2015年11月に株式上場を果たし、大きな話題となった日本郵政。けれども、インターネットや携帯電話、スマホの普及により年賀状の発行枚数が減少するなど、私たちが日頃目にする事業は縮小しているようにも感じます。なぜ郵便局はつぶれないのか、そのビジネスモデルに迫ります。

年間103億円の赤字でも商売は成り立つ?

2015年も残り1カ月足らずとなりました。師走と呼ばれる12月は、多くの方にとって1年間で最も忙しい月ではないでしょうか。仕事納めに向けての業務や忘年会、クリスマスパーティーといったイベントに加え、年賀状の準備もあります。

年賀状は年始の挨拶とともに親戚や友人に近況を知らせたり、仕事関係者に感謝の気持ちを伝えたりするのによい手段です。しかしインターネットが普及するようになってからは年賀状の代わりにメールで済ませる若年層が増え、年賀状を出す人口は年々減少傾向にあります。年賀状の発行枚数は2003年の44億枚がピークとなり、2015年は30億枚まで落ち込んできたようです。

お正月の風物詩である年賀状。一方で、「友達には年賀状の代わりに、メールやSNSで“あけおめ”」という人も増えました。

年賀状だけではありません。手紙やハガキといった郵便物もメールなどで代用できるようになり、日本郵政の郵便物取扱件数は減少の一途を辿っています。

1871年に創業され、144年以上もの歴史をもつ日本郵便は、全国津々浦々に郵便局をかまえることで国民の生活に密着してきました。その決算資料のセグメント別損益によれば、2015年3月期の郵便業務など収益は1兆8127億円。年間220億もの件数を取り扱っているだけに売上高は巨額ですが、ふたを開けてみると103億円の営業赤字です。

人口が極めて少ない地域にも郵便局は在ります。そこでは当然、郵便局の運営コストは売上に比べて高くつきます。郵便局員の人件費や集配運送料、施設関連費といった経費などを考えると郵便事業は採算の合う商売ではなくなってきたのです。それでも補助金に頼ることなく日本郵便は会社として立派に事業を成り立たせています。実はその背景には、賢いビジネスモデルが存在していたのです。

赤字でも撤退すべきではないケース

日本郵便は郵便事業だけではなく、金融窓口事業も営んでいます。実はそこに秘密があります。郵便局の窓口では切手や印紙などの販売だけでなく、ゆうちょ銀行やかんぽ生命保険からの受託で銀行窓口業務や保険窓口業務なども行っています。後ほどご紹介しますが、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険では郵便サービスをはるかに上回る収益を計上しています。日本郵便はそこから手数料を得ているのです。銀行代理業務手数料と生命保険代理業務手数料を合わせて9628億円の売上です。そして金融窓口業務では209億円の営業利益を計上しています。利益率は2%でそれほど高くないのですが、郵便事業での損失をカバーできる額です。

また、郵便事業のみでは儲からないのですが、郵便を引き受けるからこそ銀行業務や生命保険業務の売上が伸びるということがあります。例えば郵便局で郵便物を出すついでに公的年金などの支払いをしたら、投資信託や保険などを勧められたといった経験のある方は少なからずいるのではないでしょうか。保険会社の窓口に行くのには気が張りますが、郵便局なら気軽に行けます。そこで勧誘を受けたら「ひとまず話を聞いてみよう」と思う方も多そうです。実際に、2015年3月期にはかんぽ生命で郵便局との連携による営業推進態勢の強化を図ったりした結果、新商品の発売とも相まって個人保険の新契約件数が前期比14万件も増えたそうです。

このように単一の事業では儲からなくても、それを続けることによって他の事業の商品が売れる場合、安易に撤退しない方が賢明なのです。

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日本郵政 事業系統図

では、郵便局を運営する日本郵便の次に、それを傘下におさめている日本郵政の業績もチェックしてみましょう。日本郵政と日本郵便、名前は似ていますが両社は親会社と子会社の関係にあります。日本郵政はほかにゆうちょ銀行及びかんぽ生命保険も傘下におさめているため、連結ベースの業績を見ることでグループの全貌が確認できます。なお、事業系統を簡単に示すと、図は次のようになります。

「国内売上No.1企業」の主な業務は生命保険

2015年3月期における日本郵政の連結売上高は14兆2588億円です。東証一部に上場している会社の同期における連結売上高のランキングでは、トヨタ自動車が27兆円で1位、本田技研工業が13兆円で2位であったことから、日本郵政の売上高はトヨタ自動車に次ぐ大きさだということが分かります。

ただ、トヨタ自動車は海外売上が全体の77%以上、本田技研工業に関しては海外売上が全体の84%以上を占めているのに対し、日本郵政は国内での売上がほとんどです。そのため、日本市場における売上高に限定すると、日本郵政がダントツの1位となります。

その収益の内訳はどうなっているのでしょうか。セグメント情報を見れば売上高の事業別内訳が明らかとなります。それによれば、14兆円もの売上高のうち、なんと生命保険事業が10兆円以上を占めており、全体の7割を超えています。日本郵政の主な収益源は、郵便・物流サービスでも、銀行業務でもなく、実はかんぽ生命保険が中心となっている生命保険業務だったのです。

生命保険事業では終身保険や養老保険、学資保険といった個人保険や個人年金保険を数多く取り扱っていますが、売上高の規模からしていかに多くの国民が保険に加入しているかがうかがえます。

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【上】日本郵政 売上の内訳【下】日本郵政 売上高の推移

ただ、中期の売上高の推移を見ると、売上高は減少傾向にあります。

17兆円以上もあった売上高が5年間で3兆円以上も減り、中でもメインの収入源となるかんぽ生命保険の減少は1.5兆円と、半分近くを占めています。そのうち、保険料収入などの減少が1.4兆円近くですので、今後いかに多くの魅力的な保険を打ち出せるかが勝負どころです。なお、このような状況下において、2014年4月に発売された学資保険「はじめのかんぽ」は好評を博し、保険料などの収入を前年比で451億円増やす結果となっています。

“売上のかんぽ”と“利益率のゆうちょ”を支える日本郵便

日本郵政の売上No.1は生保だということが分かりました。それでは、利益面はどうでしょうか。売上が巨額であってもきちんと利益を出していなければ意味がありません。企業にとって最も大事なのは最終的な取り分のため、利益は欠かさずにチェックしたい経営指標の1つです。

日本郵政の連結財務諸表によれば、2015年3月期の経常利益は1兆1158億円、当期純利益は4826億円です。経常利益率は7.8%、当期純利益率は3.4%の計算となり、ごく一般的な利益水準と言えます。

日本郵政 セグメント利益の内訳

事業部ごとの利益構成は図「日本郵政 セグメント利益の内訳」の通りです。1兆円のセグメント利益のうち最も大きな割合を占めているのは、売上の最も多い生命保険ではなく、銀行業だということが分かります。銀行業は当期純利益率が20%を超えることも決して珍しくなく、一般的に高収益です。同じように日本郵政においてもゆうちょ銀行を中心とする銀行業の収益性が最も高く、セグメント利益における利益率は27%です。これに対して生命保険業の利益率は5%程度で、利益が4926億円。売上がゆうちょ銀行より8兆円以上も多いのにも関わらず、利益は769億円少ない結果となっています。

なお、その他の事業には宿泊事業や病院事業などが含まれます。関係会社からの受取配当金を1千億円以上収益計上したことから、セグメント利益の構成割合が12%となり銀行と生命保険の次に高くなっています。

2015年11月4日に日本郵政、ゆうちょ銀行及びかんぽ生命保険の3社は同時に上場し、1987年のNTT以来の大型上場として世間から大きな注目を集めました。配当利回りが最も高いということもあり、3社の中で最も人気高かったのはかんぽ生命保険です。ただ、売上高はかんぽ生命保険には及びませんが、利益面で優れているのはゆうちょ銀行です。売上高や配当利回りも大事ですが、投資をする際は利益にも着目すると、違った側面が見えてくるのではないでしょうか。

また、かんぽ生命保険とゆうちょ銀行を支えている日本郵便の存在も無視できません。薄利ですが、保険業と銀行業の売上アップに一役を担っている日本郵便。1つの会社を他のグループ企業との関連性で捉えると、また見方が変わってくることもあるのです。

秦 美佐子(はた・みさこ)
公認会計士
早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に公認会計士試験に合格し、優成監査法人勤務を経て独立。在職中に製造業、サービス業、小売業、不動産業など、さまざまな業種の会社の監査に従事する。上場準備企業や倒産企業の監査を通して、飛び交う情報に翻弄されずに会社の実力を見極めるためには有価証券報告書の読解が必要不可欠だと感じ、独立後に『「本当にいい会社」が一目でわかる有価証券報告書の読み方』(プレジデント社)を執筆。現在は会計コンサルのかたわら講演や執筆も行っている。他の著書に『ディズニー魔法の会計』(中経出版)などがある。