シリコンバレーを代表するIT企業の日本法人として設立された「ヴイエムウェア」。多様性を重視する企業文化を反映し、日本法人でも先進的な働き方が取り入れられている。
ヴイエムウェアのワークスペース。自由で多様性のある環境が整えられ、場所にとらわれずに働くことができる。

都心にあるオフィスビルの高層階。多くの社員が働くメインフロアに足を踏み入れると、そこには仕切りのない開放的な空間が広がっていた。

中央には複数の長机を組み合わせたワークスペースがあり、左手には4人ほど座れるボックス席が2つ。右手にはコーヒーメーカーや大型冷蔵庫を備えたキッチン、そして奥には丸テーブルを囲むようにして半円形のソファ席がしつらえてある。

長机には、パソコン作業をしている人もいればスマートフォンで通話中の人もいる。ボックス席では2人が打ち合わせ中で、ソファ席では女性が分厚い資料を前に熟考中だ。

一般的な日本企業のオフィスとはかなり違う光景だが、ヴイエムウェアではこれが日常。職種によっては、自席がなく占有場所はロッカーのみという社員も少なくない。また、同じフロアには集中したい人向けのデスクスペースや個室があり、別のフロアには顧客との打ち合わせなどに使える会議室がずらりと並んでいた。

いつどこで仕事をするかは、社員が決める

同社では、いつどこで仕事をするかは基本的に社員に任されている。状況に合わせて自分で決めることができ、出社不要と判断した場合には自宅で仕事をするのも自由だ。

VMware,Inc(ヴイエムウェア)
米国カリフォルニア州に本拠を置く、コンピューター仮想化技術のパイオニア。先進的な働き方やダイバーシティを進めており、米国フォーチュン誌が選ぶ「最も働きがいのある会社100」に3年連続で選出されている。

こうした働き方を実現するには、どんな場所からでも社内にいるときと同じ情報、同じアプリケーションにアクセスできる仕組みが必要になるが、そのための技術は同社が最も得意とするところ。

企業のデジタル化やモバイル化を専門としているだけあって、社内でも端末やセキュリティーの管理など、ほぼすべてに自社製品が使われている。自由な働き方のための環境整備はお手のものと言えるだろう。

しかし、代表取締役社長のジョンロバートソンさんは「外資系とはいえ、当初は日本的な企業風土が根強く残っていた」と言う。社員の帰宅時間は遅く、有給休暇を使い切る人は少数派。当時はまだ社長ではなかったが、これではいけないと率先して改革に乗り出した。

「仕事と休みのバランスを整えていかないと、みな疲労がたまるばかり。そもそも、うちはどこでも仕事ができるシステムを売っているのに、本人たちが長時間会社にいるのでは説得力がありません」

休みを取れ、毎日出社しなくてもいいんだと言い続けた結果、有休消化や自宅勤務の割合は徐々に増加。フロアにいる社員の少なさに不安を感じたこともあったが、業績は一向に下がらなかった。

社員は人が見ていないところでもちゃんと仕事をして、成果を出してくれる――。自分の考えは間違っていなかったと確信した彼は、社長就任後、この方針をさらに推進。社内の座席も自由化を進め、誰もが好きなときに好きな場所で働ける環境を整えた。社員を自席や会社に縛りつけないという方針は、彼らへの深い信頼の証しと言えるだろう。

ダイバーシティ推進で業績や離職率に成果が

また、同社は「ダイバーシティ&インクルージョン」にも積極的に取り組んでいる。これは多様性のある環境で互いを生かし合うことを指し、本社である米国VMwareは世界に先駆けて実践を進めてきた。こうした全体方針は日本法人でも変わらない。加えて、彼にはこれまでの経験で培われた強い思いがあった。

代表取締役社長 ジョン ロバートソンさん

元はカナダ生まれのカナダ育ち。大学時代に日本に興味を持ち、外国青年招致事業を活用して鹿児島県・種子島などで3年半暮らした。その後東京に移り、複数の外資系企業を経てヴイエムウェアに入社する。5年がたち、日本の企業風土に染まりきったころシンガポールに赴任。そして、環境の違いに愕然(がくぜん)とする。

「日本ではほとんどの社員が男性で、5年のうちに僕もそれが当たり前だと思うようになっていた。ところがシンガポールでは半数近くが女性で、現場の最前線で働いている。僕はカナダ人ですが、考え方はすっかり日本人だったので、カルチャーショックを受けました」

しかし、ショックはこの1回だけでは済まなかった。2年後に日本法人に戻ったとき、彼は再びショックを受ける。女性や外国人、海外経験者が圧倒的に少ない。人材にも意見にも多様性がない。翌年、社長に就任すると、ダイバーシティ&インクルージョンを強力に推進し始めた。

現在、同社の女性比率は設立当初の5倍以上。売り上げは就任後の3年間で倍になった。これはグループ各社の中でもトップの成長率だ。しかも、社員数を大幅に増やしたにもかかわらず離職率は10%以下を維持。自由で多様性のある環境が、社員のモチベーションにつながっているようだ。

背景の異なる社員を結び、多様性を力に

こうした環境づくりの先頭に立っているのが小林泰子さんだ。外資系IT企業から転職し、現在は主に新製品の販売先拡大を担う営業部門の長を務める。同時に、社内のダイバーシティ&インクルージョンも担当。通常業務と兼任のいわばボランティアだが、社内の多様性を推進する必要を感じて引き受けた。

ソリューションビジネス本部 本部長(ダイバーシティ&インクルージョン担当) 小林泰子さん

「私の部署は特に中途採用者が多く、社歴の長い社員といかにスムーズに協業していくかが課題。そうした人同士が互いに違いを認め合い、仕事に生かし合っていけるような風土をつくりたかったんです」

ヴイエムウェアには、彼女を含めて中途採用者が多い。大部分は他社のカルチャーを身につけた状態で入社してくるため、考え方や価値観が大きく違うこともしばしば。小林さんは、こうした違いを会社の成長に生かすことこそ真のダイバーシティではないかと考えるようになった。

そこで、背景の異なる社員同士を結びつけるため、働きやすい環境をつくってより多様な人材を確保するため、3つの施策を実践する。

▼小林さんの「3つの施策」
1.Face of VMware K.K.(フェイス・オブ・ヴイエムウェア)
各社員のプロフィール資料を社内で配布し、中途採用者と既存社員の協業のきっかけに。
2.PechaKucha(ぺちゃくちゃ)
他の社員の前で自分を紹介するプレゼンイベントを開催。会長や社長の出演回は大盛況!
3.Work style Innovation(ワークスタイル・イノベーション)
社員が堂々と活用できるよう、「どこで仕事してもよい」という制度を各部署で明文化。

1つめは、各社員のプロフィール資料を社内で配布する「フェイス・オブ・ヴイエムウェア」。

小林さんの「3つの施策」、(上から)1.Face of VMware K.K.(フェイス・オブ・ヴイエムウェア)、2.PechaKucha(ぺちゃくちゃ)、3.Work style Innovation(ワークスタイル・イノベーション)

2つめは、1人が大勢の社員の前で自己紹介するプレゼンテーションイベント「ぺちゃくちゃ」。いずれも、知らない者同士の間に会話を生み、協業への意欲を高める仕掛けとして好評だ。

3つめは「ワークスタイル・イノベーション」。同社には従来、週1回は自宅勤務OKという制度があったが、アンケートをとると「もっとフレキシブルに働きたい」「制度はあっても周囲の目が気になって活用しにくい」といった声が続出。

そこで、どこで仕事をしてもよい制度として、新たに「Work@Anywhere」をつくり上げた。周囲への遠慮という壁を取り払うため、運用方針は各部署で明文化。今では多くの社員が堂々と、場所にとらわれず仕事をしている。

小林さん自身は現在、長野県・軽井沢在住。オフィスまでは片道約2時間かかるが、意外にも自宅勤務は少なくほぼ毎日出社しているという。

「社員同士や社員と顧客を結びつけるという仕事柄、相手に直接会わなければならない場合も多いんですよ。ただ、軽井沢に移ってから仕事の効率は格段に上がりました。休日はしっかり休んで周囲の自然を楽しむ、人間らしい暮らしができていると感じています」

自宅勤務を増やして、育児と仕事を両立

自由な働き方は、子育て中の人にも大きな安心感を与えてくれる。セールスエンジニアの佐々木千枝さんは、子どもが小学校に入学する際、いわゆる「小1の壁」に悩んだ。

ソリューションビジネス本部 シニアソリューションアーキテクト 佐々木千枝さん

「小学生以上を預かる学童保育は、保育園より閉園時間が早いんです。子どもは私より先に帰宅することになりますが、1人でいる時間はできるだけ減らしてあげたかった」

このとき力になったのが、自宅勤務に寛容な職場環境だった。彼女の業務の3割は客先での企画提案、7割は会社でのデスクワーク。この7割の予定を自ら調整することで、自宅勤務の割合を増やせたという。今は、資料作成や電話会議だけの日は自宅で仕事をしている。

「自宅勤務にする日は、当日の朝に上司にそう伝えるだけ。他の社員も同じようにしているので、遠慮しなくて済むのもありがたいですね」

しかし、自宅勤務を増やした結果、仕事の質が落ちてしまっては周囲に迷惑がかかる。これを防いでいるのは、「どこで仕事をしようと顧客にはベストなものを提供する」という彼女の情熱だ。仕事の優先順位をつける、内容や締め切りを可視化する、それを他者と共有する――この3点さえ心がければ、誰でも同じ働き方ができるはずと語る。

「今は家族との会話も増え、仕事と家庭を両立できている安心感、納得感があります。会社には、こんなに自由に働かせてくれてありがとうと言いたいです(笑)」

「家庭あっての仕事」という、思いが働き方改革の源泉

一方、男性社員はどうだろうか。金融機関担当のシステムズエンジニア、高瀬純平さんはいわゆる「イクメン」。妻の単身海外赴任に伴って、1人で子育てをした経験を持つ。

エンタープライズSE本部 金融SE部 システムズエンジニア 高瀬純平さん

「入社直後に妻の海外赴任が決まり、当時はかなり悩みました。海外勤務は彼女の長年の夢だったので、止めることは考えられなかった。でも、入社1年めでは退職してついていくわけにもいかず、自分は日本に残ろうと決めました」

そのとき子どもはまだ乳幼児。数カ月は彼が、それ以外の期間は妻が、それぞれ1人で子育てをした。やがて彼女の赴任先が他の国に変わり、現地での暮らしが落ち着くまで子どもは再度高瀬さんのもとに。

それから約1年間、1人で育児に奮闘する日々が続いた。朝は保育園に送り届けて日中は仕事に奔走、夜には子どもを迎えに行って食事の支度をし、風呂に入れて寝かしつける。さぞ大変だっただろうが、本人は「いや、楽しかったですよ」と笑う。「もともと育児には積極的に関わりたかったし、料理も好きなので苦にはなりませんでした。同僚の応援や、友人とのSNSでのやり取りも支えになりましたね」

最初の育児の際には、上司に事情を話して自宅勤務を増やしたいと相談。上司は特に驚くこともなく、すんなり了承してくれた。以降は、事前にスケジュールを調整する、報告を密にするなどを心がけながら、育児と仕事の両立を図ったという。

「社員はみな『家庭あっての仕事』という思いを共有しているんです。共働き家庭も多いので、困ったときはお互いさまという感覚ですね」

かつては日本企業で働いていたこともある。良い面もあったが、今の環境に比べると「会社にいることが大事という雰囲気があった」と振り返る。みなが気持ちよく効率的に働くには、社員を縛るよりやりたいことをのびのびやらせたほうがいい。これからは、そうした会社こそ成長していけるのではないだろうか。

今、子どもは海外の妻のもとにいる。休みのたびに行き来はできるものの、やはり家族とは一緒に暮らしたい。希望する国へ赴任できる制度はまだないが、高瀬さんは「ないなら自分でつくろうかな」と前向きだ。同社の企業風土なら、実現する可能性は大いにあるだろう。

ヴイエムウェアの場合、「自由な働き方」は制度づくりや実践の段階を超えて、すでに定着の域に入っているようだ。ロバートソンさんは「日本企業の多くは働き方を改革したいと望んでいる。当社を事例として、よりよい働き方を日本社会全体に広げていきたい」と語る。

同社にはそれを実現する製品群があり、導入する日本企業も増えつつある。会社という場所に縛られない働き方が当たり前になる日も、そう遠くはないのかもしれない。