待機児童問題の最大の要因は、保育士不足と言われています。その背景には、低所得や待遇の悪さがあり、安倍首相も平成29年度から保育士の給与を引き上げる方針を明らかにしました。今回は、元保育士のお三方に、保育士の待遇の実際について議論していただきます。

【船橋さん】10年間、幼稚園や保育園にて事務の仕事に携わった後、障がい者施設にて保育士として勤務した経験がある。
【桜沢さん】大学を卒業後、4年間保育士として保育園に勤務。その後IT系ベンチャー企業に転職。
【竹田さん】出産後、保育士資格を取得し、保育園と産後ケアセンターで保育士として6年間勤務した後、ベビーシッターに。

給料が安いのは、保育士の仕事を軽んじているからではないですか?

【竹田】私は保育園で4年、産後ケアセンターで2年保育士として働きましたが、今は別の仕事をしております。辞めた理由は、やはり給料の問題が大きい。責任が重く、労働時間が長いのに手取りは18万円前後でしたので。

【桜沢】僕は大学を卒業後、4年間保育士をして今はIT企業に勤めているのですが、保育士時代の給料は18万円でした。

【船橋】私は幼稚園や障がい者向け施設の保育士を通算、30年近くやってきましたが、最後の手取りは24万円くらいでした。公立の保育園の先生なら公務員なので、もっと給料はいいですが……。

【竹田】公立は人が辞めないから枠が少なくて、狭き門ですよね。

【桜沢】僕の場合は、四大卒の男だってことで、園長から期待されて、僕もそれに応えようと、早番で朝7時から働いても結局、夜の8時、9時まで残業することが多かった。「これじゃ結婚できないな」と思って辞めたんです。

【竹田】私が保育園で働いていたとき、子どもはまだ小学校低学年だったので、帰りが9時、10時になってしまう遅番はできないと伝えたら正社員では雇ってもらえず契約だったんです。でも結局、行事の準備や書類が多く、仕事が終わるのは9時、10時。なのに契約だからボーナスはないし、自分の子どもは完全に犠牲になるしで、辞めるしかありませんでした。

【桜沢】子どもたちの昼寝のときに、やっと連絡帳を書ける程度で、日中は事務ができませんしね。そのうえ、連絡帳は手書きが必須。

【船橋】障がい者施設でも、担当している入所者の支援計画を立てて書き、モニタリングする必要があるんです。私は実質9人担当していたので、それが大変でしたね。

【竹田】手書きの書類は、修正液を使ってはいけないし。

【桜沢】だから僕の場合、一度パソコンで打ち出してから写経のようにそれを写していました。それでも、自分が頑張った分だけ、子どもたちが喜び、運動会などのイベントがいい会になると思うと、頑張っちゃう。やりがいはあるんです。でも、例えば一時保育などは本当は受け入れ人数のバッファをもっていなくてはいけないのに、キツキツでクラスを運営せざるをえないのは問題ですよね。正直、「誰がこの子を見てるの?」ってときがありましたから。

【竹田】結局、担当する子どもの人数が多く、書類仕事も効率化されないから、保育士は休憩時間もなく、お昼はつまむ程度。夕食を抜くこともしょっちゅうでした。

――モンスターペアレントも、負担でしたか?

【竹田】そうですね。一番困ったのが「うちの子だけ見てほしい」と言うお母さまがいたことです。

【桜沢】僕はそれまで公営だった保育園が民営化されるタイミングに直面したことがあるんですが、大変でしたね。親御さんが、保育の質が落ちる、事故が増えるとさんざん言ってきて。ちょっとした連絡漏れがあったときは、ホールに保護者、市の職員、園の新しい職員が集まって、パワポ資料で説明しろ、と迫られたことも。あの時は本当にハゲると思いましたね。

 
――最後に安倍総理に求めたい待遇改善とは?

【竹田】保育の実態をしっかり見てほしい。私のいた園は、経営者が器ばかりポコポコ増やして、保育士が足りず、地方にスカウトに行って入ってもらっては辞める、の連続でしたから。

【船橋】それと同時に、親御さんに育児は楽しいものだというアナウンスをしてほしいですね。保育園はおむつを替えてくれるから楽というような理由で保育園に入れたがるお母さま方もいたので。

【桜沢】とにかく内輪で決めないで現場の声を聞いてほしい。保育士というのは本来、やりがいのあるいい仕事なので、待遇さえ改善されれば戻りたいって人、僕を含めて、かなりいると思います。

▼「保育士の待遇改善」に関する要望書

保育士の待遇改善について下記により要望いたしますので、宜しくご配意賜りますよう、切にお願い申し上げます。

(1)器を増やすことは大切ですが、人材が追いついていません。魅力的な人材が働き続けたい職業にするために、月30万円の収入は必要です。
(2)補助が出ても、給与に反映する園とそうでない園があります。現場の現実をしっかりリサーチしたうえで、処遇改善の取り組みをお願いします。

以上 第18回 座談会参加者 一同

▼京都大学大学院准教授 柴田 悠さんから
提言:都市部での待機児童の放置は日本全体にとって大きな経済的損失です

政府は2013年度から、保育定員を50万人分増やす計画を進めています。その計画に沿うと、13年度に常勤換算で24万人だった民間認可保育所保育士を、17年度末には35万人にまで増やす必要があります。

15年のデータでは、全産業の民間の常勤労働者の平均年収489万円に比べて、民間保育所(主に認可)の常勤保育士の年収は323万円で、166万円も低い。そのため、民間認可保育所保育士の年収を全産業平均にまで引き上げるとすれば、18年度からは、毎年約5800億円の追加予算が必要になります。

毎年5800億円となると、「そんな大きな財源はつくれない」と思われるかもしれません。

しかし、年収を全体平均にまで引き上げるくらいの抜本的な改善をしないと、保育士は十分に集まらず、結果的に保育定員増設計画も失敗してしまうでしょう。すると、都市部での待機児童問題は解決されません。

都市部での待機児童問題は、日本全体にとって大きな損失です。というのも、70年代以降、若い女性は地方から都市部に移住する傾向があり、00年代以降は都市部のほうが若い女性が多くなっているからです。

都市部に集まった女性たちが、保育所不足によって仕事も育児も困難な状況が続くと、日本全体にとって、女性の労働力が十分活かされず、出産意欲も十分活かされないことになります。つまり、ますます経済が停滞し、ますます少子化が加速します。

拙著『子育て支援が日本を救う』で試みた統計分析によれば、保育に予算を投入すると、保育士の雇用も増えて、母親も働けるようになるので、2倍の経済効果が見込めます(公共事業の経済効果はたった1倍)。しかも出生率も上がります。そして財源は、相続税などでつくれます。総理の英断を期待します。