量の拡大は当然として

安倍首相は、2019年度末までの5年間で放課後児童クラブ(学童保育)の受け皿を30万人分拡大し「小1のカベ」を打破すると発表しました。

厚労省の調べによれば、平成25年の放課後児童クラブの登録者は89万人、放課後児童クラブを希望しても入れなかった子どもの数は8689人。

保育園に比べると少なく見えますが、保育ニーズが急増している都市部では、放課後児童クラブもなるべく早くふやさなくてはならないのは言うまでもありません。

それだけじゃない

「小1のカベ」を放課後児童クラブの開所時間の短さと考える人もいます。

保育園では、夜の7時、8時までの延長保育を受けられたのに、放課後児童クラブは6時とか6時半に終わってしまうからです。

確かに、これがカベになっている家庭はあると思います。

でも、もっと多くの家庭が感じているカベがあります。

それは「子どもの生活」です。

ひとつは放課後児童クラブでの生活。もうひとつは家に帰ってからの生活。

こまやかに見てもらって親の生活に合わせてもらっていた保育園時代とは違うもろもろの事情が、働く親の前に立ちはだかるのです。

子どもの言い分

「学童が合わなくてやめたんです」という話はよく聞きます。子どもが放課後児童クラブに行かないとなると、しかたなく留守番させたり、習い事をハシゴさせたり、仕事をやめてしまう親もいます。

「合わない」とはどういうことかというと、「お友だちとうまくいかない」「先生と合わない」などいろいろですが、たいてい子どもが「行きたくない」と言い出すので、「子どもが学童に合わなかった」という表現になるのです。

私も子どもに言われました。

「どうして行きたくないの?」
「学校終わったらお友だちの家に遊びに行きたいんだもん」
「わかった。今度、会社のお休みとるから、いったん家に帰ってきてランドセル置いてからなら行ってもいいよ」

娘はこのとき一度だけお友だちの家に行って気がすんだようでした。

「お友だちが意地悪する!」
「え、そうなの?」

このときはずいぶん動揺しました。少し時間はかかりましたが、娘のことをよく理解してくれたベテランの指導員に相談して、気にかけてもらい、上手に集団遊びに誘ってもらって乗り越えることができました。

「学童に行きたくない」は、みんな1回は言うようです。そんなときは、親はパニックになって叱ったりせず、子どもの話をよく聞く必要があります。子どもが何に困っているのか理解して、解決方法を一緒に考える姿勢をもったほうが解決への近道になります。

子どもの言い分を聞いたうえで、大人の都合を説明してもいい年齢です。

「あなたが学童に行ってくれないと、ママは心配でお仕事に行けなくなってしまうよ。そしたら、みんな困っちゃうと思うよ」と家計の話をしたママもいます。

放課後児童クラブの質というカベ

困るのは、行きたくない理由が放課後児童クラブの構造的な問題である場合です。

喧噪な環境で、落ち着いて好きな遊びをしたり、宿題したりできない。

子どもの数が多すぎて、指導員の目が届いていない(お友だち関係で何かあってもフォローしてあげられない、気づくことさえない)。

要するに、放課後児童クラブの質が低すぎるのです。でも、それは子どもの「行きたくない」という言葉に隠されて、表面化しません。

保育園であれば、保育の質の問題として議論されるレベルのことです。

今、放課後児童クラブは、一般児童の遊び場事業や放課後こども教室などと一緒に運営されることがふえていますが、その中には、定員がないために不特定多数が出入りするだけの場となり、就労家庭の子どもの「生活の場」としての機能を失っているものもあります。子どもは明確には言いませんが、指導員との関係、クラブ室の居心地の悪さなど安心できない環境が「学童がつまんない」原因であったりするものです。

この放課後児童クラブの質の問題を解決しないと「小1のカベ」はなくなりません。

親としては、勇気を出して放課後児童クラブに子どもが困っていることを伝えたほうがいいと思います。行政や指導員と一緒に改善する方法を考えることができたらいいのですが……。

プライベートタイム不足というカベ

放課後児童クラブの開所時間を延長するのであれば、質の問題がいっそう重要になります。夜の時間は、家庭にいるのと同じくらい落ち着いて過ごせる環境をつくる必要があるでしょう。

それができたとしても、問題は片づきません。

放課後児童クラブにいる時間が長くなれば、家庭で過ごす時間の不足という問題が起こってきます。

小学校に入ると、多くの保育園親は「子ども自身にしてもらわなくてはならないこと」がふえることに驚きます。明日の準備、宿題 etc.

だんだんに子ども自身でできるようになるのですが、しばらくは手助けが必要です。音読の宿題は親が聞いてあげなくてはいけません。学校で指示された工作の材料も、何に使うのか子どもの話を聞いてそろえます。

多忙だと、つい親が先回りして指示出ししたり親の手でやってしまったりしがちですが、それでは子どものやる気が育ちません。

時間がかかっても子どものペースでやってもらわなくてはなりません。

低学年のうちは笑える失敗談がいっぱいできます「あらー。気がつかなかったね」といっしょに笑って受け流していいと思います。ただ、子どもが学校ですごく困ってしまわないように最低限のフォローを親がしてあげることは必要です。すごく困っていないかどうかは、子どもの話を聞いていないとわかりません。それも、笑顔で、説教抜きで聞いてあげて、頑張っていることはほめてあげられれば、なおいいと思います。

そう考えると、親子が家庭で過ごす時間は、保育園時代よりも必要かもしれません。

でも、それもほんの数年間です。

やがて子どもは自立して、親がかまうのをいやがるようになります。放課後児童クラブがなくても、行きたいところに行き、しなければならないことをぬかりなくできるようになるでしょう。

それまでのガマンと思って、小1のカベは力ワザではなく、ちょっと肩の力を抜いて回り道をしながら乗り越えるのが正解ではないかと思います。

それができるように、父親も母親もワーク・ライフ・バランスがとれる社会にしていかねばなりません。

安倍さん、「小1のカベ」打破のために、よろしくお願いします。

保育園を考える親の会代表 普光院亜紀
1956年、兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部卒。出版社勤務を経てフリーランスライターに。93年より「保育園を考える親の会」代表(http://www.eqg.org/oyanokai/)。出版社勤務当時は自身も2人の子どもを保育園などに預けて働く。現在は、国や自治体の保育関係の委員、大学講師も務める。著書に『共働き子育て入門』(集英社新書)、『働くママ&パパの子育て110の知恵』(保育園を考える親の会編、医学通信社)ほか多数。