「この人から買おう」「この人だから話を聞こう」。営業という職業は、相手の「信頼」を得ることが絶対条件です。では「信頼」を勝ち得るには? そもそも自分で身につけられるもの? 今回で最終回の本連載。パフォーマンス研究の第一人者・佐藤綾子さんが、人から「信頼」を得るために必要な2つのポイントをお伝えします。

今までの連載 「売れる営業になるための“非言語”テクニック」(1)~(7)

全ての信頼関係を築く基礎感情とは何か?

教師と学生、医師と患者、弁護士とクライアント、営業とお客様――いずれも前者は相手よりも、その分野に対して、専門性や実績を持っているのが特徴です。例えば営業であれば、その商品の知識をしっかりと持っているから相手に「信頼」されるわけです。当然ですね。

ところが、あなたの専門性が高く知識があったとしても、初対面で「アッ! この人はあまり好ましくない」と相手が感じてしまっていたら、あなたは違和感や白けた感じを味わうことでしょう。「相手が引いているな」と感じることもあるかもしれません。最悪の場合、そこで商談がストップしてしまう可能性もあります。

そこで気になるのが「全ての信頼関係を築く基礎感情とは何か」ということです。

ビジネスは「信頼」がなければ、成り立ちません。その重要性は誰でも分っているのに、いざこの「信頼」について考えると、私の研究分野である心理学のテーマとして学術的に分析しようとしても、なかなか厄介です。「信頼」という言葉の構成要素を測る実験がなかなかないからです。“信じて頼ること”と概念的に捉えるしかないのです。

そこで私は、過去に何とかして信頼感を測定する実験をしたいと考えました。日本、アメリカ、韓国の研究者3人と共同研究して、「自己表現」が周囲の「信頼」とどう関わるのか、その関係を調べたのです。日本の実験者は私です。

実験は、「信頼感」を形成するいくつかの言葉を特定してアンケートを取る方法で進めました。次のページでその実験を紹介します。

「自己表現」の意識と「信頼感」の獲得は比例する

「自己表現」が周囲の「信頼」とどう関わるのか。それを調べるために、まず他者評価としての「信頼感」の調査をしました。調査対象は大学生。彼らに一番最近受けた授業と、その授業を担当した先生のことに対して、4段階で評価してもらったのです。評価項目は、日本、アメリカ、韓国の3国で共通に挙げられた「信頼」を形成する10要素です。(作表の「教師の非言語的パフォーマンスと学生との関係(質問紙)」参照)

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教師の非言語的パフォーマンスと学生との関係(質問紙)

さらにその後、該当する先生に、自身の「自己表現」の状態を尋ねました。すると面白いことが分かりました。

先生に尋ねた「自己表現」とは具体的に、(1)意思伝達を表現する身振り・姿勢などのキネシクスと言われる分野、(2)身だしなみなどの外見分野、(3)あいづちなどの相互作用分野、(4)笑顔、(5)アイコンタクトの5分野です。

これらの「自己表現」のスコアと、学生が評価した「信頼感」の間に、相関関係が高いことが分かったのです。しかも、それらの中でも特に「笑顔」と「アイコンタクト」の得点が高いことが判明しました。

「信頼」を得る自己表現のポイント~笑顔とアイコンタクト

この3国の共同研究から導き出されたのは、「笑顔」と「アイコンタクト」のポイントが高くなれば印象がよくなり、信頼されたり、尊敬されたり、総じて「好意」を持たれる可能性が高い、ということです。

ビジネスにおいて、第一印象で好意的なイメージを相手に与えることの重要性は連載第1回で伝えたとおり、とても大切なこと。そのためには、営業資料もさることながら、まずは顔の表情、特に「笑顔」と「アイコンタクト」が優先するということを覚えておいてください。

人の好感度に影響する「顔の表情」

もう一つ。前ページの「信頼」と「好意」の相関関係に次いで、笑顔やアイコンタクトが相手の好意とどう結びつくのか、という実験も見てみましょう。「好意の総計(total liking)」という実験で、当時私が勤務していた、実践女子大学の学生をモデルにしたものです。

●「好意の総計(total liking)」の実験

この実験は、同じモデルが服装など一切変えずに、3種の言葉「ありがとう」「どうぞ」「どうも」を、「顔の表情」「声」の条件を変えて発声し、第3者がモデルのことをどう感じるのか、その印象を数値化した実験です。

実験(1)「ありがとう」の言葉を、下記のように「顔の表情」と「声」を変えてモデルが発声し、その様子を4パターンの動画にして被験者に見せました。

1.良い声×良い顔
2.良い声×悪い顔
3.悪い声×良い顔
4.悪い声×悪い顔

実験(2)「どうぞ」、実験(3)「どうも」も同様に4パターンを繰り返します。その上で、「あなたが好ましいと思ったのは何番の人物ですか?」「その理由は言葉ですか? 顔の表情ですか? 声ですか?」と質問します。その結果が下の「日本版好意の総計」データです。

日本版好意の総計(total  liking)100%=
「顔の表情」60%  「声」32% 「言葉」8%

出典:佐藤綾子1995、「自分をどう表現するか」

同じモデルが「顔の表情」「声」「言葉(ありがとう/どうぞ/どうも)」を変えて話した時、相手はどのポイントで好意を持つのか。「言葉」と答える人がたった8%しかいないのに対し、「声」と答えた人は32%、「顔の表情」と答えた人は60%もいました。

ちなみにアメリカで同じ実験を行ったのは、心理学者マレービアン。実験手法は同じでしたが、結果は「顔の表情」55%、「声」38%です。日本人はアメリカ人より、「表情」の情報が優先されていますね。さてこれで大事なことが分かるでしょう。人は総じて、声の印象や言葉の意味よりも顔の表情で、その人物が「好きか、嫌いか」を判断する度合いが高いのです!

新刊『できる人・好かれる人になる「見た目」と「話し方」のコツ34』(佐藤綾子著/ディスカヴァ―・トゥエンティワン刊)はセブンイレブン、セブンネットショッピングで限定発売中。

上の実験は一例に過ぎませんが、この連載では「姿勢」「動作」「顔の表情」や「アイコンタクト」など、非言語の重要性を紹介してきました。これらは全て、営業をするビジネスパーソンの自己表現のポイントです。

この連載はこれで最終回です。まずは、営業とは自己表現を上手に演出して「私を伝えること」そして「あなたを聞くこと(傾聴)」と割り切って、相手の目に映る自分の「第一印象(輪切りの自分)」が最高であるように毎日習慣づけていきましょう。

千里の営業の道は、あなたの自己表現の一歩からです。

佐藤綾子 パフォーマンス心理学博士
常に女性の生き方を照らし、希望と悩みを共に分かち合って走る日本カウンセリング学会認定スーパーバイザーカウンセラー。日本大学芸術学部教授。「自分を伝える自己表現」をテーマにした単行本は180冊以上。『30日間で生まれ変わる! アドラー流心のダイエット』(集英社刊)は昨年9月発売。