安倍首相は9月12日から開催された「女性が輝く社会に向けた国際シンポジウム」で「女性が輝く社会をつくる」決意を語りました。自らも内閣改造で女性閣僚を5人登用(小泉内閣と並んで史上最多)して支持率のアップにつなげたばかりです。

長年にわたり「保育園を考える親の会」の活動をしてきた立場からは、女性閣僚の顔ぶれはともかく、待機児童対策、女性の継続就労や再就職、管理職への登用などを後押しする政策が進むことを素直に喜びたいと思います。

それにしても、ここでことさら女性、女性と言われるのはどうも腑に落ちないと感じるのは私ばかりではないようです。

ニュースサイトに「ええかげん仕事に疲れてるおっさんも輝ける社会にしてくれ」という書き込みがありましたが、まさに! 女も、男も、そして子どもも輝く社会でなければなりません。

両立支援は20年越しで進められているが……

安倍首相の真意はともかく、女性が働くことの支援、つまり仕事と子育ての両立支援策は、この20年ほどの間、国が重点施策として推し進めてきたものです。私からは、男女の平等のためというよりは、少子高齢化対策のため――つまり、高度経済成長期のような右肩上がりの所得増がなくても、共働きで子どもを産み育てて、なるべく多くの国民が税や社会保障費を負担するという持続可能な社会を実現するため――の両立支援とも見えていますが、結果として男女の平等や男女共同参画についても(まだまだとはいえ)、それなりの進歩がありました。

おかげで、育児休業制度や短時間勤務制度は普及し、認可保育園のゼロ歳児保育や延長保育も標準装備となりました。両立のためのインフラが整備されると同時に、女性が子どもを産んでも働き続けることへの世間の理解もだいぶ広がったと思います。

にもかかわらず、働く親たちが以前よりもラクに仕事と子育てを両立できているのかというと、そうでもないように思われるのです。

私からは、働く親たちの状況はこんなふうに見えています。

●正規雇用の仕事が重くなっている

日本国民の労働時間はリーマン・ショック後減ったと言われますが、実はフルタイム労働者の労働時間は減っていません。人減らしによってよけいに忙しくなったと感じている人も多いようです。非正規雇用がふえ、正社員の負担が重くなっていると訴える人もいます。残業ができないと言うと、契約社員への転換を勧められたという話はよくあります。長時間労働の慣習は、家庭に時間をとられる子育て社員を排除しようとするハラスメントの土壌になっています。

●非正規雇用の増加は子育て支援からはみ出す人をふやしている

女性の就業率は高まってきていますが、非正規雇用で働く人の割合が大きくなっています(約6割)。非正規雇用で働く人は育児休業などの制度の利用が困難なため(法律的には可能だが実際には難しい)、せっかく子育て支援の労働制度が充実されてもその枠の外にこぼれてしまっています。

●子育て世代の経済的ゆとりが少なくなっている

所得が減少するなか、子どもを育てるからこそ共働きで家計を安定させたいと考える男女がふえています。以前よりも経済的な切迫感が増しています。

●都市部の待機児童問題はまだ深刻

急速な共働き化が進行する都市部では、保育園不足が両立の大きな障害となっています。公表される待機児童数は減っていますが、実際には厳しい状況がまだ続いています。(詳しくは「安倍さんが知らない待機児童数のナゾ」http://president.jp/articles/-/13270 参照)

さらに区分けされる「働き方」

待機児童問題もさることながら、「働き方」「働かされ方」の問題は大きいと思います。

昨年、アベノミクスのひとつとして限定正社員(ジョブ型正社員)が提案されました。これは勤務地や職務などを限定した正社員(無期雇用)で、正規雇用と非正規雇用の中間的な雇用形態といわれています。詳細な「雇用ルール」は検討中になっています。

メリットとしては、非正規雇用の人が正規雇用に移行しやすくなる、限定的に働きたい子育て・介護を担う社員が助かるなどと謳われています。

このような雇用管理は「地域限定社員」などとしてすでに多くの企業で行われています。そこでは、昇給が頭打ちになり無限定正社員(通常の正社員)との差が開いていく給与体系、事業の撤退を理由に解雇できる契約も見られ、デメリットを指摘する声も多く上がっています。

働く母親たちの受難を見てきた私には、育児休業から復帰してきた母親社員が「残業」「転勤」などの踏み絵が踏めず、「では限定正社員に」とお勧めされてしまう姿が目に浮かびます。

強制されることはないのか、本人の希望でいつでも元に戻れるのか、同一労働同一賃金(働く時間が短くても、同様の業務や責任を担っていれば時間単位の賃金その他の労働条件は同じでなければならないという原則)は徹底されるのか、課題は多いと思います。

そして、いちばんよくないと思うのは、

(1)無限定正社員=家庭を顧みず働ける旧来型社員(主に男性)
(2)限定正社員=子育ても仕事も大事にしたいバランス型社員(主に女性)

という区分に定着してしまうということです。

女性管理職登用の間口は狭くなる

貢献度に応じた報酬を出したいというのであれば、個々の人事考課でもできるはずです。なぜ、あらかじめ「踏み絵」を設けて区分けをする必要があるのか。残業・転勤ができなくても、貢献度の高い仕事をしている限定正社員にとっては理不尽な思いが募る制度だと思います。

限定正社員が、正規雇用を希望する非正規雇用者の受け皿になるというのも、よくわかりません。正規雇用を希望する人には、普通に正規雇用への道が開かれる政策のほうが喜ばれると思います。

さらに、安倍さんが強調する女性の管理職登用との関係。管理職は(1)から選ばれると考えられますが、家庭責任を免除された一部の女性のみが対象になるのでは間口が狭すぎます。

一方、男性が(2)を選ぶのは勇気が必要で、男性の家事・子育て分担を抑制するファクターにもなってしまいそうです。

疑問は果てしなく浮かびます。考案中の「雇用ルール」がこれらの課題を解消するものであることを願っています。

家庭を顧みず働ける人だけが認められる社会

国は両立支援やワーク・ライフ・バランスを推進してきたはずですが、長時間残業も転勤もいとわない働き方を優遇するしくみの導入は、これらの施策と矛盾するのではないでしょうか。

子育て社員が長時間労働の職場で肩身の狭い思いをし、定時まで2倍の密度で働いても評価されず、結局残業もせざるをえなくなって家庭の時間を削り、帰宅後も子育てと家事にフル回転し、もっと帰りが遅い夫の職場を恨み、自分自身も疲れ果ててしまう。そんな生活では女性も男性も輝けないし、安心して子育てができる環境とはほど遠いものになります。

一家にひとりの大黒柱が手厚い生活給をもらいながら家族を養っていた時代は終わりました。当時と同じ発想で会社にすべてを捧げるような働き方を求められても、無理があります。

冒頭のコメントからいただくと、キーワードはむしろ「仕事に疲れているおっさんも輝ける社会」なのかもしれません。

女性が輝くどころか、男女ともに疲弊し、子どもが育てられないような社会では、産業競争力を高めるどころではなくなってしまいます。国民の幸福感がどんどん小さくなってしまうことのないような施策の実現をお願いしたいと思います。

保育園を考える親の会代表 普光院亜紀
1956年、兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。出版社勤務を経てフリーランスライターに。93年より「保育園を考える親の会」代表(http://www.eqg.org/oyanokai/)。出版社勤務当時は自身も2人の子どもを保育園などに預けて働く。現在は、国や自治体の保育関係の委員、大学講師も務める。著書に『共働き子育て入門』(集英社新書)、『働くママ&パパの子育て110の知恵』(保育園を考える親の会編、医学通信社)ほか多数。