ブドウのお酒に、麦のお酒、気分を和やかにするお酒の効用は承知のとおりだが、伝統酒である米の酒「日本酒」となると、少々襟を正して飲みたくなるのは気のせいだろうか。そんな日本酒の世界に、若き造り手から新風が吹き始めているらしい。3月に行われたイベントから、読者にお薦めの6本を紹介しよう。

女子飲み、1人飲み、楽しみいろいろ! 春の日本酒

最近、日本酒を飲む若い人たちが増えている。

これまでは年配の人か熱烈な愛好家の飲む酒、といったイメージが根強かったが、今やどの日本酒専門店に行っても若者が楽しそうに酒を酌み交わしている。特に女性が多く、“おひとりさま”もちらほら見受けられる。日本酒は、もうオジサンだけが飲む酒ではないのだ。

その背景には、昨今、代替わりした若い蔵元の台頭が挙げられる。日本酒を造る人というと、十数年前までは職人肌でいぶし銀の年配者が多かったのだが、今では30~40代の蔵元が活躍。追っかけの女性ファンを生むほど、カリスマ性を持ったカッコいい造り手も大勢いる。たとえ銘柄がピンとこなくても、ひとたび彼らを知れば「飲んでみたい!」と思ってしまうはずだ。

彼らはおいしい酒を造ろうと奮闘するのはもちろんのこと、初心者に向けて間口を広めるため、これまで日本酒を飲んだことがない若い人たちへの発信を積極的に行っている。

その中の1つが日本酒イベント。口利き猪口を手にズズズ……と酒をすする、しかめっ面のマニアが集う会ではなく、クラブで音楽とコラボしたり、ワイングラスを片手にクルージングをしながらお洒落に日本酒を楽しむ会などなど。日本酒になじみのない人たちでも、思わず参加してみたくなるイベントがめじろ押しである。

どのイベントも開催前にチケットが完売し、さらに、ふたを開けてみると参加者は若い人ばかりというから驚きだ。これまで縁がなかった若い世代にも、日本酒は着実に広がり始めているのだ。

中でも、去る3月20日に第18回目を迎えた「若手の夜明け」は、若手蔵元の有志が集まる注目イベント。チケットは発売してすぐに完売し、1部~3部合わせて1600名の飲み手が会場に集結した。

日本酒ビギナーでも楽しめる、若手蔵元との集い

このイベント「若手の夜明け」は、ビギナーには受付で初心者バッジを配って、初めての人でも気軽に酒について質問できるよう配慮をしたり、3部では蔵元と一緒に飲めるなど、日本酒に楽しく触れることができる会である。

「とにかく僕らの造る酒を1人でも多くの人たちに飲んでほしかったんです」

そう語るのが、主催者の平和酒造「紀土」の蔵元である山本典正さん。聞けば、これまで日本酒のイベントというと、市場において知名度の低い若手の蔵元は会に呼ばれるチャンスが少なく、飲み手に発信できる造り手はごく限られた人だけだったという。

「無名でもいいお酒を造りたい、日本酒業界の未来を明るくしたいという志を共有できる蔵元と、これからもイベントを盛り上げていきたいです。特に日本酒をまだ知らない若い人たちに気軽に飲んでもらえたらうれしいですね」と山本さんは語る。

今回の「若手の夜明け」では、軽快なタイプからしっかり系までさまざまな味わいの銘柄が集まったが、季節柄、初心者にぴったりな口当たりのよいフレッシュな新酒が多く揃った。次ページでは、その中でも選りすぐりの、今飲むべき個性豊かな6銘柄を紹介したい。

気持ちが晴れやかになるような初々しい味わいは、これからの行楽シーズンのお供として、また春風が心地いい夜の晩酌としておすすめ。ぜひ試してみてほしい。

春にお薦めの日本酒「6銘柄」はコレだ!

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本イベントの主催者が、平和酒造の山本典正さん(写真6)。酒造りはもちろん、若手蔵元の発展に尽力している。

1. モダン仙禽 雄町2016(株式会社せんきん・栃木県)
創業文化3年。栃木県では最古の歴史を誇り、米作りから担う一貫生産のドメーヌ蔵でもある。元ソムリエの蔵元、薄井一樹さんが手掛ける仙禽は、瑞々しい酸味とキュートな甘みが特徴。肉料理やチーズなど洋食との相性もよい。

2. 一歩己 純米原酒 火入れ(豊国酒造・福島県)
天保年間から代々受け継いでいる銘柄は“東豊国”だが、この酒は9代目の矢内賢征さんが平成23年の冬から手がけている日本酒。軽快な口当たりで、後からじわじわとやってくる米の甘みが心地いい。野菜料理と合わせたくなる味。

3. 山和 純米大吟醸酒(山和酒造店・宮城県)
7代目の伊藤大祐さんが蔵に戻ってから立ち上げた限定流通の銘柄。どこまでもやわらかいタッチで、ふっくらとした米の旨味が控えめに口に広がる。が、絹糸のような芯も感じられる凛とした風格を持つ酒。じっくりと舌で転がすように味わいたい。世界最大の出品数を誇る「SAKE COMPETITION2014」では堂々の1位を獲得した1本でもある。

4. 竹雀 山廃純米吟醸 無濾過生 雄町(大塚酒造・岐阜県)
全国的にはまだあまり知られていないが、都心を中心にじわじわとファンを増やしている注目の銘柄で、6代目の大塚清一郎さんが手掛けている。骨格のある酸味とジューシーな甘みが特徴で、冷やだけではなく燗酒もお薦めしたい。

5. 白隠正宗 誉富士 純米酒(高嶋酒造・静岡県)
春の夜にゆっくりだらだら飲みたくなる味わい。端正な米の旨味が優しく口に広がり、後口は潔くさっぱり。常温から燗酒でゆるーく楽しみたい。造るのは日本酒業界の"地下アイドル"の呼び声が高い高嶋一孝さん。酒造りに対するブレない姿勢と貫禄のある風貌で、熱狂的なファンが多い蔵元だ。

6. 紀土 純米酒(平和酒造・和歌山県)
「若手の夜明け」の主催者であり、多方面で独自に日本酒を発信し続ける4代目の山本典正さんが手掛けている銘柄。純米酒は蔵の定番的な存在で、幅広い温度帯で楽しめるラクチンな酒。爽快でなめらかな喉越しと、柔らかい甘みが気持ちよく体に浸透する。

山内聖子
ライター・利き酒師。1980年生まれ。岩手県盛岡市出身。“夜ごはんは米の酒”をモットーに、10年以上全国の酒蔵を巡りながら、数々の月刊誌や週刊誌、書籍などで日本酒にまつわることを執筆中。著書に、同世代の造り手が酒蔵を継ぐまでの物語を書いたノンフィクション『蔵を継ぐ』(双葉社)がある。