「スタートアップの女王」と呼ばれ、IT業界では知らない人はいない、ウィズグループ社長の奥田浩美さんが、『人生は見切り発車でうまくいく』という本を出版されました。この本は若い起業家を応援してきた奥田さんからのビジネスマン向けの本ですが、女性のライフプランにも使える、さまざまな「心に響く言葉」がたくさんあります。
ヨガよりデートせよ
【白河】本を拝見しましたよ。「見切り発車」ってすごくいいですね。大賛成です。私もライフデザイン、ライフプランをやっていますが、それは「完璧なプランを立てろ」ということではないんです。むしろプランは変更するためにある。どうしても動かせないのは、妊娠には適齢期があることぐらい。でも女性誌などから「出産から仕事復帰までの完璧なプランを下さい」とか、「妊娠するためには、まずどうやって体を作ればいいですか?」という質問をされます。状況を聞くと、まだパートナーも決まっていない。何かやりたいという気持ちはわかるのですが、「ヨガよりまずデートしろ」って思うこともしばしばです。
【奥田】そう、みんな完璧を目指し過ぎなんです。この本は20代30代で何か自分のシーンやステージを変えたいと思う人への本ですが、女性にもぜひ読んでほしい。見切り発車こそ、目標を達成する上で最もスピーディで有効な方法だと考えています。そして「見切り発車」という日本語の概念自体を変えたいと思って書いています。
【白河】特に子どもがほしいと思う人は、いろいろ準備していると間に合わなくなっちゃいますからね。奥田さんは35歳でお子さんを持たれたのですが、奥田さんの世代でバリバリ仕事をしていた女性がその決断をするのは、当時大変だったと思いますが。
【奥田】私はインド留学から帰り25歳で社会に出ました。国際会議などを運営している会社に勤め、91年にIT業界に特化したイベントサポート事業を立ち上げました。90年代は「奥田が通ったあとは草木一本残っていない」と言われるほど猛烈に働きましたが、このまま右肩上がりの数字を眺めているだけの人生でいいのかと思ったんです。今までの生活を変えるには出産しかないと思いました。それくらい偏った時代だったんですよね。
【白河】90年代に会っていたら、怖くてそばに寄れなかったかもしれない(笑)。そして同時に、今までの会社での地位を捨て、御自分で一からまた起業されたんですよね。
【奥田】娘を育てることを中心に考えられる事業をつくったんです。つまりどこにいても働けるということを実現できる会社。
【白河】素晴らしい。でも当時としてはすごい覚悟でしたね。
【奥田】そう、女性経営者が妊娠したら出資はこない時代でした。仕事を捨てるぐらいの覚悟だったんですが、意外にも出産、子育てはすべて今の仕事にもつながっている。得るものは大きかったです。
【白河】奥田さんの支援する女性起業家グループSPARK!のみなさんも出産ラッシュですが、みんな事業計画を立てるように、子どもを産んでいる。彼女たちを見て、起業と出産は相性がいいのではと思いましたね。
【奥田】そうです。起業家の発想でいくと、育児は事業と同じです。チーム組み、予算化が大事。起業家は特に「選択と集中」の判断を重視します。子育てにおいても「ここはやらなきゃ」「ここはいいや……」というところに注力できる。よそのママ友から何か言われても「それがうちの戦略ですから」と思えば、そんな声は全く気にならなくなるんですよ。
育児費用を予算化する
【白河】夫婦や子育ては会社と同じとよく言われますが、ぜひそのあたりのコツをもっと詳しく教えてください。
【奥田】まず子育てというプロジェクトに対して戦略パートナーである夫とマインドを共有する。実はうちは夫が病気になり、結果的に会社を辞めてエンジニアとして私の会社に入るという予期せぬハプニングもありました。でも、これも不幸なことではなく新しいバランスと戦略を作るチャンスと捉えました。あと、娘が小学校に入るのを機にオフィスと自宅を一緒にし、夫と共に働き、共に子育てを行うということがよかったともいえます。まさに事業においてピンチをチャンスに変えるというような発想です。
子育てが落ち着いた今は、サテライト的なオフィスを数か所外に構えて、外の人と組みやすくしたり、フレキシブルな発想で組織の規模や場所を変えていっています。
【白河】パートナーだけでなく、よく「うちの娘はたくさんの人に育ててもらった」とおっしゃっていますよね?
【奥田】そうです。家族が増えたら、それに合わせて子育てチームの人員も増強します。夫も私も足りない部分は人にやってもらう。実家の親やサポートしてくれる人。特に子どもが小さいうちは、2倍ぐらい手厚くサポートをつけるようにしました。
【白河】でもお金がかかりますよね? チーム組みと予算化の実例ってどんな感じでしょうか?
【奥田】娘が小さい頃は親を鹿児島から呼ぶことも多かったのですが、飛行機代が1回5万円として10回で50万円です。しかし、子どもが小さくてサポートが手厚く必要な、例えば2年間に幾ら使えば、家族が快適に過ごせるか、ちゃんと予算化すると決してムダなお金ではないことがわかるんです。例えば育児にかけるいろいろなお金を1年で50万円と決める。予算化しないと「エステ、2万円高いよね」と思いますが、自分たちが子育てに使うお金の予算のうちの2万円でお母さんがリフレッシュして明日からも頑張れると思えば、使うこともできる。
この話をすると必ず「恵まれた家庭での話ですよね」と言われます。当然、頼れる先も予算の額も家庭によって違うと思いますが、限られたリソースの中でどう配分するかという発想を持つのが大事だと思うのです。
これはリード・ホフマン(アメリカの起業家、ベンチャー資本家。ソーシャルネットワークであるLinkedInの共同開設者である)から学んだことです。彼の本の中に、ビジネス上の交流を保つためのシリコンバレーとシアトルを往復するお金がもったいないと思っていたけれど、「愉快な仲間基金」という名称で年間幾らは移動にあてようと思って予算化すると、冒険ができて、かえってビジネスも大きくなるという例が書かれていました。子育ても「愉快な子育て基金」というような感じで予算化してみるんです。
【白河】知り合いでもフルタイムで産後復帰して、ベビーシッター代などにすごく出費している人もいますが、子育て予算と割り切ることですね。一生かかるお金ではないですからね。
【奥田】そうです。子どもはどんどん大きくなる、今は中学生の娘ですが、私の友達になるべく託そうとしていますよ。私の世代は、語弊はあるかもしれませんが「優秀な女性ほど子どもを産みにくかった」世代です。でも次世代につなげるのはDNAだけじゃない。彼女たちのネットワーク、知恵、ノウハウは、娘や次世代の女性がたくさん吸収していくと思います。
【白河】私も奥田さんに、「本や発信を通じてたくさん産んでいるよね」と言ってもらえてすごく嬉しかったことがあります。
18歳が妊娠適齢期に!?
【奥田】もう親が娘の生き方に口を出す時代じゃないと思いますが、娘には「産むことを先に考えて」と言いたいですね。私の世代は「会議室で破水した」とか武勇伝を語る人が多いのですが、次の世代には苦労しないで楽に産んでほしい。
【白河】本当にそうですね。同じ苦労をしなさいじゃなく、もっと楽になるように負の遺産は残さないことが大事だと思います。現に奥田さんの周りの女性は、仕事はバリバリで出産も早い。先輩女性が「まず仕事よ。そんな甘いことじゃだめ」とは言わないからだと思いますが……。
【奥田】気が早い話ですが、娘には実は、18歳から22歳ぐらいまでに「先に産んじゃってもいいよー」と言うことがあります。パートナーとして、18歳ぐらいで素敵な男の人になりそうな人を、まだ誰も眼をつけていないブルーオーシャンのうちに賢く見つけるのもありです(笑)。子育てしながら、学業や仕事をしたいという意志があれば、親がサポートできる家庭もあるでしょう。これは極端な発想かもしれません。実際にそうするかは娘の判断ですし、そうすべきと押しつけることもありませんが、それくらいの想像力の幅は持ってもいいと思うのです。数十年前後に「18歳から22歳は出産適齢期よねー」と言っている時代がくるかもしれないのですから。
私は25歳で社会に出ましたが、それで不都合がない業界を選んだ。外資系のIT業界では、22歳の新卒でなくても何の問題もないところも多い。娘は22歳の子持ちは入社出来ませんという会社には行かなくてもいい。逆にそんな会社はやめていいよというフィルターにするくらいがいい。実は最近よく言っているのですが、育児経験は何百万もかかるリーダーシップ研修と同じぐらいのベネフィットがあります。愛に満ちたブートキャンプを終えた人材というくらいに考えてもいい。
私のなかでは、娘の時代はスーツを着て就活しなきゃならないというイメージはないですね。各企業のインターンをしていれば縁もできるし、社会に出るのは22歳じゃなく25歳でも27歳でもいいと思います。実際私が社会に出たのは25歳だったわけですし。
とにかく、全員が同じ価値観、横並びで人生をおくる時代は終わったと私は思っています。こういう話をすると「そうはいっても……」という反論が必ず出てきますが、反論が沢山出てくる時代こそが健全だと私は思っています。で、「そうはいっても……」と言う人がそこをうまく解決する行動をおこせばいい。
限界集落でビジネスをやる
【白河】奥田さんは今起業と子育てだけでなく、地方での介護、その体験から会社も作っていますよね。当然育児だけでなく介護、それも同時進行するかもしれないということが、これからの男女にとって重要な問題なのですが、なぜ地方に会社を作ったんですか?
【奥田】まず鹿児島の父が突然の骨折により要介護4になったんですね。それで月に5日は実家に帰るようになりました。そこで、多くの人がこれから人生の4分の1を親の介護に費やす時代になるのに、何の対策もないことに気がついたんです。医学が進歩していますから、介護の期間も5年から10年じゃなく、20~30年に伸びる可能性がある。25歳から40年介護をしているという人もいる時代です。介護者だけでなく、孤独な高齢者もたくさんいる。地方に行くとそういう問題にいっぱい突き当たる。だからまずそういう課題を発信しようと、課題解決に繋がるビジネスを限界集落で興そうと思ったんです。
【白河】それが徳島で作った「株式会社たからのやま」なんですね。具体的にはどういうビジネスなんですか?
【奥田】高齢者の人たちにITを使ってもらい、高齢者の製品の共同開発を目指しています。でも最初に高齢者の人向けのタブレット教室をやったら大失敗。
【白河】え、どんな大失敗?
【奥田】30人の高齢者の方に集まってもらい、タブレットの使い方を教える会を引き受けたのですが、LINEのようなアプリを取得するまでに、なんと5つのIDやパスワードが必要ということに気付いたのです。結局、講習でもメアドやアップルIDをつくるところから始めて、最終的に時間内にアプリを楽しめるところまでたどり着いたのはわずか1人でした。
【白河】それは県の事業ですよね?
【奥田】そうです。県の教育事業として、大失敗でした。しかしそれを隠さず発信してみたら、ブログに10万PVアクセスがありました。たからのやま社のブログの「高齢者へのiPad導入を阻んだiOSのUI/UXの話」というタイトルでの発信です。そこに対しての反応ですが、9割が「うちも同じ」「こうしたらどう?」という肯定的なもの。人間叶えたい思いがあれば、失敗を発信したほうがいいと学びました。たから=課題なんです。地方には課題があり、ビジネスの元がたくさんある。だから「たからのやま」です。
3両目が埋まったら、GO!
【白河】素敵な会社の名前です。その失敗をもとに古民家を改造したITふれあいカフェを作られたんですね。
【奥田】はい。1回の講習では変えられない。いつでも寄り添える場所が必要だと徳島に作りました。でも、それを見て鹿児島に住む要介護4の父が「うちの家を提供してITふれあいカフェにしよう」とすっかり生き生きしてきました。
【白河】ワークライフバランスと言いますけれど、人生におけるさまざまな出来事が、プライベートにも仕事にもつながっているんですね。
【奥田】そうです。そもそも仕事とライフを切り分けようなんて言うのが男性社会からの発想だったのだと思います。男性が狩りや戦に行っていた社会は切り分けたほうが幸せだったでしょうし。
【白河】奥田さんは若い世代もたくさん育てていますが、ぜひ女性たちにアドバイスを。
【奥田】現代は変化の速い時代です。だからこそ10両編成の列車を計画で満席にしてスタートしちゃいけない。想いという車両が3両ぐらい埋まったら発車して、止まる駅ごとに、必要なものを乗せていけばいい。パートナーとか、仕事とか、お金とか、子どもとか。ガチガチに計画した車両で、4両目には子どもを乗せる予定なんて思っていてもうまくいくわけありません。会社も収入も夫も愛も全部時とともに変化していきます。だから完璧な計画で発車するより、コツコツ進みながら、コツコツ駅ごとに確認していくことが大事。そう思えばいいんです。子供にしてもコツコツ育てながら周りを巻き込んで子育てという車両に次々と人を乗せていく発想でいいんです。「後ろの車両空いてます、だれか一緒に乗って協力してください!」って発信する感覚です。
【白河】 3両が埋まったら見切り発車! 変化の速い時代を生きる女性への先輩からのメッセージですね。ありがとうございました。
ウィズグループ代表、たからのやま代表。鹿児島県生まれ。インド国立ムンバイ大学大学院社会福祉課程修了。国際会議の企画運営会社を経て91年、ITに特化したイベントサポート事業を設立。2001年、ウィズグループ設立。引き続きIT系大規模コンファレンスの事務局統括・コンテスト企画などを行う。13年には「たからのやま」を設立。徳島県の限界集落に高齢者のタブレット使用のサポートを行う拠点を設け、高齢者との共同製品開発事業を開始。
白河桃子
少子化ジャーナリスト、作家、相模女子大客員教授、経産省「女性が輝く社会の在り方研究会」委員
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。「妊活バイブル」共著者、齊藤英和氏(国立成育医療研究センター少子化危機突破タスクフォース第二期座長)とともに、東大、慶応、早稲田などに「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプランニング講座」をボランティア出張授業。講演、テレビ出演多数。学生向け無料オンライン講座「産むX働くの授業」も。著書に『女子と就活 20代からの「就・妊・婚」講座』『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』『婚活症候群』、最新刊『「産む」と「働く」の教科書』など。