罪悪感ゼロの「誇れる時短」とは?
皆さんは、ふだん仕事や家事・育児に追われる中で、「調理時間を少しでも短縮できれば」と感じたことはありませんか。
昨今の時短ブームは、まさにその流れでしょう。反面、女性は調理に手を抜きすぎると、「罪悪感」を抱きやすいものですよね。まさに私も、その一人です。
そんな中、登場したのが「プレミアム時短」という概念。発案者は、有機野菜や無添加加工食品の宅配サービスで知られる「Oisix」。Oisixを運営するオイシックス・ラ・大地(以下、Oisix)・統合マーケティング部 広報室の西田尚子さんによると、この言葉には「時短を叶えながら、より豊かな食卓を実現する」との思いが込められている、とのこと。利用者が時短に罪悪感を抱かない、「誇れる時短」を目指したと言います。
言葉が生まれたきっかけは2013年7月、同社がミールキット「Kit Oisix(キットオイシックス)」の販売を始めたときでした。
プレミアム時短の概念やミールキットの存在は、多忙な女性の強い味方であるだけではありません。背後に、優れたマーケティングの手法がいくつも隠れているのです。今回はそちらも含めてご紹介しましょう。
シリーズ累計3000万個突破
Oisixは、自宅など指定の場所にミールキット、すなわち食材のセットを届けてくれるサービス。契約する農家やメーカーから「安心安全」な食材を仕入れ、栄養バランスも考慮したメニューの食材(5種類以上の野菜と肉、魚など)が、つくり方を書いたレシピと共に届きます。
一般に、こうしたセットは4~5人家族を想定したものが多いので、我が家のように夫と私の二人家族では余ってしまうことも多いもの。ですが同ミールキットは、2人前か3人前で、家族の人数が変わると、適量のセットを選び直すこともできます。毎週20以上の和洋中メニューが展開され、献立のマンネリ化も防止できるなど、嬉しい配慮も人気の一つです。
2018年12月時点で、累計出荷個数は3000万個超、定期購入者は約9万人に及ぶ、とのこと。メインユーザーは30~40代女性で、85%が既婚、うち7割に子どもがいると言います。
そして最大のポイントは、「主菜と副菜の2品が、20分でつくれる」こと。もしかすると、「え? 20分もかかるの?」と感じた方もいるかもしれません。私の周りにも、「スーパーで売られているカット野菜を使えば、1~2品を10分で作れる!」と胸を張るベテラン主婦も多いので、「想像していたより大変そう」といった反応もあるでしょう。
でもOisixは、あえて「20分で2品」を打ち出しました。実はそこにこそ、絶妙のマーケティング手法があるのです。
「未充足ニーズ」を探せ
私たちマーケターは、新しい商品やサービスを考えるうえで、よく「未充足ニーズ」という言葉を使います。提唱者は、経営学博士でマーケティング実務コンサルタントの梅澤伸嘉さん。少し難しく聞こえますが、意味は文字通り、既存の商品やサービスで「まだ満たされていないニーズ(需要・欲求)」のことです。
たぶん皆さんも、日々の生活で感じていることでしょう。例えば、自分は右と左の足裏のサイズが少し違うから、靴売り場で「もし右23.0センチ、左24.0センチの靴を買えればいいのに」。あるいは、自分はお酒に弱いから、スーパーや百貨店のワイン売り場で「もし1本あたりの容量が少ないワインが並んでいれば買うのに」など。
こうした「もし○○であれば(買うのに)」といった欲求が、未充足ニーズです。先のミールキットの例で言うと、「もし調理時間を短縮してくれるものがあればいいのに」となりますが、さらに一歩、機能面だけでなく「ココロ(感情面)」の未充足エリアにまで、踏み込んでみてください。
すると、「時間を短縮してくれるもの」にプラスして、「もし罪悪感をもたずに~」と考えられるのではないでしょうか。
そもそも、私たち女性が調理の時短に抱く「罪悪感」とは何か。根底には、おそらく「妻や母、あるいは女性である以上は、ちゃんと調理すべき」との考え方があるはずです。
Oisixは、そこを理解したうえで、ミールキットに罪悪感を抱きにくいよう、「レンジでチン」で終わりではなく、少し炒めたり焼いたり煮込んだりするという工程を加えました。ミールキットの品数も、1品ではなく2品に。あえてひと手間(約20分)かけてもらうことで、また品数も2品にすることで、「自分はちゃんと調理している」との実感を持ってもらえるようにしたのです。
料理経験のない男性もプラモ感覚で調理できる
またKit Oisixは、時短にプラスアルファの価値を付加しました。それが、「食育」と「夫婦仲」への貢献です。
まず食育については、子どもの「お手伝い工程」を記載した「キッズメニュー」のほか、18年5月から、タレントの小倉優子氏と共に開発したカレーのミールキットを発売。キットには、母親が子どもと調理するうえでの「声かけポイント」を書いたレシピカードや、子どもの食への興味を高める「食育クイズカード」が入っていて、親子で楽しみながら調理できる仕組みを提供しました(現在は販売終了)。
また夫婦仲への貢献では、「Kit Oisixだと、夫や子どももつくれるので助かる」といったお声をいただくようになりました」と広報の西田さん。
というのも、Kit Oisixのレシピカードには、誰でもすぐ調理できる手順が記載されています。これを見れば、従来ほとんど料理をしなかった男性も、プラモデルを組み立てるような感覚で取り組めるそう。この「レシピカード効果」で、旦那さんが食事の支度を手伝ってくれるようになった、との声も寄せられるそうです。
家事時間が減らない背景に「大和撫子シンドローム」
家族への罪悪感を抱かずに、調理時間を短縮できる。さらに食育や夫婦仲の改善にも貢献してくれるかもしれない。こうした側面もまた、利用者にとって「プレミアム(時短)」な価値を提供してくれる理由だと言えるでしょう。
ちなみに、女性の「ちゃんと調理すべき」との概念は、社会学で「性別役割分業志向」と言われるものです。「男は仕事、女は家事・育児に精を出すべき」との延長線上にある価値観で、私はこれを、女性の側にフォーカスして「大和撫子(やまとなでしこ)シンドローム」と呼んでいます。「大和撫子」を冠に付けた理由は、とくに日本の女性によく見られる傾向だからです。
というのも、実は総務省の経年調査(「社会生活基本調査」)を見ると、我が国の共働き女性が家事や調理にかける時間は、15~20年前と比べてほとんど減っていません(図表1)。
例えば2016年時点で、共働き女性が、家事全体(「家事関連」)にかける時間は、1日あたり4時間18分でした。これは20年前(1996年)の4時間10分と比べて、減るどころか1日8分増えた計算です。
また、家事のうち「調理時間」だけを見ても、2001年から16年までの15年間で、1日わずか18分しか減らなかったことがわかります。この間、時短に貢献するお惣菜や「ウーバーイーツ」をはじめとする便利な宅配サービスが多数登場したにも関わらず、です。
料理がラクになる3つの方法
調理を軽減する手段は、おもに3つしかありません。すなわち、①惣菜などの中食や外食、宅配サービス等の利用による「外部化」。②伴侶や母親など、自分以外の第三者との「分業化」。そして、③自身のテクニックや創意工夫、あるいはKit Oisixのようなミールキット等を用いることによる「時短化」です。
私たちが食調査を行なうと、多くの共働き女性は「母として、妻として、ちゃんと調理しなくては」との意識から、週末に「常備菜」をまとめてつくり置きしたり、時間をかけて「キャラ弁(キャラクター弁当)」をつくったりする傾向が、はっきり見てとれます。まさに大和撫子シンドローム。だからこそ、トータルの調理時間は減らないのかもしれません。
これは必ずしも悪いことではないでしょう。でも、いまや既婚女性のうち、18歳未満の子を育てながら働く、いわゆるワーキングマザーが約7割(68.1%)を占める時代。深刻化する人手不足問題もあって、パート・アルバイト等の非正規雇用の女性を、企業が正社員化する動きも進んでいます。
だとすれば、「家事も育児も仕事も、すべてちゃんとやろう」と抱え込んでいると、働く女性自身がどんどん追い込まれてしまいますよね。
実は、Kit Oisixのようなミールキット市場は、アメリカでも大ブレイク中。ある食品市場調査会社(Packaged Facts)によると、18年秋の時点で、2年前の5倍以上にまで成長したそうです。
「プレミアム時短」が今後、日本でも働く女性の救世主になり得るのか。それを決めるのは、女性自身の「割り切り」にあるのかもしれません。
世代・トレンド評論家、マーケティングライター
インフィニティ代表取締役。1968年東京生まれ。日大芸術学部 映画学科(脚本)卒業後、大手出版社に入社。5年間の編集及びPR担当の経験を経て、フリーライターとして独立。広告、マーケティング、行動経済(心理)学を学び、2001年4月、マーケティングを中心に行う有限会社インフィニティを設立。同代表取締役。数多くのテレビ・ラジオ出演や大学での授業、執筆活動等を続ける一方で、各企業との商品開発や全国での講演活動にも取り組む。現在、立教大学大学院(MBA)・博士課程前期 在学中。トレンド、マーケティング関連の著書多数。「おひとりさま(マーケット)」(05年)、「草食系(男子)」(09年)は、新語・流行語大賞に最終ノミネート。NHK「所さん!大変ですよ」、フジテレビ「ホンマでっか!?TV」、読売テレビ「ウェークアップ!ぷらす」ほかでコメンテーター等を務める。14年より、内閣府「経済財政諮問会議」政策コメンテーターほか、官公庁関連委員多数。近著の『「おひとりウーマン」消費!~巨大市場を支配する40・50代パワー』(毎日新聞出版)ほか、著書多数。