指示や依頼をしても部下が動いてくれないのは、あなたと相手とが本当の問題を共有できていないから。“人を動かすためのツール”としておすすめしたいのが「質問」です。質問にはさまざまな力や使い方がありますが、ここではロジカルシンキングとラテラルシンキングという2つの視点から問題状況についての理解を整理し、互いの認識をすり合わせるように問いかけていくという方法をご紹介します。まずはロジカルシンキングについて、事例を交えながら見ていきましょう。
問題共有のために、論理的に「問う」
人を動かすためには、直面している「本当の問題」を相手と共有することが重要です。私たちがチームで何かに挑戦するとき、メンバーの間で問題の認識が異なっていたら一緒に取り組むことはできません。また、問題に取り組んでもらうときには、その問題の優先順位や重要性が共有されていなければなりません。
本当の問題を共有するとは、つまりその問題の背景や前提条件のような周辺の情報も含めて全体像を共有するということです。なぜそれが必要なのか、何を目的にしているのか、どうして今それをやっているのかといったさまざまな要素を含めて共有しなければ、活動の中で齟齬(そご)が出てきてしまいます。
共有のために有効なのが、物事の因果関係や解決策を質問することです。具体的には、相手や自分が“なぜ”そう考えているのかについて、また“どうやったら”問題が解決されるかについて質問することで、相互の認識にどのような差があるのかを明らかにすることができるのです。
なぜ毎回似たような指示をしなければならないのか?
「問題共有」の一例として、ある業務や役割を部下に頼む場面を考えてみましょう。その場合、あなたはまず何をしますか? 例えば期待していること、納期、成果物、評価する点などを説明するでしょうか。それとも、その業務や役割が発生した経緯や過去の事例を紹介するかもしれません。しかし、結果としてこちらの予想したものと違う成果物が出てきたり、手戻りが発生したり、何回も同じような指示をしたりしなくてはならなくなってしまった経験はありませんか?
A「今朝出してもらった資料だけど、直してほしいところに赤ペンで印をつけたから直してもらえる? ○○○についての表記をそろえてほしいんだ」
B「はい、わかりました。」
(1時間後)
B「直しましたので、ご確認いただけますか?」
A「ああ、ありがとう……あ、さっき印をつけてない所も同じようにそろえてもらっていい? ○○○に関することは全部同じ表記にしてほしいんだ。それと、さっき言わなかったけど×××についても同じように表記そろえてもらえる?」
B「はい……わかりました」
(さらに30分後)
A「……(再提出された資料を見て)○○○と×××の表記はそろっているけど、△△△とかほかの項目についてはバラバラのまま……。これ、全部一つひとつ指導しなきゃいけないのかなぁ?」
ここでは何が起こっているのでしょうか? Aさんの指示が不十分だったのでしょうか? もしこの状態が続いたら、2人の仕事はどうなっていくでしょう?
ロジカルシンキングで問題の構造を捉える
人に何かを任せて動いてもらうとき、自分と他人の間にある認識のギャップを埋めることがとても重要です。ですが、それには一方的な情報提供だけでは不十分です。なぜなら、完璧な情報提供をしても、完全に理解されるとは限らないからです。
そこで有効なのが論理的な思考=ロジカルシンキングに基づいた「質問」です。相手の考える因果関係や具体的な行動を問う質問を投げかけることで、私たちは互いの持っている問題の見取り図にどんな齟齬(そご)があるのかを明らかにすることができます。例えば、「なぜ(Why)」を問う質問で「原因」を探れば、相手が何と何をひも付けて考えているか、逆に言えば何を無関係だと思っているのかを知ることができます。そして、「どうやって(How)」を問うことで、次に行われる具体的なアクションについて考えを聞くことができます。
ただし、「何を問うか」と同じくらいに、「どのように問うか」についても気を付けなければいけません。想像してみてください。例えばあなたの上司があなたを個室に呼び出し、「なぜそうしたの?」と何回も何回も聞いてきたとしたら。もしくは、あなたが何度答えても「それで、次はどうするつもり?」と質問され続けたら。それは質問ではなく糾弾や非難にしか聞こえません。そういうやり方では、人は安心して自分の考えを共有することができないのです。互いの考えを共有するためには、相手を責めるような質問ではなく相手が発言しやすい場を作り、言い方を考えて問う必要があります。
認識をそろえれば行動が早くなる
Aさんは今回のような手戻りややり直しが再発しないように、Bさんと作業内容についての認識をすり合わせる必要があることに気が付きました。そして、Bさんと2人で話す機会を設定しました。
A「Bさん、ちょっといいかな。さっきのことなんだけど、どうして修正のやり取りが何度も発生してしまったのか、少し一緒に考えてみたいんです」
B「はい、わかりました。私も、何が悪かったのか知りたいです」
A「うん、それじゃあ早速教えてほしいんだけど、私からの指示ってどういうふうに理解していた?」
B「えっと、〇〇〇と×××の表記を統一してくれということだと思っていました」
A「そうだね。私が“なぜ”その指示をしていたのかについては、どうかな? どういう理由があると思ってた?」
B「……特に、意識してなかったです」
A「じゃあ少し説明しよう。そのお願いをしたのはね、■■■■■■という理由からなんだ」
B「なるほど、それじゃあ△△△とかほかの商品も同じように表記をそろえなきゃいけないんですね」
A「そうなんだよ。それで、これからなんだけど、“どうしていったら”もっと作業がスムーズになるかな?」
B「そうですね、例えば……」
いかがでしたか。2人の間にはどのような認識のギャップがあったのでしょうか? そして、それは解決されそうでしょうか? Aさんは、Bさんが自分の指示をどう受け止めていたのか、そしてその指示にはどのような理由があると思っていたのかを聞き、そして今後どうしていくべきかについても尋ねています。以前のままなら、AさんとBさんはキャッチボールのように資料の提出と差し戻しを繰り返していたかもしれません。ですが、Aさんの指示の意図がBさんに共有され、そしてAさんとBさんの2人がより良い作業の進め方について検討することができれば、次回以降はそうした手間はだいぶ減るはずです。
もう1つ注目してもらいたいのは、Aさんの問いかけ方や場のセッティングの仕方です。AさんはBさんを責めるのではなく、2人で問題を解決しようというスタンスで話し合いを始めています。もしもっと緊迫した形だったら、Bさんは素直に答えていないかもしれません。
このように、たとえちょっとした作業や業務であったとしても、互いの認識がすれ違っていてはなかなかうまく前に進みません。そのズレを修正するためにまず必要なのは、それぞれがどのように問題を見ているかを共有することです。そして、そのために因果関係や解決策について問うことが重要になります。
次回は、問題の認識を共有するための別のアプローチとして、ラテラルシンキングの視点から問題の前提を問うことについてご紹介いたします。
株式会社ラーニングデザインセンター代表取締役、日本アクションラーニング協会代表、OD Network Japan 理事、WIAL公認マスターALコーチ、青山学院大学経営学部 客員教授。
東京女子大学文理学部心理学科卒。毎日コミュニケーションズ(現:マイナビ)にて事業企画や人事調査などに責任者として携わった後、渡米。ジョージワシントン大学大学院人材開発学修士取得。マーコード教授の指導のもと、アクションラーニングの調査・研究を重ねる。帰国後、2003年株式会社ラーニングデザインセンターを設立。著書に、『質問会議』(PHP研究所)、『「チーム脳」のつくり方』(WAVE出版)、『対話流』(三省堂)、『20代で身につけたい質問力』(中経出版)。