今月、日本では初めてパワハラ規制を盛り込んだ法案要綱が厚生労働省の審議会を通過。ようやく法的な取り締まりが始まろうとしている。一方世界では、顧客や消費者からの嫌がらせや家庭内DVまでハラスメントに含め、労働問題として取り扱う動きが。なぜ日本はハラスメント対策で世界から大きく遅れをとっているのか――。

法規制でパワハラ企業は実名公表に

日本初のパワハラ規制やセクハラ規制の強化策を盛り込んだ法案要綱が今月14日、厚生労働省の審議会を通過し、この通常国会に提出される見通しとなった。

2017年度の「職場のいじめ・嫌がらせ」の相談件数は7万2000件。厚労省がまとめた「民事上の個別労働紛争の相談」の中でも前年度比1.6%増で6年連続トップとなっている。

パワハラ問題はスポーツ界に限らない。企業でも不正融資問題で世間を騒がせたスルガ銀行内で「数字ができないなら、ビルから飛び降りろ」という暴言が飛び交っていた(第三者委員会の報告書)。職場のパワハラが原因で精神障害に陥り、自殺に追い込まれるケースも少なくなかった。エン・ジャパンが転職サイト「ミドルの転職」上で実施した調査では、8割を超える男女がパワハラを経験したと回答(図表1)、中でも最も多いのが「精神的な攻撃」という結果だった(図表2)。

これまで放置されてきたパワハラにようやく法的メスが入ろうとしている。今回の法規制は事業主にパワハラの防止措置を義務づけるものだ。会社はパワハラ禁止を従業員に周知し、パワハラを行った社員を厳正に処分することを就業規則に明記することが求められる。つまり、パワハラの事実が認められると懲戒処分、場合によっては解雇もあり得るということだ。

また、パワハラの被害にあっても会社が相手にしてくれない場合は、都道府県労働局に援助を求めることができる。会社が労働局の助言・指導に応じない場合は是正勧告を出し、それでも従わない場合は会社名が世間に公表される。政府公認の「パワハラ企業」の烙印を押されると、人手不足の企業が多い中で致命的ともいえる打撃を受けることになるだろう。

会社のセクハラ規制はまだまだ甘い

今回の法改正では従来のセクシュアルハラスメント(セクハラ)規制も強化される。セクハラやマタニティハラスメント(マタハラ)は、すでに「男女雇用機会均等法」に事業主に雇用管理上必要な防止措置を義務づける規定がある。だが、全国の都道府県労働局に寄せられたセクハラ相談件数は約7000件(2017年度)。男女雇用機会均等法の関連では昇進・採用などの性差別を超えて最も多くなっている。このように、セクハラが一向に減らないのは会社の規制が緩いからだ。

セクハラ行為は職場だけで受けるわけではない。社外の取引先や顧客から受ける場合もある。厚労省の通達では第三者から受けるセクハラも事業主の防止措置義務に入っているが、このことを知らない経営者も多い。そのため「第三者のセクハラ」を法律の指針に盛り込み、政府は周知・啓発活動をしていくことにしている。

日本ではセクハラの行為者を罰する規定がない

今回の法改正でパワハラに初めて規制の網がかけられ、セクハラ規制が強化された。このことで世の中の関心が高まり、少しでも改善されることを期待したいが、じつはパワハラ、セクハラを含めたハラスメント対策では日本は世界の動きから完全に遅れている。

たとえばセクハラ禁止といえば、セクハラ行為をした本人に何らかの処罰を下すのが当たり前だが、日本では事業主の防止義務があるだけで法的には行為者本人は処罰されない。つまり、行為者を罰する規定がないのだ。

世界銀行の189カ国調査(2018年)によると、行為者の刑事責任を伴う刑法上の刑罰がある禁止規定を設けている国が79カ国。セクハラ行為に対して損害賠償を請求できる禁止規定を設けている国が89カ国もある。しかし日本はこのどちらにも入らず、禁止規定のある国とは見なされていない。

また、日本も加盟するILO(国際労働機関)が実施した80カ国調査では「職場の暴力やハラスメント」について規制を行っている国は60カ国ある。しかし、日本は規制がない国とされているのだ。ハラスメント対策では日本はグローバルスタンダードからほど遠い位置にある。

「クレハラ」「カスハラ」対策でも遅れる日本

世界ではハラスメント対策をさらに強化しようという動きが始まっている。ILO(国際労働機関)は2018年の総会で(5月28日~6月8日)「仕事の世界における暴力とハラスメント」を禁止する条約化に向けて動き出している。

総会で確認された条約案では「暴力とハラスメント」を身体的、精神的、性的または経済的危害を引き起こす許容しがたい行為などと定義している。つまり、セクハラ、パワハラ、マタハラ以外のあらゆる形態のハラスメントが入る。しかも「被害者および加害者」には、使用者や労働者に限らず、クライアント、顧客、サービス事業者、利用者、患者、公衆を含む第三者も入る。

顧客や消費者からのハラスメントは日本でも「クレハラ」(クレイマーハラスメント)、カスハラ(カスタマーハラスメント)と呼ばれ、大きな問題になっている。

産業別労働組合のUAゼンセンが流通業を中心とする顧客のクレーマーによる実態調査をしている(2017年10月)。それによると、業務中に来店客から迷惑行為を受けたことがある人が73.9%(約3万6000人、図表3)。迷惑行為で最も多かったのが「暴言」の27.5%、次いで「何回も同じ内容を繰り返すクレーム」(16.3%)、「権威的(説教)態度」(15.2%)となっている(図表4)。また、迷惑行為を受けた人のうち、53.2%が強いストレスを感じたと答え、軽いストレスを感じた(36.1%)人を加えると約9割がストレスを感じている。

今回の日本の法改正の審議でもこの問題が取り上げられたが、結果的に取引先からのパワハラや顧客からの迷惑行為の防止については、法的拘束力のないガイドラインを示すことになった。

世界基準では家庭内DVもハラスメントに

一方、ILOで討議されたハラスメントには家庭内のDVも条文に入っている。なぜならDVの発生によって労働者が仕事を休んだり、退職することは企業にとってリスクであり、労働者を職場で保護することも広く労働問題であるという理由からだ。すでにDV被害者の休暇整備や、家族が働くことを拒むことを「暴力」として最低20カ国が禁止している実態もある。

ILOの討議には日本からも政府のほか、労働者と使用者の代表が参加している。ハラスメントにDVを入れることに対して「日本政府の代表が『確かにDVでケガをすることは理解できる。しかし、たとえば酔ってケガをして休んでいる人とDVで休んでいる人を同じに扱っていいのか』と発言。参加者から日本の政府は何を言っているんだと、失笑を買った」(参加した労働側代表の1人)らしい。

当初、この条約案を「勧告」にとどめるか、「勧告で補完された条約」にするか討議された。その結果、大多数の国が賛成し、勧告付きの条約にすることで決着した。この条約・勧告には中国、フィリピン、韓国のアジア諸国も賛成している。一方、勧告のみの賛成は各国の使用者代表とアメリカ政府。そして立場を保留したのが日本政府のみであった。

日本政府はその理由について「ハラスメントや労働者の定義が我が国にとっては広すぎる。対策の中で柔軟化が図られるというが、現時点では、条約か勧告かまだ決められないと述べた」そうだ。

ハラスメント対策で日本だけが孤立していく

ILOの「暴力とハラスメント」の条約案は今年の5月末に開催される総会で討議され、出席者の3分の2が賛成すれば条約として採択されることになる。ILOは今年で創立100周年を迎える。ILO事務局はこの記念すべき年に2011年以来となるILO190号条約の採択を目指し、水面下で調整を続けている。

だが、条約を採択しても加盟国が批准しなければその国に前述した効力は発生しない。現時点では日本政府と使用者代表、つまり経団連などは条約批准に消極的姿勢のようだ。

なぜならパワハラ規制を議論した厚労省の審議会で、労働者側委員がILOの動きや諸外国のように日本でもパワハラやセクハラの禁止規定を設けるべきだと主張したが、使用者側委員は定義があいまいであり、職場が混乱するという理由で禁止規定どころか今回の法的規制にも反対し続けてきた経緯があるからだ。

世界中がハラスメント対策を強化しようと動いているなか、日本だけが周回遅れどころか、孤立化に向かっているようだ。