コミュニケーションの中でも、「叱ること」は一番の難題。きつく言いすぎて煙たい上司だと思われるのは嫌だけれど、ほおっておくわけにはいかないし……。どんなふうに叱れば、部下は納得して動いてくれるのか。成長してくれるのか。資生堂で、美容部員から初の執行役員常務になった関根近子さんが、叱り方の極意を語る。

どういうときに叱ればいいか

資生堂という企業の中で、さまざまな部署や職種を経験してきましたが、仕事をするうえで常に大切にしてきたのは、「おもてなしの心」でお客さまに接すること。おもてなしの心は、資生堂の強みのひとつにもなっています。

資生堂執行役員常務 関根近子さん
「信念ではなく感情で叱っても部下は納得がいきません。」

私たちの第一評価者はお客さまですから、アウトプットするものが最終的にお客さまの利益につながっていること、私たちの目が常にお客さまに向いていることが重要です。叱るのは、そういったおもてなしの心で接するという信念や信条に反したときです。

お客さまの利益ではなく、自分や会社の利益を優先したり、お客さまが介在しない提案を行ったり、あるいはそういう行動をしているときに、叱るのです。ややもすると女性は感情で叱りがちですが、叱る基準がぶれていないこと、叱る理由が自分の中に明確にあることが、まずは大事なことと言えるでしょう。

とはいえ、私も人間ですから、前の晩に家庭で嫌なことがあったり、重要な会議の前後でイライラしていたりすると、叱るときに余計な感情が出てしまいがちです。私自身の過去の失敗も、信念ではなく、感情で叱ったことが原因でした。

資生堂の子会社ディシラに出向して12年ほど経ったときのこと。東日本ブロック営業本部長に就任した私は、とにかく営業成績を伸ばそうと日々数字を追いかけていました。でも部下は、目標に達する成果をなかなか挙げてくれない。そんなときに、「どうしてできないの?」と叱責(しっせき)しました。

このときの私は結果だけを見て、プロセスを見ていませんでした。それどころか、プロセス自体を否定すらしていました。つまり、私は自分の信念に基づいてではなく、自分の得にならないことを部下がしていることに対して、叱っていたわけです。部下たちは、「上司は自分の評価が下がるから怒っているんだろうな」と見ていたでしょう。これでは部下も納得がいかないし、とてもまずい叱り方だったと思います。

一方で、お客さまのためという信念に基づいて叱れば、「これは仕事をするうえでしてはいけなかった」、「ここのやり方がまずかったから上司が叱ったんだ」と、部下も納得ができるし、それがひとつのいい経験値として残っていくわけです。

尊敬する人なら素直に聞ける

つまり、経験値として残らない叱り方は、部下の成長にもつながりませんし、むしろ仕事に対してネガティブな感情だけが残ってしまいます。生産性が悪くなったり、上司と部下の信頼関係が崩れ職場環境が悪化する要因にもなります。叱るだけの明確な理由があるのか、感情と切り離したところで自分は叱っているのかということを常に心にとどめておかなければいけないと考えています。

また、そのうえでぜひ知っておいてほしいのは、叱るというのは話の内容よりも誰が言うかによって受け取られ方が変わるということ。叱る人が尊敬する相手であれば素直に聞けるものです。上司はふだんから部下に関心を持ち、相手のいいところを見て成長させてあげたいと思う。そう思う心がまた部下の素直な姿勢を育てることにつながるのです。

「その場で口に出さないで一晩おくと客観的になれます。」

どうしても感情が抑えられない場合におすすめなのが「腹立ち日記」をつけることです。これは精神科医の斎藤茂太さんの本に出てきたことですが、かっときたときに、その場で口に出さないでいったん書く。それを一晩置いておくと翌日はどうしてこんなことで怒っていたんだろう、なんて自分の感情を客観的に見ることができるものです。「腹立ち日記」は、なかなか有効ですよ。

それから、これは私の友人がしていたことですが、叱るときの様子を自分で録音しておいて、あとで聞く。友人によると、叱るのはすごく苦手だけど立場上、叱らなくてはいけないときがある。そのときに録音していた会話をあとから聞くと、あのときにこう言えばよかったとか、この言い方はまずかったとか、すごく反省することができて、それで勉強している、と。それを聞いて、そういうやり方もあるのかと感心しました。

いずれにしても叱ることには、とてもエネルギーを使います。褒めるときは気持ちのいいことを言うわけですから、準備していなくても言葉がポンポン出てきます。ですから、叱る場面に対しては必ずシミュレーションして望むように心がけています。「こちらがこう言ったら、相手はこういう感情になるんじゃないか、でも言わないといけないからどう言おうか」と、あれこれ想像してみます。それでも部下は一律一様ではないので、実際は反応を見ながらすすめていくことになります。

いざ話し始めて、部下が納得していないだろうと感じたときには、途中から叱り方を変えたり、それでも納得しないでドアの外に出ていってしまったら、その部下の同僚や直属の上司にフォローを頼んだり、といった配慮をします。

叱るときは、深呼吸して、感情的にならないように、話し方もふだんよりゆっくり。そうすると相手の反応やうなずき方というのがわかります。間をとるというのでしょうか。ただあんまりスピードを遅くしてもかえって怖いと言われることもありますから、そこは注意して(笑)。

内容を全体に伝えたい場合に限っては、わざとみんなの前で叱ることもあります。周りで聞いている人たちも「そうだよね」と、気を引き締めますから。

人間として成長できた瞬間

この年になって振り返ってみると、叱られた経験ほど深く記憶に残っています。もちろん、褒められればもっと頑張ろうという気になりますが、自分が人間として成長できたと感じるのは、やっぱり叱られたときのことです。

高校を卒業して美容部員になったばかりのころです。売り場にはお客さまが次から次へとお見えになるので、前の方が使った化粧品を乱雑に置いたまま、次の方をお迎えすることがありました。そうすると当時の先輩から、「お客さまをお迎えするときは、どんなに忙しくても手早く、あるいは最初に置くときから次のお客さまをお迎えしやすいよう心がけて、置くべきでしょう」とぴしっと叱られたことが今でも心に残っています。

また、会社の上司ではなく、お得意さまから叱られたことも深く残っています。普段はフランクな話し言葉でもウエルカムな方だったので、ついいつもの調子でお話ししていたら「あなた、私がお得意さまだってことわかっているの」ってぴしゃり。そのときに、いくら長年のおつき合いのある方でも、お得意先さまと我々メーカーは「礼節」という一線を常に引いておかないといけないと肝に銘じました。結局それらは、すべて失敗して叱られたことから学んだことです。叱られないと気づけなかったことがいっぱいあります。だから“叱る”と“教える”というのは表裏一体なのですね。

さらに大事なのは、叱られた人が今度は修正して、きちんと仕事で実践したときに、褒めてあげること。自分の言葉がその人の中に生きたということですから、大きな喜びでもあります。

人を育てることこそが上司の役目。上司になると人を叱らないといけない、そんないやな役目なら上司になんかなりたくない、そう思う人もいるかもしれません。でもこれは、やりがいなのです。叱ることは人を育てていく段階で、とても大事なものだということを自分の中で受け入れると、部下はもちろん、ご自身も成長できるのではないでしょうか。

■関根さんが教える3つの知恵
1. 他人から見てもわかるような、叱る基準をつくっておく
2. 叱る前に、相手のことを考えながらシミュレーションする
3. 皆に伝えたいことはあえて人前で叱ることもある

■関根さんのキャリア年表
1953年:山形県に生まれる
1972年:資生堂にBC(ビューティーコンサルタント)として入社
1991年:資生堂の子会社、ディシラに異動
2003年:ディシラ東日本ブロック営業本部長
2004年:資生堂販売宇都宮支社長
2006年:資生堂販売近畿支社大阪支店長
2008年:ディシラ営業推進本部長
2009年:国際事業部国際マーケティング部 美容企画推進室長
2012年:執行役員美容統括部長に就任
2014年:BCから初の執行役員常務に就任