テクノロジーの進化により10年後にはなくなる職業が話題になる一方で、今までになかった「新しい仕事」が生まれています。この連載では、リクルートライフスタイルのアナリストであり、データサイエンティストとして活躍する原田博植さんを聞き手に迎え、新しい仕事の領域を切り開くフロントランナーにインタビューを行います。

今回は、ショッピングセンター事業を中心に、古くから文化情報の発信者として名をはせてきたパルコで、WEB/マーケティング部 部長(2016年3月よりWEB/マーケティング部、メディアコミュニケーション部担当執行役)を務める林直孝さんに、WEBやアプリを用いた“新しい接客”について聞きました。

Webやアプリを用いた“接客”とは?

【リクルートライフスタイル 原田博植さん(以下、原田)】林さんは現在、パルコのWEB/マーケティング部 部長を務めていらっしゃいますが、どのようなお仕事なのでしょうか。

【パルコ WEB/マーケティング部 部長 林直孝さん(以下、林)】私たちとお客様とのコミュニケーションは、パルコという“館(やかた)”と、Webやアプリの両方で行われています。館では、来店されるお客様をテナントのショップスタッフが接客し、コミュニケーションをとる。当社ではWebやアプリを通じても同じように、ショップスタッフが“接客”しているのです。このWebやアプリを介したコミュニケーション戦略を担っているのが、WEB/マーケティング部です。他のショッピングセンターにはない、「パルコらしい」戦略だと思います。

全国のパルコ館内約3000ショップから発信されるファッション情報をチェックできる無料スマートフォンアプリ「POCKET PARCO」。ユーザーの好みに合わせてパーソナライズされた情報が表示され、気に入った商品のクリップや、一部商品の取り置き、購入ができる。また商品購入、クリップ、チェックインにより“コイン”と呼ばれるポイントを貯められ、買い物に使える優待券と引き替えられる。

【原田】「Webやアプリの接客」とはどういうことですか?

【林】Webやアプリで公開されている写真を撮ったり、商品のおすすめコメントを書いたりしているのは、テナントのショップスタッフです。館でもWebやアプリでも、同じスタッフが接客するというのはこういう意味です。そこで各ショップから効果的に情報発信ができるように、私たちパルコとしては使いやすいツールや仕組みを提供したり、研修によってノウハウを共有したりします。

【原田】ネットで買い物をしたり、SNSで情報を発信したりすることが当たり前の世の中になりましたが、パルコにはITを使った情報発信に手探りでトライしてきた歴史があると聞きました。

【林】現在のWebやアプリも、もともとはパルコが提供するショップブログが核になっています。2014年に、“ショップスタッフのおすすめアイテムが買えるマーケット”として、「カエルパルコ」という店頭商品の取り置き予約やサイト上で購入ができるサービスを立ち上げましたが、これはショップブログで紹介されている商品にショッピングカート機能を付けるという形でスタートしたものです。

来店前後も途切れることなく“接客”できる

【原田】「館の接客」と「Webやアプリの接客」との間に、関連性はありますか。

【林】今はどこかに行こうとすると、まずはスマホで情報収集しますよね。パルコで言うと、ショップのブログを見てから来店するという流れです。先に見たブログをきっかけにスタッフと会話が盛り上がるかもしれませんし、また店舗での接客の印象がよければ、家に帰ってからもそのスタッフのブログを見て、「またお店に行きたい」「あのスタッフから買いたい」という気持ちになるかもしれません。Webやアプリを上手に使うことで、来店前や来店後も途切れることなく“接客”をできるようにするというのがパルコの戦略です。

林直孝(はやし・なおたか)さん。株式会社パルコ WEB/マーケティング部 部長(2016年3月よりWEB/マーケティング部、メディアコミュニケーション部担当執行役)。パルコ入社後、全国の店舗の運営、管理業務やグループ会社の株式会社パルコ・シティでWeb事業を歴任。2013年よりパルコにてWebを通じた顧客コミュニケーションやオムニチャネルの戦略立案と実務を担当。2015年より店舗のICT活用やハウスカードとスマホアプリを連携した「個客」マーケティングを推進している。

【原田】結果はいかがでしたか。

【林】カエルパルコは最初、静岡県の3店舗で試験的に始めたのですが、開始3カ月で、店舗の売り上げを10~15%増やす効果がありました。現在では全国に展開し、ショップがさまざまな使い方を編み出して効果を上げています。そうしたノウハウを他のショップに横展開できるように、2015年9月からは、ショップスタッフ向けのeラーニングを始めました。スマホで休憩中に見てもらったりしています。

【原田】Webやアプリのよいところは、その効果が可視化できることです。何か工夫はされていますか?

【林】ショップブログを見てもらうために「POCKET PARCO」というアプリを提供しています。このアプリには、お客様が「いいな」と思ったショップブログの商品をクリップできる仕組みがあり、クリップ数は、それぞれのブログの画面に表示されます。Facebookの「いいね!」のようなイメージですね。ショップスタッフはクリップ数が多い店舗のブログを見て研究し、工夫しています。このクリップ数の表示を始めてから、ブログの写真の質がどんどん上がり、“見る楽しみ”を広げることができました。

【原田】効果が見えるということは、ショップスタッフの皆さんにとって、「ブログの更新を頑張ろう」というようなインセンティブになりますね。

スタッフに教わり、共有に徹する

【林】さまざまなデータ分析ができるようになったのはありがたいことですが、それ以上に、ショップの皆さんに接客についてのフィードバックができるようになったことがうれしいです。

以前は、接客がよかったからといって、その評価がパルコやショップに届くことはほとんどありませんでした。それこそクレームがあったときくらいしかフィードバックができなかった。POCKET PARCOでは、お客様が接客に対する評価やコメントをすると、ポイントが付く仕組みを取り入れています。最初は、ネガティブな声ばかりが集まるのではないか……という不安がありましたが、ふたを開けてみると、最高点を付けてくださるユーザーが多いという結果になりました。中には泣けてくるようなよいコメントもあります。ショップスタッフの皆さんに前向きなフィードバックが行える仕組みを作り上げられた、これはよかった点ですね。

「お客様にとってよさそうなサービスは、とりあえず始めてみる」というのが、仕事の上で学び、大切に実践していることです。お客様にはテナントスタッフのも含まれます。ブログからカエルパルコ、アプリへと進化させてきたように、まずはやってみて、お客様の反応があることを探り、よりよいサービスにしていく。迷うことに時間をかけず始められることから始め、その後のPDCAが大事だと考えています。

【原田】Webやアプリの活用によって、パルコの役割は変化しましたか?

原田博植(はらだ・ひろうえ)さん。株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 アナリスト。人材事業、販促事業、EC事業にてデータベース改良とアルゴリズム開発を歴任。2015年データサイエンティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。

【林】パルコが「建物を用意し、集客する」、そして「入居するテナントが、商品やサービスを売ることをサポートする」という役割は変わっていません。しかし、これまでやってきたパルコが各テナントから情報を集めて宣伝し、集客するというスタイルが、今はショップスタッフがネットを使って直接情報を発信し、お客様とコミュニケーションを取るというスタイルに変わっています。

ですので、パルコからテナントスタッフへ指導するのではなく、スタッフから教えてもらい、パルコが伝わりやすく体系化したものを共有するということをもっとも大切にしています。

日々お客様と接する現場のスタッフは、情報とノウハウの宝庫です。個々のスタッフのスキルアップには、リアルでもWeb接客でも、そのノウハウを共有することがいちばん重要です。2万人以上に上るスタッフの声をたくさん聞いて、たくさん改善する。そのスピードが大切なのです。パルコがこの共有のための仕組みを使いやすく整え、ノウハウを伝えるという役割に徹した方が、効果を出しやすいと考えています。

企業DNA=「らしさ」の重要性

【原田】集客という面では、パルコは昔からユニークなイベントで知られています。林さんは以前、パルコの文化発信を象徴する渋谷パルコで、イベント企画を担当されていたそうですね。

【林】入社して最初の配属が、渋谷パルコのイベント企画や運営をする部署でした。ドリカム展やブルーハーツ展、ローリングストーンズ展などを担当しました。アーティストの所属事務所との交渉から、展示のレイアウトやポスター作りまでとにかく何でもやりました。

【原田】企画を選定する基準というのはあるのでしょうか?

【林】企画については、「やりたい」と言えば何でもやらせてもらえました。上司から理詰めで「ダメだ」と言われたことはなかったですね。私のような若手の社員を含め、それぞれが自分の趣味や、イケてると感じていることを仕事に落としこんで企画します。自分が好きな分野なので、勘所やツボがわかる。そういったところで「パルコらしさ」が生まれ、会社のDNAになっているような気がしますね。

【原田】私たちが外から見ても、パルコという企業としての「らしさ」が明確に存在している印象を受けます。その「パルコらしさ」が、Webやアプリの戦略にも息づいていますね。

【林】パルコの社員は、趣味にのめり込むようなタイプの人が多い。そうした、一見バラバラな人たちが集合体になって、「パルコらしさ」が生まれるのでしょうか。今でいうダイバーシティが、パルコらしさの源泉かもしれませんね。それが、「他ではあまり取り上げないテーマも、パルコはよく拾ってるよね」ということになるのかな。

「これは僕個人の趣味であって、仕事につなげるつもりはない」という人も中にはいますが、趣味や好きなことを仕事につなげている人が多いです。そうすると、熱意があって気持ちも入るので、よいものになる確率が上がるように思います。

【原田】林さん自身の考え方や感覚が「パルコらしさ」、つまり会社のDNAと合っているのでしょうね。それが活躍につながっているように感じます。これから管理職になろうとしている人は、自分の考え方や好みが会社のDNAと合っているかどうか、無理なくいきいきと働けるかという点について、しっかり考えてみる機会を持つとよいですね。

【林】私は、プライベートと仕事を明確に分けられないタイプだと思います。あえて分ける必要もなくて、プライベートで好きなことをやっていれば、何かしら仕事にも活きてきますし、逆に仕事で学んだことが、プライベートに活きることもたくさんあります

特にプライベートでは、女性の方がアンテナを張っていろいろなことに興味・関心を持ち、チャレンジしていると思うことが多いです。1つのことに集中しがちの男性よりも、フットワークが軽くていいなと、うらやましく感じます。仕事でもプライベートでも興味、関心や経験を生かせると、強みになりますよね。

■インタビューを終えて
林さん、ありがとうございました。パルコとはイタリア語で「公園」の意味で、渋谷パルコまでの坂道「公園通り」はパルコが定着させた名前です。建物とその周辺の「街の文化」を同時に作っていくパルコは、今日の渋谷の基礎を作ったといっても過言ではありません。いつの時代も新しい文化を作る企業で、新しい仕事が生まれていくのは当然なのかもしれませんね、林さん、次はパルコでお会いしましょう。(原田博植)
原田博植(はらだ・ひろうえ)
株式会社リクルートライフスタイル ネットビジネス本部 アナリスト。2012年に株式会社リクルートへ入社。人材事業(リクナビNEXT・リクルートエージェント)、販促事業(じゃらん・ホットペッパーグル メ・ホットペッパービューティー)、EC事業(ポンパレモール)にてデータベース改良とアルゴリズム開発を歴任。2013年日本のデータサイエンス技術書 の草分け「データサイエンティスト養成読本」執筆。2014年業界団体「丸の内アナリティクス」を立ち上げ主宰。2015年データサイエン ティスト・オブ・ザ・イヤー受賞。早稲田大学創造理工学部招聘教授。