初詣に行った神社でたくさん並ぶ「結婚できますように」「幸せになれますように」という絵馬を見てふと疑問に思ったという河崎さん。「結婚=幸福」という大前提は本当に正しいのだろうか?

あけましておめでとうございます(掲載される頃には松も明けておりますが)。元旦には、島根・出雲大社にて良縁結びを祈願した、河崎です。子持ち既婚40女が今さら何と縁結びを願ったんだ、って? そりゃもう、このPRESIDENT WOMAN Online(以下、WOL)を応援してくださる読者の皆さんとのご縁ですよトーゼン! あとはやはり今年も「こ、これは書かねばっ!」と、血湧き肉躍るようなコラムトピックと出会い、さらには寝ている間に締め切りのプレッシャーで歯ぎしりしなくてもいいようにインスピレーションのミューズ(創造の美神)ともぜひとも密接なご縁をですね……。

さて、この2015~2016年をつなぐ年末年始にWOLのアクセスランキングを席巻した連載記事があるのだが、皆さんはご覧になっただろうか(まとめ読みはこちらから)。「女のプロ」のジョアンテ代表取締役社長 川崎貴子さんと、「男性学」が専門の武蔵大学助教 田中俊之さんの爽快対談である。

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川崎貴子さんと田中俊之さんの対談は全8回。1月19日まで掲載予定

しょっぱなから「<40男>は嫌われる」「結婚ってコスパが悪いですよね」「女性もロマンティックな結婚の幻想に囚われている」とぶちかまし、「すごいですね~とおだてられないと動けない面倒くさい上司たち」「男の中年フリーターが問題になるのに、なぜ、もっと数が多い女の中年フリーターは問題にならないのか」「部長になって失敗したって命取られるわけじゃないんだから。女たちよ、管理職になれ!」と進む。なにこのスパークリング獺祭(←美味い)みたいな爽快感と陶酔感! そうそう、もっと言って! クリスマスケーキも年越しそばもお雑煮もぜんぶちゃぶ台に並べて全力でひっくり返すようなインパクトにすっかりやられてしまった私は、年末年始通して、この対談連載が公開されるたびにスマホにかじりついていたのだった。

「女のプロ」の異名をとる川崎貴子さんがこれまでに聞いてきたという女性たちのnの数(統計サンプル数)に、ご本人の凄みある妖艶さが相まって、一言ひとことに強烈な説得力がある。年齢も一つしか違わず、「カワサキ タ」まで同じ名前だというのに、私の説得力の貧しさとはえらい違いだ。なんということだ。また、現代の非マッチョ思考な40男の代表としてあちこちで引っ張りだこの田中俊之さんが男性目線から繰り出す「非マッチョ男の本音」にも、逐一「そうだよなぁ」と、女の私がどこか自己経験に基づいた共感を抱くのはなぜだろう。思うに「ふんわりソフトな40男」と「ゴリゴリハードな40女」は似た思考傾向を持つのではないだろうか。つまり、すごく女らしい「ザ・女」や、すごく男らしい「ザ・男」といった両極ではなく、より真ん中へんのニュートラルな立ち位置にあるものとして。

そんなニュートラルな立ち位置の私めがけて刺さったのが、対談第5回「結婚したいのにできない人に必要なこと」の、この会話である。

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【田中】(現代の結婚観に関して)難しいのは、「関心がない」という人が確かに一定数いるのは事実なんです、恋愛にしても結婚にしても。それはちょっと昔とは違いますよね。

【川崎】それはやっぱり、結婚するより楽しいものがいっぱいあるからですか?

【田中】どうでしょうね? 一概には言えないんですけど、誰もが結婚していた時代のほうが少しおかしかったのかもしれない。「恋愛してないと変だ」とか「結婚していないと変だ」という“規範”が緩んだこと自体は、いいことなのかもしれません。結婚した結果として、みんなが幸せになっているわけではないですから。結婚してもうまくいっていない方や、もう離婚されている方もいますしね。

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「誰もが結婚していた時代のほうが少しおかしかったのかもしれない」――これは、冒頭の出雲大社にて、私が持ち前の悪趣味全開でひとさまの絵馬を舐めるように読んで回っていたときに脳裏によぎったことでもある。「◯◯くんと結婚できますように」「◯◯さんが幸せになれますように」「我が家の娘に良いお婿さんが来てくれますように」。そんな風にして「結婚=幸福」の大正義、大前提のもとで展開される微笑ましい絵馬の書き文字を眺めながらぼんやりと思ったのは、

「ケッコンって、そんなにオールマイティなアクセサリだっけ?」

この絵馬たちに書かれている「ケッコン」って、まるでファイナルファンタジーの「キューソネコカミ」みたいだなと思った。ひとたび使えば、ゲームバランスを無視しそれまでの文脈を粉々に砕く強さ。たとえ瀕死であっても、「キューソネコカミ」さえあれば、全ダメージと回復量が9999になるのだ。ケッコンさえすれば、「窮鼠猫を噛む」の言葉通り、それまでがどんなこてんぱんな人生だったとしても下克上し「それからみんな、ずっと幸せに暮らしましたとさ」ですか? いやいや、ケッコンはゴールじゃなくてスタートですよ、”何か”の。まぁそれが何なのかは、人によるんですけれどもね……。

ケッコンは、それさえあればあなたの現状のあらゆる悩みを解決してくれるオールマイティな呪文でも魔法薬でも装備でもなんでもなくて、さまざまな形と表情を持つ“状況”“状態”の呼称にすぎないのだと思う。レンアイも、究極的には脳において化学反応があれこれ起きた結果の“状態”の1つだと最近は思うようになった。そうでなかったら、どうしてあんな不自由なことをわざわざするだろうか? と、好感度の高い某ハーフタレントと、某バンドフロントマン(新婚)の不倫スキャンダル報道を目の端で見ながら独りごちるのである。

「誰もが結婚していた、少しおかしな時代」。それは、結婚という形に「生き残る/生き延びるため」の社会契約がかぶされ、結婚で人間的信用が一部担保されていた過去の習慣だったのかもしれない。結婚と出産が「動物として正しい行動」のようにニコイチ扱いされるのも、高度な動物たる人間社会としてはそろそろ次の価値観に移っていい頃だ。最近は少子高齢化社会を前提としたロボット工学や人工知能の現場取材などをすることも増えているのだが、「今後生まれてくる子どもはロボットやAI以上であることがボトムラインになるわけだよなぁ」と、なんとも皮肉な気持ちになる。

2015年に大ブームを起こした「女性活躍」や、それとは一見趣旨を異にするかのようでありながら切実な「婚活」というタームを、2016年はどんな言葉が更新していくのだろう? そんなことをぼんやり考えつつ、いつもの調子で腰痛を気にしながらPCの前に座って原稿を書き出す2016年の正月。東京オリンピック・パラリンピックまであと4年、そしてリオデジャネイロオリンピックの2016年がいよいよ開幕だ。とにもかくにも皆さま、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

河崎環(かわさき・たまき)

フリーライター/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川育ち。乙女座B型。執筆歴15年。分野は教育・子育て、グローバル政治経済、デザインその他の雑食性。 Webメディア、新聞雑誌、テレビ・ラジオなどにて執筆・出演多数、政府広報誌や行政白書にも参加する。好物は美味いものと美しいもの、刺さる言葉の数々。悩みは加齢に伴うオッサン化問題。