高齢化する初産年齢や出産人口の減少で、乳がんリスクが2.2倍に! 日本乳癌学会調査、ホルモン受容体陽性乳がんの結果です。保険診療になった乳房再建手術に審美的な価値を組み合わせて美しい胸をつくる、「がん研有明病院」形成外科医・前田拓摩さんに乳がん患者のクオリティ・オブ・ライフ向上にかける思いを聞きました。
ストリート・ダンサーから医学の道へ
「10代の頃はプロのダンサーになろうと思っていたんですよ」。そう言う彼に、まじまじと見入ってしまった。バランスのとれた長身と小さい顔。長い手足。白衣を羽織った姿からは想像しにくいが、確かにこんなダンサーがいてもおかしくない。スマホで見せてくれた当時の写真は、ロン毛で顔グロ。聞けばダンス仲間の1人はEXILEのメンバーだというから、ダンサーとしての力量も相当なものだろう。
インタビュー前編「乳がん患者のために、美しく自然な胸をつくる」で紹介したとおり、形成外科医の前田拓摩さんは、「がん研有明病院」で乳がん患者へ乳房再建を施すエキスパートだ。プロのダンサー志望から、形成外科医の道へ。もともと器用な人なのだろうか? 話を聞くと、10代から人生を模索し続けてきた彼の姿が見えてくる。
高校卒業後進学したのは、慶應義塾大学の理工学部だった。「1年行きましたが、面白くなくて辞めちゃいました。医学の道に進みたくなったんです。それで浪人して浜松医大へ。子どもが大好きなので、小児科医になろうと思ったんですが、小児科医って内科の領域なんです。頭で考えて、薬を処方して治療するわけですね。僕はもっと手先を使う外科的な環境で働きたくなったんです」
卒業して入局したのは、実家のある神奈川の横浜市立大学附属病院。ここでは小児の先天性奇形をみることになる。「主に小耳症の手術をしていました。入院しているのは10~12歳の子供たち。元気な子供たちが多い病棟なので、夜中まで一緒にゲームしたり遊んだり。看護士さんに怒られていました(笑)」と、やんちゃそうな一面をのぞかせる。
「形成外科の世界でやっていこう」。そう決心したのはこの頃だ。形成外科医としての手腕は、さらに美容医療でも磨かれた。美容クリニックの手術も手伝っていたのだ。「視覚的な効果があって、ニーズと未来性がある」と考えた。
そして2008年、現在の職場の1つである「がん研有明病院」へ。ここで本格的に、乳房を失った乳がん患者のための、乳房再建手術を追究していくことになる。現在30代の若さで乳房再建の指導医も務める、彼の手腕とはどんなものなのだろう?
乳房の自然な下垂を、美しく再建する
そもそも「乳房再建」とはなんだろう。
「乳房再建は、乳がん手術で失われた乳房の再現手術を指します。がんステージ2までの初期がんで、抗がん剤や放射線治療の必要がない場合に可能な形成手術なんです。再建は大きく2種あって、1つが脂肪や筋肉といった自家組織を使うもの、もう1つがここ有明病院でも1500件以上の実績があり、僕の専門分野であるシリコンを使うもの。どちらも乳房の全摘出を前提としています。この病院の場合は、2014年1月の保険適用前からシリコンでの再建実績があるため、シリコンで再建を希望する人が90%を超えているんですよ」
以前の乳がん手術は、腫瘍の周囲だけを切除して、乳房の一部を残す温存術が一般的だった。「でも、切除して変形した乳房の1部を残して、がんの治療を完了させたとしても、外見的な満足度は低いですよね。それに転移の恐れは残る。今は全摘出をして、安心を確保しましょうというのが主流なんです。」
厚労省の統計でも、過去6割以上あった温存術は、この10年で全摘術と逆転している。全摘術の中に乳房再建という新しい選択肢が増えたからである。安全と本来備わっていた乳房の再建、乳房の喪失感という精神的ダメージを新しいもカバーする施術が女性たちに受け入れられているからだろう。
具体的な手術法はというと、胸に「エキスパンダー」と呼ばれる風船のようなものを埋め込み、生理食塩水を入れて膨らませ、経過をみて胸の皮膚が伸びたところで食塩水をシリコンに入れ替える、というもの。その後、順番に乳頭や乳輪の形成手術をするという。全て整えるのに2年ほどかかるらしい。
「僕は胸の形ができたからそれでいい、とは思っていないんです。毎日見る自分の胸が、どうきれいに見えるか、美容外科でコンプレックス医療の現場も見てきた僕のアプローチが、他の形成外科の先生方と違うとすれば、そこがポイントです」
なるほど。乳房再建でなくとも、術後の縫い目や傷跡が気になるのが女性の心情だ。肝心の乳房の形はどう形成されるのだろう?
「胸には自然で美しい下垂がありますよね。ただシリコンを入れただけでは、シリコンの張力で下垂は作れません。そこに工夫を加え、左右のバランスもとりながら、胸の自然な美しさを再現できるようになりました。その術で研鑽を積んできたという自負があります」
美しい「乳房再建」へのこだわりは、たくさんの患者をみてきた経験に裏打ちされ、確信に満ちていた。
保険診療適用から2年「乳房再建」が女性を救う
「それまで乳房再建をやっている形成外科医には『美しくつくる』ということにこだわっている人がほとんどいませんでした。それでなんとしても、僕の手術技法を周知したかったんです」。そこで当時、30歳を超えたばかりの前田さんは、まさかの行動にでる。患者に許可を得て自分の手術を撮影し、それを自分で編集してDVD を作ったのだ。その自主編集のDVDは反響を呼び、後にシリコンメーカーが販売する医療教材となった。
2013年、手術を700例くらい重ね、専門医として実績を積んだあたりから、前田さんは学会に呼ばれて発表をするようになる。当時、保険診療ではないシリコンでの乳房再建手術に反発は多かったが、それでも彼は啓蒙活動をあきらめなかった。粘りの人でもあるのだ。
「乳房再建が保険診療になったことで、これまで100万ほどかかっていた手術費が安くなり、誰でも受けやすくなりました。若い患者さんもそうですが、70代の方まで希望されるんです」。美しくなれると、女性は誰でもうれしい。医療が提供できる施術を最大限に発揮して、患者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を上げたいと、前田さんは考えている。
それらを称して前田さんは「均霑化(きんてんか)=平等に恩恵や利益を受けること」という言葉でつないでくれた。「保険診療の適用で、誰もが乳房再建手術を受けやすくなったこと、これがひとつの均霑化。一方で僕らが有明病院で、全国の先生方に乳房再建手術の指導することで、日本中どこでも等しく再建医療が受けられるようになる、これも大切なことなんです」
医療と暮らしのニーズを結ぶ役割
乳がん患者のことだけではない、自分も含め形成外科医の未来も憂慮しているという。「僕の役割って場をつくることなのかな、と最近思うようになりました。医者の仕事って、それこそ医者が骨身を削って、善意の上になりたっているようなところがあります。過酷な労働現場なんです。特に僕たち形成外科医は、細かい手先の動きや視力が必要なので、内科の医師と比べて労働寿命が短くもある。そこの受け皿として、これから需要が伸びるだろう、美容領域に未来があるのでは? と思うんです」
前田さんは今、人と人とのつながりのあるところに積極的に出かけることにしている。その縁で、昨年からは北海道・札幌市の「札幌ル・トロワ ビューティークリニック Vogue」の院長として週4日勤務し、東京と往復する日々を送っている。形成外科医が美容医療で手腕を発揮できる、これを具現化したのが今のスタイルなのだという。
医療を通して、さまざまな人のQOL底上げの夢を描く前田医師の視線の先には、次に何が見えているのだろう。また数年後、話を聞いてみたい気持ちになった。
大阪府大阪市生まれ。スポーツニッポン新聞大阪本社の新聞記者を経てFM802開局時の編成・広報・宣伝のプロデュースを手がける。92年に上京して独立、女性誌を中心にルポ、エッセイ、コラムなどを多数連載。俳優、タレント、作家、アスリート、経営者など様々な分野で活躍する著名人、のべ2000人以上のインタビュー経験をもつ。著書には女性の生き方に関するものが多い。近著は『一流の女(ひと)が私だけに教えてくれたこと』(マガジンハウス)など。http://moriaya.jimdo.com/
ヒダキトモコ
写真家、日本舞台写真家協会会員。幼少期を米国ボストンで過ごす。会社員を経て写真家に転身。現在各種雑誌で表紙・グラビアを撮影中。各種舞台・音楽祭のオフィシャルカメラマン、CD/DVDジャケット写真、アーティスト写真等を担当。また企業広告、ビジネスパーソンの撮影も多数。好きなたべものはお寿司。http://hidaki.weebly.com/