YouTubeのCEOが女性で、しかも5人(!)の子供を育てるワーキングマザーだということをご存じだろうか。また女優ジェシカ・アルバが実業家に転身し、2児の母として活躍していることを……。彼女たちは今、アメリカの社会を変え、ワーキングマザーたちを助けるべく“あること”に取り組んでいる。

日本ではここ数年「マタハラ」という文字をあちこちで見かけるようになったが、アメリカの女性、そして男性は別次元の問題を抱えている。なぜなら、産休・育休が国の法律として定められておらず、雇用主の裁量に任されているためだ。

そんな状況と静かに戦っている人がいる。5人目の子供を産むために取得した5回目の産休・育休から復帰したYouTubeのCEO、スーザン・ウォシッキー氏だ。「有給の産休は女性と会社の両方にメリットがある」と、国と企業に有給産休の重要性を訴えている。

Googleで初めて産休制度を利用した女性は、YouTubeのCEO

だれもが知っているサービス、YouTube。しかしそのCEOがウォシッキー氏であることは、あまり知られていないかもしれない。2014年にCEOに就任したばかりだから認知度が低いのは仕方がないとして、ウォシッキー氏の”トリビア”はたくさんある。Googleに関するものをほんの少しあげてみよう。

・2015年夏にGoogleが設立した持ち株会社「Alphabet」。時価総額約58兆円といわれるAlphabetは、当時新婚だったウォシッキー夫婦の新居のガレージで始まった。
・ウォシッキー氏はそのGoogleの創業者2人に説得されて妊婦のときに入社、Google社内で初めて産休制度を利用した。
・ウォシッキー氏は3姉妹で、妹はGoogleの創業者の1人であり現在Alphebetのプレジデントを務めるセルゲイ・ブリン氏の元パートナー(もう一人の創業者は現在AlphebetのCEOを務めるラリー・ペイジ氏)

……などなどだ。

さて本題に入ろう。そのウォシッキー氏は2014年末、5回目の産休に入る前に、Wall Street Journal紙のオピニオン欄に「Paid Maternity Leave Is Good for Business(有給の産休は企業によい効果をもたらす)」という寄稿をした。

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YouTubeのCEO、スーザン・ウォシッキー氏はWall Street Journalに「有給の産休は企業によい効果をもたらす」という寄稿をした。

レストラン顔負けの無料社員食堂など、Googleは従業員に対する福利厚生が手厚いことで知られるが、ウォシッキー氏は同社で産休制度を利用した第1号社員として、制度の拡大をプッシュしてきた。その結果もあって、Googleは2007年に女性社員向けの有給での産休を18週間に延長している。男性(父親)は12週間を用意する(同じく2007年に7週間から拡大した)。「有給での産休を長くしたところ、女性社員のリテンション(維持)に大きな効果があることが分かった」――9月末、セールスフォースドットコムのイベント「DreamForce 2015」(関連記事:http://president.jp/articles/-/16547)の一環として開かれた「Women’s Leadership」に登場したウォシッキー氏は、こう報告した。

4人に1人は、出産後10日で職場に復帰する

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YouTubeのCEO、スーザン・ウォシッキー氏。15歳から8カ月まで、5人の子どもたちを産み育てながら働いている。

驚いたのが、ウォシッキー氏が語るアメリカの現状である。「お産をした女性の25%が、10日後に職場に復帰している」というのだ。25%、つまり4人に1人である。「アメリカの多くの女性が、業種に関係なく産休がない状態。企業のうち有給の産休制度を用意するところは24%にとどまる」とウォシッキー氏は衝撃の事実を淡々と告げる。

「社員に休まれると企業としては、その人の分の作業がどうなるか、従業員を失うのではないかと不安になる、それは理解できる」としつつも、「私が(産後)10日後に復帰を求められたら、会社を辞めるだろう」と、子供を持つ・持とうとする女性の過酷な環境にNoを突きつけた。「(10日後といえば)ホルモンのバランスはめちゃくちゃだし、赤ちゃんはまだ弱く、睡眠や食事のリズムも定着していない状態。こんな状態で戻るのは酷だ。だが仕事を休むと、会社を辞めることになり、収入がなくなる。女性達に選択肢はないのだ」穏やかな顔だが、その声からは怒りを感じた。

Googleは有給での産休を女性は18週、男性は12週へ拡大

解決策は何だろうか? 「企業が有給制度として産休を導入することだ」とウォシッキー氏は言う。Googleでは女性向けに18週間の有給産休を導入した結果、さまざまなポジティブな結果があったという。まずは女性社員への効果。4カ月以上の時間があれば、赤ちゃんは少し大きくなり、母子の睡眠や食事のリズムができたころだ。女性は心理的に「仕事に戻るという心の準備ができる」――5回の出産経験を持つウォシッキー氏の言葉は実感を持って響く。確かに10日後に出勤した場合、母体と赤ちゃんへの健康も最終的には企業にとってリスクとなるはずだ。

企業にもメリットがある。Googleが産休を12週間から18週間に延長したとき、出産後の女性の離職率が50%減ったという。カリフォルニア州が有給での産休を導入したところ90%以上が、「影響はなかった」「よい影響があった」と回答したとのこと。「数字からも、(雇用主が)有給で産休を提供することは企業と親の両方にとってメリットがあることは明らか」とウォシッキー氏は語る。

ジェシカ・アルバは女優から実業家に転身

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ハリウッドの人気女優、ジェシカ・アルバは今や急成長する「The Honest Company」を経営する実業家。自身の出産・子育ての経験を生かし、健康によく環境に配慮したおむつやおしりふき、ママバッグなどを販売している。

Women’s Leadershipイベントに、ウォシッキー氏と共にパネリストとして出演していたのが、ハリウッドの人気女優ジェシカ・アルバ氏だ。彼女は現在、「The Honest Company」という家庭用品ブランドを扱う企業を立ち上げて急成長中。The Honest Companyは時価総額10億ドル、2015年の年商は2億円以上の見込みで、2人の子どもを育てながら実業家として活躍している。彼女もまた、ウォシッキー氏と同じ問題意識を持っている。ちょうどこのイベントが行われていた頃、ジェシカ・アルバ氏は自分の会社の産休を10週間から16週間に拡大することを発表し、話題を呼んだ。

そしてモデレーターを勤めたのは、CBSのニュース番組「CBS This Morning」のアンカー、ガイル・キング氏。現在60歳のキング氏は31歳と32歳で出産したときの体験を振り返り、「当時、産休は選択肢にはなかった。(子供が生まれた5月は)ニュース番組が年間で忙しい時期だったのと、欠けた期間が長いと忘れられるという焦りがあった」と語る。

ウォシッキー氏とアルバ氏、2人の出産への姿勢を聞きながら、キング氏は時代が変わったことを喜びつつも、「女性は1人出産すると所得が4%低くなるが、男性は6%増える。父親は母親よりも有能で安定しているという社会認識がいまだにある」とアメリカに残る根強く残る男女の差を指摘した。

これを受けてウォシッキー氏は「フェアじゃない」と認めつつも、「社員を大切にする企業は、家族を大切にする社員が自社にとって重要であることを理解しつつある」と変化の兆しがあると話す。「社員が成長や改善に寄与すると理解している企業は、優秀な社員を維持したいと思っている」とCEOとしての見解を示した。

育児は永遠ではない、トンネルの先に光は必ずある

ウォシッキー氏は、必死に育児と仕事をやりくりしている女性に次のようなエールを送る。「生後すぐから3歳ぐらいまでは目も回るぐらい大変。でも、子供は3歳ですでに家の外に出て、人と関わりたいという社交性が出てくる。子供自身の人生、そして活動が始まっている。(自分の経験を振り返ると)特に1人目は大変だったが、必ずトンネルの先に光があるということに気付いた。この時期特有の“育児に追われる日々”は、必ず終わる。永遠じゃない。(略)それが頭にあれば、大変だからと即座に仕事を辞めずに長期的な視野でキャリアを続けることができるし、特有の忙しい時期を過ぎれば新しいスキルを身につけることも可能だ」と励ました。

セールスフォースのイベント「Women’s Leadership」にて。左からガイル・キング氏、スーザン・ウォシッキー氏、ジェシカ・アルバ氏。3人とも5センチはありそうな高いヒールで登場した。年齢もキャリアもさまざまだがそれぞれにカッコイイ。

ウォシッキー氏は以前からワークライフバランスの推進者として知られるが、仕事を続けながら子供を産み、育てるということは、大きく見るとワークライフバランスそのものといえる。子供を持つと出勤時間と退社時間の両方で子供優先となるが、「生産性と労働時間は比率しない」とウォシッキー氏は励ます。「残業して週末も働けば成功するのではないか、と認識している人がいるが、そうではない。もちろん、仕事中はベストを尽くさなけれなばならない。だがバランスも必要だ」。

仕事の質を上げるためにも、ワークとライフのバランスが大切

子供を持ちながら働くことは、決してキャリアにとってマイナスになるわけではない。むしろ、プラスになることもあるのかもしれない。

ウォシッキー氏自身もそれを実感している。彼女はマーケティング担当としてGoogleに入社した後、広告部門の重役になる。Googleは大型買収を多数行っているが、その中でも最大級の2つであるYouTubeの買収と、その後の広告事業の柱となったDoubleClickの買収を成功に導いたのが彼女だ。こうした実績を認められ、2014年にはYouTubeのCEOに就任。その間に4人の子供を産み育て、YouTubeのCEO就任後に5人目を産んだ。一番上は15歳、下は8カ月だという(スピーチ時)。

これまでの自身のキャリアを振り返った次の言葉は、説得力を持って響いた。「自分自身、アイデアがどこから出ているのかと考えると、残業しているときではない。広い視野を持ち、フレッシュなまっさらな状態で創造的に物事を見ることができたときだと思う。企業はこれに気が付くべき。ワークとライフのバランスはとても大切」

産休・育休や時短勤務といった制度はあっても、休みにくい、早く帰りにくい雰囲気が職場にある、というのが問題の多くを占める日本では、アメリカと事情は異なる。だが、子育てをしながら働くと、子供が否が応でも「ライフ」に引き戻してくれる。働く親たちは、このメリットにもっと気がついても良いのかもしれない。

フランスでは出産後2~3日で退院が普通

パネル中、出産10日後に職場に復帰するというアメリカの母親たちを想像したときに、自分の体験を思い出した。私はフランスで2児を出産したのだが、そのとき驚いたのが、出産後2~3日で退院するのが普通だということ。日本ではお産のために入院するとお客様のように妊婦は大切にされると聞くが、フランスの場合、看護婦さんを始め周囲はいい意味で甘やかしてくれなかった。

今思えば、それがすぐに日常に復帰できた理由の1つだったのかもしれない。全体として、出産とは“ものすごく非日常的で特別なことではない”というところだろうか。その感覚を延長すると、出産のために制度を利用して休むことも、その後復帰することも、本人にとっても周囲にとってもさほど特別ではないことになるのか、とも思った。もちろん、長期休暇をみんなが取るので、その間のフォローがきちんとできるという体制がもともとあることが一番の違いだと思うが。

末岡洋子
欧州IT事情に詳しいフリーランスライター。@IT(アットマーク・アイティ)の記者を経て、フリーで活躍中。