残業は個人の生産性の問題ではない
最近は多くの企業で「働き方改革」の旗を掲げ、長時間労働の抑制やワーク・ライフ・バランスを進めようとしています。にもかかわらず、労働時間は依然として短くなっていません。どうして長時間労働はなくならないのでしょうか。
一説に、個人の生産性が悪いから残業せざるを得ず、その結果、労働時間が長くなってしまうと言われます。しかし生産性の低さが長時間労働に直接つながるわけではありません。
むしろ労働時間が長くなる主な要因は、「職場の慣習化した働き方」と「上司の思考」にあります。
まず、職場に長時間労働が当たり前の雰囲気があり、同調圧力が働いていると、個人の生産性に関係なく、労働時間が長くなりがちです。職場で一般化した働き方や仕事のやり方を、変えていくのは容易なことではありません。
「ワーク・ライフ・バランスに関する個人・企業調査」(内閣府男女共同参画局)によれば、「残業している人のイメージ」として、「仕事が遅い人」「残業代を稼ぎたい人」と-の印象で捉えている人が多い一方で、「頑張っている人」「責任感が強い人」と肯定的に想い描く人もかなり多いのです。職場で、残業する人は「頑張る人」「責任感が強い人」という価値観が優勢的であれば、それが長時間労働をよいことだとする職場の慣習を作り上げてしまいます。
残業体質は、上司から部下へ遺伝する
上司の影響も甚大です。上司は、自分が若いころ体験した働き方を再生産して部下に強いるところがあります。
上司にしたら自分は長時間残業し成功を収めてきたので、長時間労働はむしろ誇りです。働き方を変えろと言われると、自分の人格を否定されたように感じてしまいます。そのため労働時間を減らすことに抵抗感が強いのです。こうして残業は上司から部下へと“遺伝”するのです。
わたしの見立てでは、長時間労働の原因の7~8割は職場の慣習と上司が占めているといっても過言ではありません。これ以外には、業界全体に蔓延した商慣行や、仕事の性質上やむをえない要因もあります。しかし、これらの要因を変えていくのは、容易ではありません。よって、これらの難しい要因を排除すれば、残るは「職場の慣習」と「上司の要因」と「個人の働き方」です。このうち最も大きいのは「職場の慣習」や「上司のマネジメント」の要因です。
一方、「個人の働き方」によって、長時間労働を是正するのは、皆さんが考えている以上に難しいのです。端的に言ってしまえば、「個人の仕事術」で、残業を減らすことは、難しい。仕事術を駆使して生産性高く働く人には「上司がさらに仕事を割り振ります」。だから、個人の仕事のやり方だけが改善しても、長時間労働は減りません。組織と上司を変える必要があるので、この課題はハードルが高いわけです。
このような長時間労働が生じるメカニズムを知らないと、対応策は的外れになってしまいます。
2割の人は勤務時間を意識していない
どうすれば長時間労働を変えられるのでしょうか。それには4つの方法があります。
まず、第一に、経営者が経営課題としてきちんと捉えることです。長時間労働をやめないと良い人材が採れない、あるいは新卒が採れないと位置づけ、それをブラさないことが重要です。安倍政権も「働き方改革」と言っているから、あるいは長時間労働の是正は人事の課題になっているからという打ち出し方では経営者の本気度が社内に伝わりません。
2つ目は、基本の就業時間と残業時間の境をはっきりと付けることです。調査してみてわかったのは、2割くらいの人は自分の勤務時間を意識せずに働いていることです。無自覚のまま長時間労働になっていると考えられます。
具体的な方法には、PCを強制的にシャットダウンさせる、オフィスの照明を消すなど、様々あるでしょう。いずれにしても、ここからは残業であると意識させる必要があります。境界線を明確にし、残業させない、あるいはきちんと残業と認めて残業代を支払うことになるので、かなり痛みを伴います。この方法を私は「外科手術」と呼んでいます。
事業や業務のムダに気づかない上司が3割
3つ目は人で言えば「体力増進」に当たる方法です。ポイントは上司のマネジメント能力の向上です。
現場で働く人たちには、この事業や業務は「生産性が悪い」「やめたほうがいい」と思っています。ところが、私たちの調査では、それに気づかない上司が3割いました。上司がムダな事業や業務に気づくためには、自由闊達なコミュケーションが保証されていて、ムダなものを率直に指摘し合えるカルチャーが必要です。そうした職場カルチャーを作り上げられる上司力がカギになります。
4つ目はじわじわと効果が出る「漢方治療」です。しかし、これがもっとも本質的な解決策です。職場でどの仕事が必要なのか、不要なのかをきちんとデータに基づいて判断し、仕事のリストラを行います。この仕事は今まで2人で担当していたけど、1人で十分対応できるというケースや、この議事録はここまで細かく記録する必要はないといったケースなど、見直せるところはたくさんあると思います。そして、選択的に生産性の高い仕事に資源を集中するのです。
施策開始1カ月後に谷間がくる
長時間労働が個人ではなく職場や上司に原因があり、簡単にはなくならない性質を持っているので、それを変えようと思えば、以上の4つの方法すべてを駆使し、あの手この手で対策を打ち出さなければうまくいきません。ただし外科手術は1回だけにすべきです。
私たちが調査した残業削減施策の実施期間と効果実感の関係から、施策開始時は効果実感が高いものの、それから1カ月後にかけて効果実感が落ち続け、底を打って再び上がってくることがわかりました(図表1)。外科手術は痛みを伴うだけに、1回、どんと施策を打って、あとは効果実感が戻ってくるまで待つのがセオリーです。
効果実感が下がる最初の1カ月間のうちに、「この方法は効果がないかも」「かえって生産性が悪くなった」と慌てて次の外科手術を施してうまくいきません。「何をやってもダメなんだな」と諦める気持ちが生じるだけです。
長時間労働の損を具体的な金額で示す
下から上司や組織を変えていくときに注意すべき点があります。それは長時間労働が経営にとっていかにマイナスになるかを具体的な数字で語ることです。経営層は数字を基にしないとジャッジができないからです。
たとえば長時間労働が離職の大きな原因となっているデータを示しながら、どのくらいの額の損を出しているかを説明します。一般に中途採用で人材会社に払う費用はその人の年収の3割です。1人250万~300万円かかるでしょう。年間10人が、長時間労働が嫌で辞めていれば、損害額は2500万~3000万円と多額です。
経営を突き詰めると、売り上げを高めることとコストを下げることが成すべきことです。働き方改革で売り上げがアップするかどうかはわかりませんから、コスト側である採用費用の削減から攻めるのが有効策なのです。