この30年間で大きく変革を遂げてきた情報通信業界で、グローバルに活躍をしてきたBTジャパン社長の吉田晴乃さん。 プライベートでは一人娘の母。シングルマザーとして娘を育てながらキャリアを築いてきた。 そんなグローバル市場で活躍する彼女が心がける「伝え方」の奥義を聞いてみた。

社内のコミュニケーションにも、同じことがいえます。イギリス人の私の上司はものすごく厳しい人で、一度、「NO」と言われたら、ひっくり返すのに100万倍の時間がかかる。しかも、とても忙しいからなかなか時間が取れず、もらえてもわずか5分。そのうち1~2分は「How are you doing?」のような挨拶で消えるので、実質的には3分間でプレゼンをしなければなりません。短い時間の中でどのように伝えるか、練りに練ります。こう言われたらこう返そうとか、何度もシミュレーションする。時間が短いからこそ、徹底的に考えて臨むわけです。

吉田晴乃さん

プレゼンに使う資料についても、どう作ったかによって見え方はまるで違ってきます。私は社長のポジションに就いてからも、ここぞという資料は絶対に自分で作る。色からなにから自分で選んで、この紙、この一枚に時間を費やす過程で考えがまとまり、魂が宿っていくと信じているからなんです。

社員にはよくこう言うんです、「恋愛で考えてみなよ。好きな人をデートに誘おうと思ったら、どうやって誘えば応じてくれるか真剣に考えるでしょ?」って。そこでデートができたとして、じゃあ、もう一度誘ったときに「NO」と言われないためにはどこに行くか、どんなレストランで食事をするか、どんな話題で楽しませるか。眠れないほど考えるじゃないですか。あの感じですよね。

仕事も一緒。部下のプレゼンを聞けば、時間とエネルギーを費やしたかどうかはすぐにわかります。「何も考えてないな」と思ったらタイムアウト。担当者が本気でないものが、何かを起こせるわけがないんです。もし、自分の提案が文句を言っているように受け取られたのなら、まだ詰めが甘い証拠なのでしょう。もっと時間をかけて、伝え方を工夫すべきですよね。そう言っている私もいまだ猛省の日々で、指摘を受けるたびに「なーるほど。それなら、そこは肉付けが必要ね」とブラッシュアップさせているんです。

そうやってありとあらゆる手を尽くして、いよいよ本番を迎えるときにも、心掛けたいことがあります。

1つは、いつ話すかというタイミング。私の経験から言うと、休み明けで忙しい月曜日の午前中には緊急以外、ストラテジックな話はしないほうがいい。ベストなのは金曜日。リラックスしているから、オープンに長期的な視野の話ができます。私の部下が月曜の午前にその手の話を持ち込んできたら「センスないな」と思っちゃいますね。

六本木にあるオフィスで、部下たち10人とのミーティング。今後の方針について意見を交わす。

2つ目は、相手が好む話の持っていき方を選ぶこと。人によって頭の整理の仕方が違うからです。イギリス人の上司に対しては、のっけからポイントに入ります。ビジネスチャンスとビジネスリスクを数字で示し、リスクの回避策の有無まで話すと、脈がある場合には質問がポンポン飛んでくる。彼は数字で理解するタイプで、浪花節的な話は受け付けないのです。

コミュニケーションってバックグラウンドとの対決のような要素が多分にあり、「スイートスポットはここ」などと相手の個性を把握することは大切だと思います。そこまで考え抜いて話をすれば、にじみ出る迫力におのずと聞く耳を持ってくれるでしょう。

3年間ずっと諦められない構想

もっとも、どんなに一生懸命考えて提案をしても通らないことはあるものです。私だって、何度ぴしゃりと上司にふたをされたことか。でも、そこで諦めちゃいけない。たとえ否定されてもやっぱり実現したいという思いが湧いてきたなら、どうしたら通るのかを考えて、構想を練り直せばいいんです。

社長になってから3年経ちますが、私にもずっと温めている構想があります。絶対にできるし、すべきだと思っているヴィジョンだから諦めない、いえ、諦められない。消しても消しても、消せない魔性の光みたいなのは、信じたほうがいい。構想が大きければ大きいほど、命を吹き込む時間は長いほうがいい。そんなふうに考えています。

さらに、伝え方に自分らしい個性があると、もっと光ると思います。社長就任のスピーチのとき、「私は直球しか投げられません」と宣言したのですが、これは昔から変わらない私の個性。思ったことはズバズバ言うし、言わなかったとしても顔に出てしまう。ゴジラみたいに火を噴くこともある(笑)。その個性を殺そうとすると、おなかに力が入らず、コミュニケーションにも迫力がなくなるんですね。だから「私はこういうキャラです」と宣言し、自分のノリを大切にしています。

若い頃には上司に対しても、よく直球を投げていました。というか、かたっぱしから食らいついていた(笑)。私の投げた球をきちんと受け止めてくれる上司がいた半面、投げても、投げても、「球は一体どこへ行ったんだ!」というぐらい逃げ回られたこともあった。まぁ、私の言動に相当戸惑っていたんでしょう。今は相手に合わせた投げ方にコントロールしなくてはいけないと思うようになりました。伝えるからには、その先に果たしたい何かがあるわけです。三振にしとめるのが目的ではない。次につながる一球は何かを考えて、相手が打てる球を投げる。それもまた、必要なことだと思います。

■吉田晴乃さんのセオリー
「日本人という個性を生かしてどんなふうに伝えるか工夫しましょ。」
「提案を文句だと受け取られたら詰めが甘い証拠よ。」
「思ったことはズバズバ言うしゴジラみたいに火を噴くこともあるわ。」
吉田晴乃
慶應義塾大学卒業。女性が少ないテクノロジー分野で第一線のセールスとして、20年以上の実績を持つ。カナダ、米国、英国のビジネス界で培ったグローバルな視点やワーキングマザーとしての経験が、日本での新しいロールモデルとして期待されている。