段ボール箱を抱え、額に汗して走る屈強な男たち――。そんなイメージの強い運送業界だが、佐川急便では今、女性活用が急速に進んでいる。「男文化」を見直し、女性の気持ちに配慮するきめ細かな改革の軌跡を追った。
女性活用の領域をぐっと広げる「スワップボディ車」
2015年6月、佐川急便社内のドライバーコンテストの会場で、ひときわ目を引くシーンがあった。小柄な若手の女性が、10トントラックの車体と荷台(箱)を脱着する操作を見事にやってのけたときだ。居並ぶ役員らも、その腕前に感嘆の声をあげていた。
女性は久喜営業所(埼玉県)の営業課に所属するセールスドライバー、鈴木直美氏だ。同社で大型免許を持つ女性社員150人のうちの一人である。
このトラックは車体と荷台が離れる「スワップボディ車」という特殊車両だ。荷積み作業と運送を別々に行えるので、ドライバーの待ち時間が大幅に減り、集荷・配送が今まで以上に効率化できると期待されている。
2014年、このスワップボディ車に「一目ぼれ」したのが、鈴木氏の上司、大澤通隆所長。すぐさま導入するよう、会社に掛け合った。この車両は女性活用の領域をぐっと広げる可能性も秘めていたからだ。
「女性ドライバーは運転に専念でき、運転のできない女性は荷役だけを担うこともできます」
鈴木氏は今、複数の大型量販店の倉庫を行き来して、空箱を置いて去り、荷物が積まれたら集荷に再訪し、箱を車体にはめて配送に出る。荷物の積み降ろしはデリバリーサポートという職種の人たちが携わるので、運転に集中できる。
「スワップボディ車が来る前は、荷物の積み降ろしもドライバーの仕事でした。長時間作業していると、段ボールに手の水分をもっていかれるし、作業に慣れるまではつらかったですね」
そのころに比べ、肉体的な負担は大幅に減ったという。
鈴木氏は、2008年の入社。ドライバー職に興味があったものの、まだ子どもが幼かった。体力も必要だし、定時に帰れる保証のない仕事は難しいだろうと営業所も本人も思っていた。最初の仕事は大型ショッピングモールの中での館内配送だ。
ドライバーになったのは、2年前の2013年。高崎の群馬営業所から久喜営業所に着任した大澤所長に「ドライバーをやってみないか」と声をかけられたのがきっかけだった。
夕方6時上がりのリーダーが誕生
「鈴木さんは元気がいいし、お客さまからも非常に評価されていたので、もっといろいろなお客さまを相手に活躍してもらいたいと思いました」
それを聞いた鈴木氏は、「うれしかったですね」と振り返る。期待に応えるべく、早速、大型免許を取った。実際にドライバーになってみると、さらにうれしさが増した。
「いろんな集荷先や配達先に行って、お客さまと会話できるのもやりがいですし、ドライバー同士のやり取りも楽しいです」
現在、鈴木氏はドライバーをしながら、主任として16人の班員をまとめる。うち12人が女性だ。指示をするときに気をつけているのは、感情的にならないこと、押しつけにならないこと。
「ほとんどの人が家庭を持った、子育て中の女性なので、意見や要望にじっくり耳を傾けています。毎日同じ出勤時間では働きづらいとなれば、出勤時間をずらしたり、休日日数を増やしたりもします」
そういう鈴木氏自身も、9歳と3歳の子ども2人を育てながら、トラックを動かす。効率的に集荷・配送できるスワップボディ車のおかげもあって夕方6時に職場を上がることができる。
大澤所長は鈴木氏も含め、さらなる女性社員の活躍を求める。そのためには女性が働きやすい環境が不可欠だ。
「個人の時間を大切にし、働ける時間帯に働けるようにしなければ、雇用の促進はできないと思っています。産休も遠慮なく取ってもらい、退職しない選択をしてほしい」
大澤所長が久喜営業所に来てから、女性ドライバーの数は増えた。久喜営業所は270人の所帯で女性が56人。そのうち25人が女性ドライバーで、鈴木氏ともう一人が大型車に乗る。
大澤所長は鈴木氏に、もう一段高いステージを狙ってほしいと願う。
「現場ではトラブルに巻き込まれることもありますが、余裕のない状況でも、乗り越えられる精神的なタフさが必要。それが身につけば、彼女はもっといい管理職になっていきますよ」
女性ワクワク推進は男女別のトイレから
大澤所長の期待を背に受ける鈴木氏だが、2011年に始まった「わくわくウィメンズプロジェクト」も勇気を与えてくれたと言う。これはSGホールディングス全体が掲げる女性活用推進計画で、収益の30%を女性が担うようにしようというものだ。
「今まで縁の下の力持ちだった女性社員をキャリアアップさせようというプロジェクトです。女性管理職の積極的な登用もあるので、現在働いている女性にはすごく励みになります」
鈴木氏には、会社の女性活用の本気度がしっかりと伝わっているようだ。
グループ全体で推進する「わくわくウィメンズプロジェクト」を受け、佐川急便でも2013年2月に「さがわワクワク委員会」が発足、6月には委員会で決められた方針や施策を具体的な形にしていく「女性ワクワク推進課」が人事部に設けられた。
さがわワクワク委員会の委員長には荒木秀夫社長が就いた。自ら女性活用の旗振り役を引き受けた背景にあるのは、女性に対する並々ならぬ期待感だ。
「たとえば女性のお客さまからは、女性スタッフが配達や集荷に来ることで安心感を持ったり、女性ならではの気配りがうれしいという声を聞くことがあります。女性社員には、男性ではなかなか気づかないような視点から、新しい提案をしていってほしいですね」
女性ならではの感性を持って、業務や仕事に積極的に意見し、かかわることを期待する。現在、佐川急便の女性比率は23%。当面は30%を目標にし、20年までには35%に引き上げたいという。ちなみに今、同社を志望してくる新卒のうち4割が女子学生だ。
しかし、女性ワクワク推進課の課長、三宮加代氏が1999年に新卒で入社したころは、「総務部でさえ圧倒的に男性の多い」会社だった。
「今、管理部門は私服なのですが、当時はみんな青の縞シャツを着ていて、ドライバーと事務職の区別もつかないような職場でした(笑)」
家庭を持つ女性が柔軟に働ける仕組みに
ほんの数年前、佐川急便の女性比率は15%程度だった。これは管理部門も入れての数字だから、営業所単位でみれば、女性比率はさらに低くなる。
ほとんど男性しかいない職場で、女性が働きやすい職場づくりはなかなか進まなかった。トイレも男女兼用といった具合だ。女性ワクワク推進課の仕事は、トイレを男女別々にするところから始まった。
それと同時に、女性ドライバーが多い軽四車両で配達するコースや、トラックを使わず台車で集配する部門で、時間を区切った交代制を敷き、短時間でも女性が働ける仕組みを採用した。
今までは1人で働いていた時間帯を2つ3つに分けて、2、3人で担当する枠をつくるのだ。これなら家庭を持つ女性でも、自分が働ける時間帯に応募できる。
ただし運用が多様化する分、管理職の仕事は大変になる。従来は1人に指示しておけばよかったのが、2人、3人に同じ指示を出さなければならない。シフトの組み替え、交代時の引き継ぎといった見直し作業も伴ってくる。
「営業所長から面と向かって反対されたことはありませんが、やはり心理的には抵抗感があったと思います。でも、それがきっかけでマネジメント能力が向上した面もあると思います」
実際、柔軟な働き方を進めた結果、営業所の生産性が上がったケースもある。三宮氏は、そんな事例を社内報などでどんどん発信していこうと考えている。そうすれば、多くの営業所長が「うちでも交代制をやってみよう」と前向きな気持ちになるはずだ。
ハードや仕組みを整えて女性が働きやすい環境を整えるとともに、男性社会にありがちな風土、文化の改善も進んでいる。たとえば、ぶっきらぼうな物言いを改めたり、呼称を「さん付け」や「君付け」に移行するといったことだ。それも功を奏し、ここ3年で女性の定着率は10%上がった。
今期からは女性の雇用を増やすだけでなく、女性のリーダー職を多く輩出する取り組みを始めている。その狙いを、三宮氏はこう語る。
「スピード感を持って風土を変えるためには、土台となる女性の数を増やすことが欠かせません。まだまだ男性色の強い会社ですが、指導的な立場の女性を現場に多く配置すると影響力が大きくなると思います」