「働き方改革担当大臣」が新設され、いよいよ国をあげての長時間労働是正が始まる。安倍総理に「長時間労働是正」を明言させた2人の仕掛け人が緊急対談。国が本気になった理由とは?
――お二方は安倍総理に長時間労働是正を明言させた「仕掛け人」ですが、ここまでの道のりは長かったのでは?
【白河】小室さんは10年も前から、長時間労働をやめようと主張していますよね。政府の委員会に入られたのはいつでしたっけ。
【小室】2006年からです。今回の新内閣で「働き方改革担当大臣」が新設されるところまできたことに感無量ですね。具体的には2014年の9月に産業競争力会議のメンバーになってから風向きが変わってきました。この会議は毎月、総理と直接議論します。
【白河】ただ最初のうちは、長時間労働について発言しづらかったそうですね。
【小室】そうです。発言を控えてくれと事務局から言われていたので。なぜかというと、労働時間に関する法律の改正案が、14年から国会に上がっていて、それが通っていない段階で次の議論をすると、その矛盾を野党に追及されることになる。そのような揚げ足をとられる内容は、一切話してはならぬというわけです。それに対して、毎回の発言の中で具体的なエビデンスを示しながら、長時間労働の是正が経済成長につながり、少子化対策になることを繰り返しプレゼンする中で、同年12月ごろから政府の認識にパラダイムシフトが起こり始めたのを実感しました。
【白河】私は15年の10月に一億総活躍国民会議の一員になってから、手応えを感じるようになりました。特に16年最初の会議で、総理が「一億総活躍国民会議の目玉は働き方改革です」と言って、その中にはっきりと長時間労働是正という項目が入っていた。しかも「三六(さぶろく)協定の上限規定を検討する」とまで言ったんですね。
【小室】三六協定というのは、労使双方の合意があれば労働基準法で定めた時間外労働の上限を超えていいという抜け道のような法律です。働き方改革担当大臣にはまっさきに、この三六協定の時間外労働の上限を定めることから手を付けてほしいですね。
――長時間労働がなくなると、どんなことが起きますか?
【小室】まず、国の一番の課題である少子化が改善されます。女性にとって、パートナーの男性や自分自身の長時間労働が出産のハードルになっているというのは、当たり前すぎる事実ですよね。でも官僚も政治家もほとんど男性だから、「労働時間を削減すると少子化が解決する」という肝心なロジックを理解していなかった。私たちがコンサルティングしたリクルートスタッフィングでは、深夜労働が86%削減され、企業内出産数が1.8倍になった。そうした事実を提示していきました。
【白河】第1子が6歳になるまでの間に、夫が家事や育児にどれだけ参加するかで、第2子の出生率が変わるというデータは昔からあるんですが、経済政策にかかわる人の目には映っていなかったのかもしれません。夫の週末の家事・育児時間がゼロ時間だった家庭で、その後11年間、第2子が生まれているのは約1割。一方、夫が週末に6時間以上家事・育児に関わる家庭では、8割が第2子に恵まれている。
【小室】少子化対策は女・子どもの問題と捉えられていたのが、企業全体の労働時間の問題、特に男性の働き方の問題だったと理解されたあたりから、働き方改革に拍車がかかりました。長時間労働が減ると、保育園の延長利用が少なくなり自治体の赤字が減りますし、保育士も定着します。居宅介護もしやすくなり、財政にプラス。日本に山積する課題の根底にあるのは長時間労働なのです。
労働時間に上限を設けるもう一つのメリットは、生産性が上がること。これまで日本企業が長時間労働をしてきたのは、美徳でも文化でもサムライ精神でもなくて、単にそれが一番褒められる働き方だったから、皆がそうしてしまうという評価の仕組みの問題でした。ここに「時間あたり生産性」という考え方をインストールすることは、規模ではなく利益を追求する今の時代の企業が目指していることとピタッと合うんです。日本でもブルーカラーにはシフト制があって、生産性が高い。ホワイトカラーにおいては、時間を手放せば業績が落ちるという思い込みが強く、なかなか手放せなかったんです。
リクルートスタッフィングでは、労働時間に上限を設けたことで、これまで時間外労働ができないことで評価されなかった人材のモチベーションが上がりました。「時間あたりの生産性で評価されるなら私、本気出したい」と。
【白河】でも、本当に男女とも早く家に帰れるということは、すごく重要ですよ。東日本大震災が起きた年の12月24日、東京は出産ラッシュで産院の予約が取れなかったんです。そのころ生まれた子どもって、ちょうど震災直後にできた子どもなんですよ。節電の問題もあったし、電車の運行も不安定だったから、「出社しなくていい」とか、「もう早く帰れ」みたいな状況だったじゃないですか。つまり単純に男女が同時に家にいる時間を増やすだけで、こんなに子どもが増える(笑)。
【小室】夫婦がリアルに時間を共有することは本当に大事ですよね。
【白河】それに今後は夫婦共働きでないと、経済的に子どもも持てないし、結婚自体できなくなる。地方の未婚者の平均年収は、女性が200万円台、男性が300万円台ですから。少子化や未婚者の問題を解決するためには、もう長時間労働をやめるしかない。そうすることで女性も活躍できるようになるし、男性の家庭進出も進む。長時間労働は、すべての課題が解決へと動きだす“レバレッジポイント”なんです。
ただし企業の自主性に任せていてはなかなか進まない。国が「月◯◯時間以上は働いてはいけない」というように決めることです。でも会議のメンバーには、「2年以内に」とか「こういう規制を」とはっきり言う人は少ないですね。言うと摩擦が生じるからだと思う。だからあえて空気を読まず、私や小室さんが言うしかない(笑)。
【小室】政府の会議などで空気を読まずに発言すると、事前の調整なしに発言してもムダだよという雰囲気が漂うんです。でも私は役人を通すのではなく、今ここにいる政治家の心に直接打ち込むつもりで、2分間という限られた時間内で話すようにしていました。
――長時間労働是正は、なぜこの2年が勝負なのでしょうか。
【小室】女性の年齢別出生率という、実際に女性が子どもを産んだ年齢のデータを見ると、出生率は30歳がピークで、43~44歳で、ほぼ0%です。そして日本の人口において最後のボリュームゾーンである団塊ジュニア世代がいま42歳。ということは、あと2年で一番ボリュームのある世代の出産年齢が終わる。今が、人口を増やせる最後のチャンスなのです。
――今回読者にアンケート調査をしてみて、まだまだそこがわかっていない経営者も多いという印象を受けました。国に言われたから現場に早く帰れと言うだけで、業務改革をするわけでもないので、かえってみんな困っている。
【白河】私も「家に持ち帰るだけだから、かえって迷惑」といった意見を聞きます。結局、見せかけだけの長時間労働是正では、現場にしわ寄せがくる。
【小室】そうなんですよね。なぜそうなるかというと、自分たちだけが働き方を変えてもしょうがないから。わかりやすい例でいうと、売り上げを伸ばすために24時間営業する量販店がありますよね。そのお店にスペースを出している会社は、そこにずっと売り子を付けておかなければいけないので、自社の長時間労働が引き起こされるわけです。量販店側に規制が入らないかぎり、立場の弱い店子(たなこ)は働き方を変えられない。
私たちが09年から4年間コンサルしていたある企業では、トップ同士の話し合いでそれを改善しました。その会社は国交省が主なクライアントで、夜討ち朝駆けの仕事を要求されるし、納期の大半が年度末に集中していました。そこで国交省まで社長が出向き、「そちらが計画性のない発注を改めなければ、業界全体が長時間労働から抜け出せず、この業界に魅力ある人材が来なくなる。それは互いに困りますよね」と、折衝して改善したんです。
【白河】やはり全体の構造の問題から改革するのが重要ですね。
【小室】いま名だたる大企業が、一斉にかじを切り始めていますから、これは大きなターニングポイントです。
【白河】面白いことに、労働時間改革に着手するのは業界ナンバー2の企業からなんですよ。何もしなくても、いい人が採用できるナンバーワン企業は、危機感が薄いから改革が遅れるんです。でもそんな調子じゃ、いずれ逆転されてしまう。長時間労働の大企業より、早く帰れる中小企業に魅力を感じている学生が多いんです。
――「プレジデント ウーマン」の読者が、労働時間を減らすために今日からできることって何でしょう?
【小室】この国の現状をしっかり把握することが第一歩ですね。読者アンケートでは、「長時間労働をいとわずに会社に貢献したい」という声もあります。でももうすぐ団塊の世代が70代に突入し、「誰かの介護をしながら働く」時間制約付き社員だらけになるのです。そんな大介護社会では、残業するのが前提の働き方は続けられないんですよ。管理職の残業が多いという回答もありましたが、その管理職の働き方がチームの長時間労働の原因になっていることも多い。まずは管理職から働き方を変え、早く帰ることが大切。
【白河】持続可能な働き方を考え、実践していくことが、会社に対しても一番の貢献になるでしょうね。
(構成=長山清子 撮影=干川修)
慶應義塾大学文学部社会学専攻卒。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフデザイン、キャリア、不妊治療、ダイバーシティなどがテーマ。2015年一億総活躍国民会議の民間議員に選出。『女子と就活』(中公新書ラクレ)、『「専業主夫」になりたい男たち』(ポプラ新書)など著書多数。
ワーク・ライフバランス社長 小室淑恵
2006年ワーク・ライフバランスを設立し、残業ゼロ、有休消化100%で増収増益を達成。900社以上にコンサルティングを提供し、残業を削減して業績は向上させるという成果を出している。14年9月、産業競争力会議の民間議員に。『女性活躍 最強の戦略』(日経BP社)、『労働時間革命』(毎日新聞出版)など著書多数。