ホテル業界などで秘書を経験後、鈴木敏文氏の秘書を務めて25年。藤本圭子さんは、まさに“プロフェッショナル・セクレタリー”。部下に求める仕事の水準の高さで知られる名経営者に認められた超実力派秘書に、一歩踏み込んだ「気づかいの極意」を学びます。

上司に対し、100パーセント全身全霊で向き合う

秘書に求められる仕事と、一般のスタッフに求められる仕事とは、どこに違いがあるのでしょうか。それは、「気づかい」のあり方一つにも表れてくるように思います。

セブンーイレブン・ジャパン取締役常務執行役員秘書室長 藤本圭子さん

例えば、上司から「○○の資料を用意してほしい」と頼まれたとします。指示された資料を収集作成したうえで、できるだけ見やすいように整理したり、とじたりする気づかいは、どんなスタッフでもできます。でも秘書の場合、それでは「言われたことしかできない秘書」にすぎません。

誰もが少し考えればわかるような、目に見える気づかいは最低限のことで、目に見えないところまで配慮し、気づかう。資料の準備も、上司が資料を読めば、次はその資料の背景にあるバックデータや、その先の情報も知りたくなるだろうと、その心理やニーズを読み、求められたらすぐ出せるようあらかじめ入手し、準備しておく。それが本当の秘書の仕事です。

その意味で、秘書に求められる気づかいは単なる精神論ではなく、知力が必要な世界です。知力がなくては、気づかいも配慮もできない。問題はその知力をどうやって身につけるかです。

上司の目に見えない心理やニーズにも応え、対応していくために必要な知力は、中途半端な取り組み方では生まれません。重要なのは、上司に対し、100パーセント全身全霊で向き合うことができているかどうかです。

「今の上司とうまくいかない」と悩んでいる秘書から相談されたとき、私は必ず問い返します。「あなたはその上司のために全身全霊で仕事をしていますか」「一点の曇りもなく、献身的に仕事をしていますか」と。頭を白紙にして、全神経を集中させ秘書の仕事をまっとうすれば、「いやだな」と思っていた上司でも、態度や発言の意味合いがわかるようになる。逆にいえば、献身的でなければ、上司の本当のよさや本質的な部分は見えないともいえるでしょう。

さらに、秘書としての100パーセントの献身は、上司に対してだけでなく、関係する部署の人たちすべてに対しても求められます。それは結果として、上司に返ってくるからです。

仮説を立てるための「情報収集術」

上司の目に見えないニーズを読むには、「次はこう動くのではないか」とまず「仮説」を立てることです。そのために必要なのは、それを予知させる情報です。会社は今どんな状態にあり、どんな課題を抱え、上司はどのような立場にあるのか、情報をつかんでおく必要があります。

そのため、私が部下の秘書たちに常に言っているのは、関係部署と密にネットワークを持ち、グッドニュースも、バッドニュースも入るようにしておくということです。ただ、情報は先方から信頼されないと入ってきません。だから、秘書として関係部署の人たちにも、100パーセント献身的であることで信頼を勝ち取る必要があるのです。

情報は自分からも把握しておかなければなりません。私が秘書としてつく鈴木(敏文会長)は巨大グループのトップです。そのまわりにはさまざまな人たちの動きがあります。そこで、なぜ今この人たちが出入りするのだろうかと常に考え、関係部署に聞くなり、自分の目の前を通っていく書類に目を通すなりして、その時点での会社の課題や問題をつかんでおきます。

鈴木が出る会議にはできるだけ出席し、そこで役員に指示が出れば、指示内容から、その役員がいつごろ報告に来そうかを予測し、その時間は空けておくといったスケジュール調整も行います。その際、その役員が朝イチで報告して早くすませたがるタイプか、午後のゆったりした時間に説明しようとするタイプか、心理的な“癖”も事前につかんでおきます。

会社の株価や業績など毎日変わる数字のチェックも欠かせません。鈴木は私にサポート的な役割も求めるため、朝一番のスケジュール確認の際には、その日の数字について会話し、認識を共有します。私の意見に「ん?」といった違和感のある反応を感じたときは、後で関係部署からも情報を集めてあらためて答えを示し、同意を得て着地させます。このように秘書は人の動きを見、数字を頭に入れ、常に思考し続けなければならないのです。

うまくいっても“満足しない”こと

こうして結果、成果に結びついたとしても、「私がやったからうまくいった」と満足して終わる人は秘書には不向きです。秘書はあくまでも黒子であり、上司のニーズに対し、100パーセント応えることができて当たり前だからです。そこには数字を上げるという醍醐味はありません。それを求めるなら、自分で積極的に前に出る営業職や現場が向いていると思いますし、それはそれで適材適所だと思います。

私の場合、仕事がうまくいっても、必ず、「このやり方で本当によかったか」「上司のニーズを100パーセント充足させることができたか」と、自分に問いかけ「検証」します。これを繰り返すことで、よりよい方法を発見し、高いレベルで上司のニーズに応え、自分も成長していく。仕事に取り組むときの「仮説・検証」の大切さを、私は鈴木のもとで学びました。

その際、一番大切なのが、謙虚であることです。謙虚でなければ、「もっといい方法はなかったか」と自ら問い直すことはできないからです。私が秘書という仕事を長く続けるなかで、献身的であることと並んで自分のポリシーとしてきたのは、謙虚な姿勢でした。

まわりに対して献身的であることで、多くの部署から信頼を得てネットワークを結び、情報を吸い上げる。それをもとに、上司に対し全身全霊、全神経を集中させて、仮説を立て、サポートし、結果を謙虚に検証し、次につなげていく。数字には表れなくても、昨日よりは今日、今日よりは明日へと少しでも成長し、会社のために貢献していたいという気持ちは強くあり、それが秘書としてのモチベーションの支えになっているように思います。

そして、もう一つ、秘書室長としては、仲間や部下が成長していく姿を見られることも大きな支えです。部下の育成にも全神経を使い、電話の対応一つでも、美しい日本語を使うよう厳しくチェックし、タイミングを逃さずその場で指摘します。

秘書の場合、言葉づかいは特に重要で、相手に合わせて話し方や伝え方を変えることも必要です。もし相手が急いでいるようであれば、その人のペースに合わせ、要点を手短に簡潔にお伝えする。結論から先に知るのを好む人もいれば、プロセスをじっくり知りたがる人もいて、相手を起点にして使い分けをしなければなりません。

ビジネスマナーは当然大切です。例えば、会議室や応接室での席次について、入り口から遠い席が上座になるといった基本はマナー本などを見れば書かれています。ただ、来客や出席者は必ずしも、席次どおりに座るとは限らず、バラバラのことが少なからずあります。その場合、難しいのがお茶出しで、順番はどうすればいいのか。

ビジネスマナーで一番重要なのは、相手が納得するかどうかの納得感です。それに対し、秘書が考えるべきなのは、どうすればその場に公平感を出せるかです。公平感は状況により異なり、一律に答えを出せるものではありません。とすれば、秘書は自分なりにこれが公平だと思う方針を考え、自信を持って実行することです。

上座でなくとも最上位者が座っている席を起点にし、順にお茶を配ることもあれば、最上位者が不明確であれば、上座から配ればいい。要は自分が決めた方針がその場にいる人たちに伝わり、納得が得られるかどうかです。そのためには、着席の状況を見て、どう行動すればいいか、相手の立場に立って考えること。まさに知力が求められます。

来客時のお茶出しの際も、上司と来客の会話から、先方との関係値、つまり関係の価値がどんな状態なのか察知すれば、次の機会での気づかいに活かせます。お茶出し一つにも意義を持たせれば、知的な仕事になる。実際、お茶出しは今も私の楽しい仕事の一つです。ポイントは、どんな状況でも知力を働かせられるかどうか。それが広い意味でのビジネスマナーの基本だと思っています。(肩書は雑誌掲載時のまま)

●藤本さん流「3つの秘書知識」
(1)秘書は、醍醐味なんか感じちゃいけないんです。やった! という達成感も。ただただ謙虚でいること。
(2)モチベーションは、昨日より今日、今日より明日と成長していけること。メンバーの成長がうれしい。
(3)100パーセント、全身全霊でやる。その人のために、全神経を注いで。それでもわかってくれない上司なんて、いません。
藤本圭子
セブン-イレブン・ジャパン取締役常務執行役員秘書室長。1988年、セブン-イレブン・ジャパン入社。25年にわたり鈴木敏文氏の秘書を務める。セブン&アイグループダイバーシティ推進プロジェクトリーダーも兼務。育児と両立できる職場づくりや、管理職の意識改革などで成果をあげ、2015年1月に「女性が輝く先進企業表彰」として「内閣総理大臣賞」を受賞。