日本が長年懸案としてきた「女性の労働参加」問題を解決するためには、具体的にどのような方法をとればいいのか? ベストセラー『ワーク・シフト』の著者であり、働き方の未来について研究を続けるリンダ・グラットン教授は、「ミニ起業家」というキーワードを挙げる。

安倍政権が掲げる「女性が輝く日本」、つまり、女性の活躍推進。グローバルに通用する世界トップレベルの雇用環境・働き方の実現を目指すということだが、その達成には程遠いのが現状である。

例えば、OECD・経済開発協力機構が今年7月に発表した「雇用アウトルック2015」によると、日本における25歳から54歳までの女性の労働参加率は、74.5%。前年から約1ポイント上昇したものの、女性の労働参加が進むスウェーデンの88%、ノルウェーの84.1%などと比べると、大きく水をあけられている。

背景には、20代から30代で出産した女性たちが退職するという問題がある。筆者の周囲でも、出産を経て、小さな子どもの育児期を迎えた優秀な女性たちが、育児と仕事の両立の難しさから、悩んだ末にやむなく退職を選択する例が後を絶たない。苦渋の決断を耳にする度に、個人的にそれぞれの選択を応援したい気持ちになると同時に、企業、ひいては社会にとっても大きな損失となる、優秀でやる気のある人材の労働参加の断念を、なんとか食い止められないものかと思ってしまうのだ。

日本が長年懸案としてきた「女性の労働参加」問題。多角的な視点を身に付け、具体的に行動を起こしていくにはどうすればいいのだろうか? そのためのヒントを探ろうと、ベストセラーとなった『ワーク・シフト』(2012年)の著者で、経営組織論の世界的権威として知られる、ロンドン・ビジネススクールのリンダ・グラットン教授にインタビューを行った。「働き方の未来」について、長年、調査・研究を続け、日本を何度か訪れたこともあるグラットン教授の目に、女性の労働環境をめぐる日本の現状はどう映っているのだろうか。

日本の“良さ”とされていたことが、社会の変革を難しくしている

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『ワーク・シフト』著者、リンダ・グラットン教授

グラットン教授は、日本の企業文化について、こんな比喩を用いて表現する。

「日本の組織構造は、まるでクルミの殻のようです。堅く、美しく閉じられていて、開けることはほぼ不可能です。殻を壊すためには、叩き割るか、こじ開ける道を見つけるしかない。しかし、雇用制度もフレキシブル労働についての考え方も、フルタイムで働く男性社員を対象にデザインされていて、女性の雇用を増やす道を見つけ出すことはとても難しい」

新卒一括採用や終身雇用制、年功序列の報酬制度といった、日本の“良さ”として伝統的に大切にされてきた事柄が、今になって社会の変化を困難にしているというのである。

その結果として、人材の流出も進んでいるとグラットン教授は指摘する。

「日本を訪れた時に気付いたのは、優秀で才能のある女性たちの多くが、日本企業以外の外資系企業、例えば、アメリカンエクスプレスやユニリーバといった企業で働いているということです。実際にこうした企業の人たちと話をすると、『日本は大好きだ。なぜなら、最も優秀な女性たちが我々と働きたいと言ってくれるのだから』と言うのです。要するに、あなたたち(日本人)は、優秀な人材に十分な昇進の機会を与えられず、失っているのです」

「30%」という数字には意味がある

女性社員の昇進の問題に関しては、アベノミクスの中でも、女性管理職の割合を2020年までに30%に引き上げるとの目標が掲げられている。現状、10%程度であることを考えると、道のりは長いように感じられるが、この「30」という数字には大きな意味があると、グラットン教授は語る。

「30%という数字は、ひとつの分水嶺になるのをご存知ですか。グループの中で、あるカテゴリーの人が30%を超えると、ステレオタイプに振る舞わなくなります。つまりその割合が30%以下の場合、女性たちは、例えば、とても攻撃的であったり、逆に従順であったりと、ステレオタイプに行動しがちで、リーダーシップを発揮することはありません。しかし、30%を超えると人々は性別について語らなくなり、自由に振る舞うようになります」

とはいえこの問題は、個人の問題ではなく、日本の社会や組織といったシステム上の問題であるがゆえに、個々が努力して解決するのは難しいように見える。

「私が若い女性たちにいつも言うのは、コミュニティやグループを作りなさい、ということです。個人が何か変化をもたらすことは、非常に難しいことです。例えば、女性が起業をする場合も、サポーターのコミュニティが周囲にあることで、成功しやすくなります」

この言葉を聞いて思い出したのが、かつて取材した日本の女性起業家、光畑由佳さんのことだ。自らの子育て経験から、授乳服の製造販売を手掛ける「モー・ハウス」を立ち上げ、年間6万枚を売り上げる会社に育てたばかりか、「子連れ出勤」が可能という、子育てと働くことを両立したいママ達には、夢のような労働環境を自社で実現した。光畑さんは「事業の継続と成長を可能にしたのは、授乳服を通して発信するメッセージに共感してくれる、顧客やスタッフといった周囲のサポートに他ならない」と常々語っている。

光畑由佳さんが立ち上げた「モー・ハウス」。いつでもどこでも授乳ができる服を製造・販売している

2025年、何十億もの人たちがミニ起業家として働く

グラットン教授ご自身も、2人の息子さんを育てながら、ビジネススクールの教授、作家、そして、ホットスポットムーブメントという、企業を対象としたコンサルティングファームの主催者という、多彩な顔を持っている。

著書『ワーク・シフト』の中で、教授は、2025年には、世界中で何十億もの人たちがミニ起業家として働き、ほかのミニ起業家とパートナー関係を結んで、相互依存しつつ共存共栄していくエコシステムを築くようになると、未来を予測している。

こうした小さな事業を手掛けるミニ起業家は、自ら仕事や働き方を選び、デザインできるという意味で、これからの女性の働き方の有力な選択肢のひとつとなり得る。その可能性を教授に尋ねると、「来年(2016年)出版予定の本の中では、ミニ起業家のことを“インディビジュアル・プロデューサー”と呼んでいます。私もそのひとりです。私が始めた“ホットスポットムーブメント”の活動に携わるスタッフは、たった10人しかいませんし、規模を拡大することもありません。なぜなら、10人が生きていくのに必要な資金を稼ぐことを可能にするよう完璧にデザインされているからです。もちろん私たちは億万長者ではありませんし、この活動をどこかに売却することを考えたりするわけではありません。でも、私たちにとって、この活動は“喜びの源”。顔の見える人数でビジネスを構築することは、本当に素晴らしいことです」と笑顔で語った。

企業が未来の働き方について考えるのを手助けしたい――そんなグラットン教授の思いと、それに共鳴するスタッフたちの思いが、活動の原動力となっているのだ。グラットン教授は、「何より、好きなことをするべき」と語り、実際、ロンドン・ビジネススクールの学生で起業するのは女性の方が多いと教えてくれた。

大切なのは、「行動を起こし、続けていくこと」

『ワーク・シフト』。2013年にビジネス書大賞を受賞した話題作。今後の世界に起こることを丁寧に整理した上で、これからの人々の働き方について、予測に基づくアドバイスを行う。

グラットン教授は、こんな言葉でインタビューを締めくくった。「若い女性たちの声を聞き、女性役員登用の目標値を設けたり、女性たちがネットワークを形成するのを奨励したり……もう既にスタートし始めている、一連の取り組みを加速させることです。ですから私は、さまざまな会議に出席しても、女性の問題について、何をすべきかを口にすることはありません。もう、皆知っているからです。とにかく、やるしかないのです。始めるしかないのです。難しくはないでしょ? 必要なのは、ウィルパワー、強い意志だけです」

筆者はこれまで、番組を通して、さまざまな分野で活躍する100人を超える女性たちにインタビューしてきた。そうした中で、思いをエンジンにして即、行動を起こし、周囲を上手く巻き込み、共感者を増やし、できることを、できるだけ続けていくうちに活動が大きくなっていく……こうしたパワフルな女性たちに大勢出会ってきた。

グラットン教授が示唆する、変化に立ち向かう「強い意志」を携えた女性たちは、既に日本にもたくさん存在する。今必要なのは、それぞれが、共存共栄を目指し、協力し合って、小さな力を大きなパワーに変えていくことなのかもしれない。

石山智恵

フリージャーナリスト。NHK BS-1「経済最前線」、BS-TBS「女子才彩」など、主に報道・ドキュメンタリー番組のキャスターを19年間務めたのち、家族と渡英。City University Londonにて修士号取得。女性の働き方・生き方をテーマに取材を続ける。著書に『わたし色の生き方』(PHP研究所)。