昨年末、国会議員の育児休暇取得という話題で日本のダイバーシティ論議に一石を投じた宮崎謙介氏。その当人が妻の出産直前に不倫していたというスキャンダルで議員を辞職することになった。「男性の育休」という議論はこれで幕引きになってしまうのだろうか?

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宮崎謙介衆議院議員。

「何やってくれてるんだ……!」。昨年末、国会議員の育児休暇取得という話題で日本のダイバーシティ論議に一石を投じ、つい先日まで男性による子育て推進派やリベラル系メディア、海外メディアやアンチも巻き込んで、あらゆるメディアを賑わせていた宮崎謙介衆議院議員。しかし彼の育休論議と同時進行だった”ゲス不倫”報道に、開いた口がふさがらなかった方は少なくないだろう。

妻である金子恵美議員が2月5日に無事出産を終えたあと、宮崎議員は父親としてブログで妻の出産の経緯を事細かに記し「これから2人で大切に育てていきたいと思います」と宣言していた矢先の報道だった。しかも不倫密会自体は妻の出産わずか数日前とのことに、男女問わず彼への共感や信頼は一気に失墜したとみていい。

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妻・金子恵美議員が出産したその日、宮崎氏はブログに出産のようすを事細かにつづり、「これから2人で大切に育てていきたいと思います」と宣言していた。

よりによってこのタイミングでこの報道では、もう無理だ。iRONNA編集長・白石賢太氏はアゴラで「正直、真剣に議論する気すら起きないのが本音ではないでしょうか?」とさじを投げる。NPO法人フローレンス代表の駒崎弘樹氏は「宮崎議員は嫌いになっても、男性育休は嫌いにならないでください」と訴え、アゴラでは経営コンサルタントの尾藤克之氏が「育休議論が幕引きした件」と題して、男性育休議論は終わった、と言い渡している。

週刊誌の報道が出る少し前の1月には、日本の子育てする男たちの元祖的存在と言ってもいいNPO法人ファザーリング・ジャパンによる緊急フォーラム「どうなる? 議員の育休? 永田町が変われば、日本の子育て・WLBが変わる」も開催されていた。このフォーラムには、いま日本でイクメンやワークライフバランス議論の最前線にいる錚々たる面々が勢ぞろいし、宮崎議員の育休取得支持を表明していたのは記憶に新しい。しかし彼らのメンツも不倫騒動で丸つぶれになってしまった。

フォーラムの様子については、ログミーで書き起こしが公開されているので詳しく読むことができる。当日の宮崎議員の状況はというと、年末年始ごろの様子から一変して非常に歯切れが悪かった。「今の状況はすごく非常に複雑でして、世の中に賛否両論あるなかで物議を醸して、大変多くの皆様に迷惑をおかけしている」「今はちょっとですね、あまりこう人前で話をしてはいけないという状況になっておりまして」とあまりの弱腰ぶりに、AERA編集長の浜田敬子氏も「(先週号の)うちのインタビューに出て頂いたのにどうしたのですか?」と指摘するほどだったのだ。

コラムニスト・河崎環さん

いま思えば、宮崎議員自身が各所でぼやいていた通り、彼の発言は「想像以上」に世間のあらゆるところに引っかかり、叱られる温度も褒められる温度も「めちゃツラいっすよ」と弱音を吐くほど高かったということなのだろう。あらゆる方面から彼の人生、人格まるごと“日本を代表するイクメン(候補)”と注目され担ぎ上げられるようになってしまった、その引き金を引いたことに彼自身がもっともおののいていたのだ。

彼はまだイクメン「候補」に過ぎない

そう、彼はまだ父親でもなんでもなかったのだ。フォーラムの時点では子どもはまだ妻のおなかの中にいたし、第一、まだ育休だって取っていなかった。

妻の妊娠に伴う変化に呼応して、「俺も父親になるんだし、何かしなきゃ」と育休取得を思い立って口にした未来のイクメン“候補”であって、実際には彼の中ではまだなにも起こっていなかったのだ。しかし、育休取得を宣言した途端、世間が「そいつはいい、頑張れ、みんな応援してるぞ!」と湧き立った。

母性は生物学的に形成されるが、父性は社会的に形成される。妻の中では、確実に生物的な反応として母になる準備が日々刻々と進んでいくが、産まぬ性たる男の中では目の前の妻の変化にただ驚き、「そうか俺は父親になるんだ」という意識だけが強くなり、でも逡巡して、なんだったら妻の態度に傷ついたりスネたり、将来が不安になったり、産まないのに“男のマタニティーブルー”になったりする。女性だって男性だって、親になるということはまるで自分が飲み込まれるような、それはそれは大きな変化である。それぞれに反応が出るのは当然のことなのだ。

宮崎議員の一件が、子育ての「ダメダメなリアリティ」になってほしい

男性の育児参加の話題につきものなのが、「真に子育てを理解している夫は稀」「結局モテたいアピール。承認欲求がチラつく」といった、ファッションイクメンへの鋭い視線だ。今回の宮崎議員の一件で、またそのレベルに議論が引き戻されるのは誰もが勘弁してほしいと思っているだろう。

男は、惑う生き物だ。女だって、惑う。逆に、この件を不潔だとかサイテーだとか言い放つ人々は、子育てが聖人君子だけに許された行いだとでも思っているのだろうか。子育てなんて、そもそも生産の過程からして非常に人間臭い営みのはずだ。育休議論は幕引きを迎えたのではなく、人間臭さから奇妙に乖離してお綺麗に無機的な制度として語られる子育てが、ようやく臭いや温度や肌触りといった「ダメダメな」リアリティを取り戻して語られる契機になればいい。

「本当に反省しています。一からやり直しです。やり直しだけど、やれるだけやっていきたい」と反省の言葉を口にしていた宮崎議員だが、12日午前、自民党本部へ辞職の意思を表明したと伝えられた。

妻は、夫よりよほど上手で「母」だった

妻の金子恵美議員は、出産直後でもっともホルモンバランスや心身の変化が大きい時期であるにもかかわらず、「やり直す気はあるの」「それなら、恥をかいていらっしゃい」と、宮崎議員に記者会見と一からの再出発を促したという。もともと地政からのたたき上げでキャリアも長く、夫より格上の議員で、2枚も3枚も彼女の方が上手だ。

そう、彼女はもうすでに「母」なのだ。こんな出来事も含め、男は社会的に父親へと育てられていくのだろう。

河崎環(かわさき・たまき)
フリーライター/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川育ち。乙女座B型。執筆歴15年。分野は教育・子育て、グローバル政治経済、デザインその他の雑食性。 Webメディア、新聞雑誌、テレビ・ラジオなどにて執筆・出演多数、政府広報誌や行政白書にも参加する。好物は美味いものと美しいもの、刺さる言葉の数々。悩みは加齢に伴うオッサン化問題。