岡本夏生さんがテレビ番組で「あなたには一生の不覚がありますか?」と問われ、「子どもを産まなかったこと」と答えたのが話題になっている。20~30代、仕事が面白くなってくるこの時期にいつ産むべきか、産まざるべきかというのは働く女性にとって大きな問題だ。河崎環さんの答えは……?
 

コラムニスト・河崎環さん

バブル期に一世を風靡し、以後山あり谷ありの人生を経て再ブレイク。回転数の増したキレッキレの言動が注目されている岡本夏生さん。彼女の発言が、最近また女性視聴者の心の深奥を力強く握り締めたと、話題となっている。

出演する情報番組で、「あなたには一生の不覚がありますか?」と質問され、「子どもを産まなかったこと」だと熱弁したという岡本夏生さん。「健康な子宮と産道を持ちながら、子どもを産まなかった。閉経して分かったけれど、2億年も前から先祖がバトンを渡してくれてきたものを閉ざしてしまったというのは、自分だけの問題じゃなかった。20代、30代でこれを理解していれば……」と、後悔の念を口にしたという。

これを受けて、今まさに30という数字を前にして結婚出産のタイミングに悩む20代女性や、上り調子のキャリアの中でいわゆる「高齢出産」年齢にさしかかった30代女性が、考え込んでしまったのだ。やはり人生の先輩が口にする「一生の不覚」という言葉の重みは、ずしりとくる。

破天荒なキャラクターの岡本夏生さんの場合、そこには「よく分かっていなかったから出産しなかった自分」への後悔と笑いがあるので反発はなかったが、2014年1月、埼玉大名誉教授の長谷川三千子氏が「女性の一番大切な仕事は子供を生み育てることだ。性別役割分担論は極めて自然なもの。男女雇用機会均等法は個人の生き方への干渉であり、誤り」とのコラムを発表した際には、激しい論争が起きた。女性ならではの出産というライフイベントを「産むなら健康的に産めるうちにするといいよ」と奨励するまではいいが、生き方云々や「男女の役割」まで出産にかぶせてしまうのは、それこそ「個人の生き方への干渉」だ、出産のイデオロギー化に過ぎる、といった反応が多かったように思う。

2014年1月、埼玉大名誉教授の長谷川三千子氏が新聞に寄稿したコラム“年頭にあたり「あたり前」を以て人口減を制す”は波紋を呼んだ

20代や30代で出産に迷う女性の本音は「仕事がどんどん面白くなり、背負う責任も大きくなってきたときに、出産でその道を外れることへの抵抗感や遠慮」にあるだろう。「子どもは相手の男性あってのものなのに、どうして女性側だけが?」という思いも当然出てくる。しかしそこには、抗えぬ生物学的な限界としての出産好適年齢があり、実際に高齢になってからの不妊や出産リスクが大きな問題になっているのを見て、迫り来る生物学的時計のプレッシャーに、また迷うのだ。

今手にしているものを手放すかもしれないという恐れ、今の生活が大きく変化するかもしれないという恐れ。妊娠・出産が他人事ではなく「自分事」となったとき、「そんな変化を恐れるな! だってどうせ出産の大正義の前にはあなたの葛藤なんて大したことないんだから、むしろ出産子育てが女性のあるべき姿であり、仕事なのよ」と上から目線で言われて、反発がわき起こらないわけはない。

でも私は、出産に迷うことができるとか、後悔することができる人というのは、ある意味で「出産の可能性」や「出産の意志」を多少なりとも持つ人、持っていた人なのだと思う。岡本夏生さんの言う「健康な子宮と産道を持っていたのに」というのがまさにそれで、出産というただ一点に関して向き不向きで言うなら、向いている。ただ、迷う自分の背中を押されるかそうでないか、それだけなのだと感じる。

私は自分がひどく若い頃に「飛んでから考えた」というタイプだ。22歳で学生出産し、結果、20代はずっと大葛藤しっぱなしの無謀なじゃじゃ馬だった。今もよく口にするのは、「私は新卒でお母さんになったので」。”お母さん”起点でキャリア(?)が始まったため、何をするにも兼業主婦であることが大前提。子どものお迎えまでの数時間で何をするか、どこまでできるかが私にとっての職業人生だった。そう、“カッコよくて華やかな独身キャリアウーマン”なんて時は、一瞬たりともなかった人生である!

そういうまったく好条件の揃っていないところで、それでもアレもコレも諦めきれずに泣きわめきながらじたばたしてきて、出産から20年経った今思うのは「人生っていつか帳尻が合うんだなぁ」ということ。周囲の人たちを見ていると、それぞれの人材にサイズというかキャパシティがあり、さすがに40も越えると己のサイズが分かってくる。そのキャパシティが満たされているか否かで、それぞれ「幸福感=帳尻が合った感」が違うようだ。

私に関して言うと、自分の器がもっと大きいと思っていた頃は「こんなの私じゃない!」「もっとできるはずなのに!」と、それはもう醜く暴れていた。しかし、自分のサイズ感がようやく分かってきて「やだアタシ、思ってたよりはるかに小っちゃいわ~(笑)。持ってるもので頑張るしかないわ~」と受容したら、何だか憑き物が落ちたみたいにラクになった。

誰だって、そのときに持っている力以上のものを欲したら無理が生じる。そこを、努力や才覚で克服するんだとゴリゴリやってできるのなら、もともとキャパシティが大きい人なのだから、そのまま進めばいい。だけど「自分はそうじゃないなぁ」という実感があるのなら、時期をずらすのも一考だ。マルチタスク思考で、一度にあれもこれも全部実現するのばかりが「優秀」「良い人生」、まして「正解」なわけじゃない。全然ない。

最近はみんなよく分かってきて、「ワークライフバランスというのは、個々に解がある『それぞれのバランス』の話であって、全てを同時に均等に持つ必要はない」と言われ始めた。「女性はマルチタスク脳なんだから、あれもこれも上手に賢く切り盛りする方法論を考えましょう!」なんて話には「古いわ。ケッ」という拒否反応が出始め、女性があれもこれも選べる時代になったからこそ、むしろシングルタスクの姿勢でそれぞれに真正面から取り組んで納得のいく作業をしたいと考える若い女性も、声を上げ始めた。

第25代オーストラリア総督を務めたオーストラリア人の女性政治家、クェンティン・ブライスの有名な言葉に、「女性は全てを手に入れることはできる。ただ、全てを同時にとはいかないだけだ」というのがあって、あちこちで引用されている。けだし至言なり。自分がきちんと納得できる人生を送るためには、世間が与える型に自分を当てはめにいくのではなく、自分で「今何を拾い、何を捨てるか」を決める判断をし、判断することを恐れない力を持つことの方が、ずっと大事だと思っている。

出産も、その判断の中の1つだ。大きな判断ではあるが、決めるのは自分自身のはず。否定しがたく時が刻まれているのに耳を傾けた上で、今のあなたにそれが大事だと思えるなら、ぜひ踏み出せばいい。

河崎環(かわさき・たまき)
フリーライター/コラムニスト。1973年京都生まれ、神奈川育ち。乙女座B型。執筆歴15年。分野は教育・子育て、グローバル政治経済、デザインその他の雑食性。 Webメディア、新聞雑誌、テレビ・ラジオなどにて執筆・出演多数、政府広報誌や行政白書にも参加する。好物は美味いものと美しいもの、刺さる言葉の数々。悩みは加齢に伴うオッサン化問題。