企業の活動結果は必ず数字に表れる。決算情報を題材に、数字を読み解き、活用する力、“会計リテラシー”を身につけて、仕事力&投資力を高めましょう。連載第5回は、東芝の有価証券報告書から、「不適切な会計処理」の内容と真の問題点を読み取ります。
前代未聞の嵩上げ計上! 上場廃止にならない理由は?
内部告発により不適切な会計処理が明らかになった東芝。組織ぐるみで利益の水増しをしていたというその事実は、世間に大きな衝撃を与えました。日本を代表する大手企業なだけに、国内外から注目を集めています。
そんな中、2015年7月20日に東芝に関する第三者委員会報告書が開示されました。ここでいう第三者委員会とは、利害関係のない中立的な立場にある第三者が、不祥事について調査するための委員会です。今回のようなケースでは、基本的に弁護士や公認会計士といった専門家が構成メンバーとなります。そして第三者委員会報告書には、不適切な会計処理の具体的な内容やその金額、経緯等が事細かに記されます。それによれば、2008年度から2014年度第3四半期までの間、東芝は売上高149億円、利益1518億円の過大計上をしていたそうです。
売上高149億円というのも多額ですが、その10倍以上もの額の利益を嵩上げしていたというのには驚きです。過去の粉飾事例を見れば、2011年にはオリンパスが1178億円の損失隠しをしていたことが発覚したり、2005年にはカネボウが2150億円の損失隠しで上場廃止に追い込まれたりしています。東芝の利益過大計上額はそれらに匹敵する規模です。また、会計ビッグバンのきっかけとなった米国のエンロン事件における粉飾決算額が約1200億円だということを考えれば、1518億円の利益水増し高がいかに巨額かということが分かります。
それにも関わらず、東芝が上場廃止にならないという説が有力になってきました。東京証券取引所は同社株を、上場を維持しながら内部管理体制の改善を求める「特設注意市場銘柄」に指定することになるようです。
一方、なぜこれほど巨額な利益を偽っていたのに上場廃止にならないのかについて疑問視する声も多く上がっています。組織的な関与で意図的に行われた不適切な会計処理は、コンプライアンス意識が希薄であったことを示しています。上場企業としてあるまじき行為に及んだにも関わらず、上場廃止には至らない理由。それには諸説がありますが、ここは会計リテラシーの観点から、不適切な会計が東芝の業績に与えるインパクトについて見ることでその理由を考えていきたいと思います。
不適切な会計処理の影響はたかが知れている?
東芝の有価証券報告書によれば、会社は中長期にわたって年間6兆円前後の売上高(連結ベース)を維持してきました。2008年度から2014年度第3四半期までの間、累計売上高は41兆8529億円となります。その中で、今回の不祥事により明らかになった東芝の売上高過大計上額は149億円。割り算をすると、それは全体売上の0.04%という結果となります。裏返せば、これまで開示されてきた東芝の売上は99.96%適切だということになります。149億円は金額のみを見れば多額ですが、東芝の規模からすると不適切に計上された部分は重要性が乏しいことが言えます。
それでは利益はどうでしょうか。利益至上主義の社風があるなか、東芝は過大計上した売上の10倍以上もの額の利益を嵩上げしてきました。2008年度から2014年度第3四半期までの間、累計の税引前利益は5811億円なのに対し、そのうち1518億円が水増し分だと判明しました。割り算をすると、利益の26.1%が不適切だという計算になります。3割近くも嵩上げされていたため利益に与えるインパクトは大きいです。しかし、それが企業の根幹を揺るがすほどのものだとは言い難いのではないでしょうか。少なくともそれにより経営破綻に陥るほどのことはないように考えられます。
以上、東芝の不適切な決算数値は過去の粉飾事例などからすれば巨額なのですが、会社の業績に与える影響から考えると、致命傷とはならないことが割り算により明らかになりました。
そして、東芝は実体のない架空取引をでっちあげたのではなく、既に発生している取引に関して、認識の時期をずらすことで不適切な会計処理に至ったことを考えれば、短期間での期間損益こそ損なわれるものの、長い目で見ればいずれ帳尻が合うようになります。では、不適切な会計はいかにして行われたのでしょうか。
不適切な会計よりも恐ろしいもの、それは……
不適切な会計のなかでも、インパクトのある利益を嵩上げしていたことについて見ていきましょう。利益の嵩上げは、損失の先送りと利益の先取りによって行われました。東芝は当期の損失とすべきものを来期以降の損失としたり、来期以降の利益を当期の利益としたりすることによって、当期の利益をより多く見せかけてきました。
利益は「収益」から「費用」を差し引くことで計算されるため、費用を少なく計上すればその分利益が増えます。東芝では具体的には、赤字工事に関して工事損失引当金を計上しなかったり、買い戻す予定のある商品について利益を付加したまま売上計上したりしていました。工事にかかる損失が見込まれる場合は、予めその部分を費用処理し、工事損失引当金として計上するのがルールです。また、買い戻す予定のある商品を売った場合の利益については認められないのがルールです。東芝はこうした会計ルールから逸脱することで1518億円もの利益を嵩上げしてきたのです。
ただ、第三者委員会報告書ではそれらよりももっと大事な論点が抜けています。第三者委員会では棚卸資産の評価、減損会計や繰延税金資産の取り崩し等に関する検討が対象外となっています。なかでも減損会計は東芝の屋台骨を揺るがすリスクを孕んでいます。
減損会計とは、収益性が著しく低下したり見込を大幅に下回ったりした場合に、対象となる資産について償却をすることによって行われます。簡単に言えば、収益性の乏しい資産を費用処理することです。
実は東芝は2006年よりウェスティングハウスエレクトリック(以下、WHとする)という原子力事業が主たる業務の会社に、約8000億円の投資をしています。同社を簿価より高く買収した際に、その高く買った分を「のれん」として4000億円ほど資産計上したと言われています。ところが第三者委員会報告書によればWHでは多額な不正な利益が計上されています。予定通りに収益を上げていないとすればWHの買収に関連したのれんについては減損会計が適用されます。もしそうなれば、既に発覚した不適切な会計処理以上のインパクトを業績に与える可能性があります。2015年3月期に関する有価証券報告書は2015年8月31日に開示される予定ですので、そこで最終的な決算数値が明らかになるでしょう。
次回は東芝の事業内容や事業ごとの業績について見ていきたいと思います。
公認会計士
早稲田大学政治経済学部卒業。大学在学中に公認会計士試験に合格し、優成監査法人勤務を経て独立。在職中に製造業、サービス業、小売業、不動産業等、さまざまな業種の会社の監査に従事する。上場準備企業や倒産企業の監査を通して、飛び交う情報に翻弄されずに会社の実力を見極めるためには有価証券報告書の読解が必要不可欠だと感じ、独立後に『「本当にいい会社」が一目でわかる有価証券報告書の読み方』(プレジデント社)を執筆。現在は会計コンサルのかたわら講演や執筆も行っている。他の著書に『ディズニー魔法の会計』(中経出版)などがある。