会社から望まれる通りに必死に働いてきて、ふと気がついたらもうこんな年齢になっていた。また、ある日突然「自分のキャリアは自分で選びなさい」と会社に言われて戸惑った……そんな経験はありませんか。
「気がつけば、もうこんな年齢になってしまった」――本連載が主な読者として想定している、キャリアの曲がり角に差し掛かった女性と話をしていると、こんなセリフをよく耳にします。
だから落胆しているとか、焦っているとか、そういうわけではない。ただ、ある日突然その事実に気がつき、驚いてしまった……そういう感じでしょうか。まあ、女性に限らず、かつての自分が将来のことなど想像もできずに、結果的にその年齢に達した時に、昔思い描いていた未来予想図とは大きく違っていることなど、よくある話です。そして「気がつけば、もうこんな年齢」と焦った後には大抵、「これから、いったい私はどうしたいのだろうか?」というフレーズが続きます。
この世代の人たちの多くは、小さな時から「将来何になりたい?」「どんなことがしたい?」「実現したいことは?」と、聞かれ続けた人生だったのではないでしょうか。さらにいうと、それらの問いに対して、頭を振り絞って出した答えは、改めて考えてみると別段実現してはおらず、努力した結果も報われたと実感するほどの手応えも得ていない、という人が大半です。
とはいえ、現状に満足していないわけでもない。毎日が忙しいからいろいろと考えあぐねている時間はない。しかし暇がないことを言い訳に現状のままでいい、とも考えていない。それまで特に思い悩んできたわけではなかったのに、ふと気がついたら「その場でぐるぐる」思案をしてしまうようなのです。
仕事のサイズの縮小化と「個人のやりたいこと」の怪しい関係
今のままではダメだと思った時に、じゃあどうすればいいのか、という方向性を決める道標として、多くの人が頼りにするのが「なりたいもの」や「やりたいこと」という自分の中にある気持ち。古くなりすっかりホコリをかぶって、心の片隅にしまわれていたあれやこれやを、改めて引っ張り出してきて眺めてみては、今の自分と重ね合わせて「良い・悪い」を考え出してしまう。結果的にやりたいことが明確になり、それを実現するための方法もある程度めどがつけばいいのですが、なかなか難しい。そんなことを思っていた矢先に、今度は職場で「ところで、あなたは何がやりたいのですか」と聞かれてしまう。
かつての企業は「このくらいの年は、この役職で、こういう役割で、このくらいの報酬」という、未来の枠組がある程度決まっているのが一般的でした。ですから、就活中から入社時にかけて「何がしたい?」としつこく聞かれたことが嘘のように、働き始めると誰もそんなことを聞いてこなかったはずです。しかし最近は、仕事そのものの細分化が進んで、大まかにあった「だいたいはこんな感じ」というルールが緩みつつあるのです。企業が社員にやってほしいことは明確にある。けれどもその多くは「いまやって欲しい」ことであって、そのアサインに追われた結果「かつては約束していた未来」がさらに揺らぎ始めたのです。
未来を約束しない代わりに「やりたいこと」をやらせる?
もちろん、多くの企業は従業員のキャリアプランに無頓着ではありません。むしろ積極的に関与しようという企業も増えています。しかし、かつてほどエスカレーター式に「乗ってさえいれば、目的地に連れて行ってくれる」といった感じの仕組みがあるわけではない。ある程度のキャリアプランを意識した仕事を用意するから、その中から「自分自身で考えて」かつ「自分がやりたいと思う仕事」を選んでくれ、という仕組みに変わりつつあるのです。やりたいことが分かっている、自分で考えて決めることができる人には、うってつけの仕組みです。しかし、一定の年齢以上の人には「急にハシゴを外された感」がある。
「自分で考えて決める」。文字にすると当たり前のことが求められるだけなのですが、そういう習慣がなかった、もしくは機会がなかった世代に対しては、なかなか骨が折れるシステムです。とはいえ、残念ながら「そんなことを急に言われても困る」と苦情を言っても、会社は取り合ってくれる相手ではないのです。見えないなりにも先を考えて、その上で本意ではないかもしれないけれども、用意された選択肢の中から、自分が(比較的)やりたいと思う仕事を選ぶしかない。確かに気がついたらそういう状況になっていた、という読者の方もいるはず。そう、知らず知らずのうちに追い込まれていたというわけです。
「やりたいこと」を今さら問われて戸惑わないために
そんな風にまとめてしまうと企業に悪気があるように思えてきますが、そんなことはありません。業務が高度化し、専門性が増すとともに、細分化が進むことは必然です。となると、それぞれの業務を横並びに評価することは難しくなりますし、向き不向きが著しくなることも否めない。その状況に対応するためには「やりたいと思う気持ち」と「本人の能力」を掛け合わせることで、パフォーマンスを最大限発揮してもらう仕組みを作る必要があったのです。このコラムの読者の皆さんは、その環境が生まれてきた要因を理解しつつ、自分がその中で「うまく立ち回る」方法は何か、しっかりと考え抜く必要があるのです。
「この歳になって?」と思うかもしれません。しかしまず「そういえば、自分のやりたいことってなんだっけ」と振り返り、整理する時間を持ってみることをお勧めします。そして、それを実現するための方法を考えてみてください。今の場所でできるのか、場所を変えないとダメなのか。そもそもそれは仕事で実現すべきことなのか、そうでなくてもいいのか……などなど、考える視点はたくさんあるはずです。
ある日突然、「あなたのやりたいことは何? この中から選んで」と会社から急に言われて戸惑わないためにも、備えあれば憂いなし。“こんな年齢”になってしまっているからこそあなたは「大人の考え」ができるはず。それを楽しみながら、「私がやりたいこと」を考えてみてほしいのです。
就職や転職、若手社会人のキャリア開発などの各種サービスやウェブサイトのプロデュース、ディレクションを、数多く&幅広く手がけている。直近は、企業の人事が持つ様々なデータと個人のスキルデータを掛け合わせることにより、その組織が持つ特性や、求める人物像を可視化、最適な配置や育成が可能になるサービスを作っている。リクルートワークス研究所『「2025年の働く」予測』プロジェクトメンバー。著書に『就職のオキテ』『会社のオキテ』(以上、翔泳社)。「人が辞めない」という視点における寄稿記事や登壇も多数。