や離婚が急増。80年に2割弱だった「単独世帯」は、2015年に3割強に、さらに2040年には4割弱に達し、結婚カップルとほぼ同じ割合になる見込みです(18年 国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計」)。

おひとりさまブームから15年

だとすると、今後は4~5人家族を意識した「大型(大容量)」の食品より、1~2人家族に向けた「コンパクトサイズ」や「少量」のモノのほうが、売れそうだと思いませんか?

エバラ「プチっと鍋」(画像提供=エバラ食品)

私が、初の著書『男が知らない「おひとりさま」マーケット』(日本経済新聞出版社)を書いたのは、04年4月。翌年には、いわゆる「おひとりさまブーム」が起こり、そこから15年間に渡って、おひとりさまマーケットの変遷を取材し続けてきました。

そんななか、私が今年8月21日発売の共著書〔『なぜ女はメルカリに、男はヤフオクに惹かれるのか?』(光文社新書)〕を書くにあたり、新たに取材した商品の一つが、エバラ食品の「プチッと調味料」シリーズ。

近年のおひとりさま、あるいは家族の「個食(家族一人ひとりが個人で食事を摂ること)」を意識して成功した好例です。シリーズのラインナップは8種28品目、18年度のシリーズ累計売上高は35億円にものぼります(19年3月現在)。

“時間差家族”のニーズも取り込む

最大の特徴は、いずれもコーヒーのミルクやガムシロップに使われるような「ポーション」(個別包装)タイプの調味料で、一人ひとりが都度、好みの調味料を選び、ポーション容器から注いで使えること。

「プチッと鍋」など「プチッと調味料」シリーズの開発に携わった一人、同マーケティング部の伊藤史子さんによると、「それまで家庭向けの鍋つゆ商品といえば、競合も含めたほとんどが『家族3~4人用』を想定していた」とのこと。

ですが先の通り、近年は結婚しないシングル男女の割合が急増しました。また、結婚して子どもがいるファミリー世帯でも、共働きで両親どちらかの帰宅が遅かったり、シフト勤務で夜勤だったり、あるいはお子さんが部活や塾でなかなか帰ってこなかったり、といった「時間差家族」が増えています。

鍋への不満が明らかに

伊藤さんたちが行った消費者へのグループインタビューでも、「少人数の世帯では、パウチのつゆが使い切れない」「残った鍋を連日食べることになり、飽きてしまう」といった悩みが、次々と明らかになったそうです。

鶏もも寄せ鍋2人分
鶏もも寄せ鍋2人分(画像提供=エバラ食品)

またある民間の調査でも、家族そろって夕食を取る頻度が「週1~2日未満」しかない20~60代女性(既婚)が、なんと全体の約4割(17年ベターホーム協会)。

このとき伊藤さんたちは、「このマーケット(個食)に需要があるのか」と自分たちが改めて掘り起こしたことで、それまで顕在化していなかった「(従来の)鍋への不満」が明らかになったと実感したそうです。

容器を入れ替えただけでイノベーションに⁉

もし彼女たちが「この先も、従来型の商品を出し続けていればいい」と考え、新たなマーケットに目を向けなければ、予想外のお客さまの声にも気づけなかったかもしれない。ですが、いまだけでなく未来のおひとりさまや個食市場の可能性に着目し、消費者の不満を深堀りしたからこそ、「新たなヒット商品」を生み出すことができたのでしょう。

半面、うがった見方をすれば、「プチッと鍋」は従来の鍋つゆを、ポーションという別のタイプの容器に「入れ替えただけ」とも言えます。

ですが、たかが容器、されど容器。エバラ食品の宮崎遵社長は、ある取材に対し、「調味料は容器・容量で“イノベーション”する」との言葉を掲げました。「調味料を1人前のポーションに入れることで、新しい価値を提案した」との見方です(「DCSオンライン」17年8月1日掲載)。

イノベーションは既存のものから生まれる

そもそもイノベーションとは、何でしょう? 1911年、初めてイノベーションを定義したとされるオーストリア出身の経済学者・シュンペーターは、イノベーションを「新結合」と呼びました。

具体的には、画期的なアイデアや優れた技術から、社会的意義のある「まったく新しい価値」が創造されること。何もないゼロから何かが生まれるというより、むしろ既存のAが、まったくかけ離れた世界にあるBと結びつくことで、新たな価値が生まれるという概念です。

近年、その好例としてよく挙げられるのは、スマートフォンやH&Mなどのファストファッション、無料コミュニケーションアプリ「LINE」、あるいはロボット掃除機の「ルンバ」(アイロボット社)でしょう。

“驚くほど画期的”である必要はない

ルンバには、優れた「空間認識」技術が搭載されています。この技術は、もともとアメリカ発のアイロボット社が有していた、軍事用ロボット(偵察や爆発物処理など)向けの技術。そのテクノロジーと掃除機を「新結合」させることで、「掃除機が自分で部屋を動き回って掃除してくれる」という、まったく新しい価値を生み出したのです。

田中道昭・牛窪恵『なぜ女はメルカリに、男はヤフオクに惹かれるのか? アマゾンに勝つ! 日本企業のすごいマーケティング』(光文社新書)

先の「プチッと調味料」シリーズも、従来型の「鍋は、家族みんなで食べるもの」「鍋つゆは、大容量のパウチ容器で売られるもの」という既成概念から脱し、「コーヒーミルクなどを入れる、1人前のポーションに入れてみたら?」というアイデアを具現化したからこそ、その後の大ヒットにつながったと言えますよね。

そう、必ずしも「驚くほど画期的な技術」が伴わなくても、イノベーションは起こせます。大事なのは、旧来のマーケットとは違う未来のマーケットを、冷静に予測する力。あるいは、長年当たり前と思われてきた既成概念に対し、「今後もそう言えるのか?」と疑いの目を向ける力。そして、「だったら、こうした『新結合』が可能なのでは?」と、前向きに発想を膨らませ、新たなアイデアを具現化する力、ではないでしょうか。