理系から文系へ。ゼロからのスタート

キリン執行役員 CSV本部ブランド戦略部部長 坪井純子さん

入社5年目の90年に、飲料食品事業本部の商品企画担当に異動しました。新商品開発や既存の商品のブランドマネジメントが仕事です。また91年にはキリンビバレッジ社が発足し、私もキリンビバレッジに異動。たくさんの新しい仲間に出会うことができました。

当時の飲料の商品開発チームは総勢8人。私以外は営業やマーケティングなどの知見がありました。確かにマーケティングも「モノづくり」ですが、仕事の中身はまるで違います。私は専門が違い知識も経験も生かせませんし、そもそもこれまで自分が育った理系の文化とも違う。転職したような感覚で、何もかも勉強でした。本当にゼロからのスタートになりました。

清涼飲料業界は当時からコカ・コーラグループがトップメーカー。私たちは「挑戦者」でしたから、「とにかく新しいこと、これまでにないことをやってみる」。これがチームの基本的な考え方でした。中身はもちろん容器開発、環境への取りくみと、怖がらずに何でも手を出していくチームの雰囲気がありました。

ちなみに私が先輩の指導を受けながら開発チームに加わった商品が初めて世に出たのは91年。高果汁炭酸の「シャッセ」でした。当時としてはかなりのヒットだったのはうれしい記憶です。

残念ながら飲料のマーケティングに携わった期間は短く、その後ビールの商品企画に異動しました。季節限定の「秋味」、地域限定の「広島じゃけん」の開発およびブランドマネージャーを務めるなどで、6年半在籍しました。

社長の後ろには誰もいない

マーケティング部門には合計すると8年近く従事し、その後広報に異動して経営職となりました。マーケティングから広報へ。またゼロからのスタートです。当初は戸惑いました。特に経営職になり初めてメンバーを持つようになったときはリーダーシップやマネジメントについてもずいぶん悩みました。

けれどマーケティングでゼロからいろいろ学んだこと、たくさんの失敗をしたことが私の強みになったように思います。広報など初めての仕事も、その後に経験する経営者としての仕事も、マーケティングのフレームワークで捉えていけるようになったからです。

例えば広報では報道を通じお客様に何を伝え、どう感じていただきたいのか。そのためにどうターゲットを考えどんなシナリオを描くべきか。

新商品発売のリリースひとつにとっても、単純に5W1Hの情報提供だけではなく、消費行動にこんな変化が起きているのでこんな商品が求められている、というストーリー性を織り込んでいく。もちろんコンセプトワークも必要になります。自分たちの主張したいことだけを発信する広報では記者の皆さんの心も動かないでしょうし、お客様に届きません。

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坪井さんのキャリア年表

キリンビバレッジに2度目の出向をし広報部長を経て、2010年3月に商業施設である横浜赤レンガの社長に就任しました。横浜赤レンガでの経験もまた私にとって大きな財産となりました。

横浜赤レンガではそこで働くたくさんのスタッフ全員が「横浜赤レンガ大好き」と自信を持って言います。横浜赤レンガはひとつのブランドです。ブランドを強くするうえでの出発点は、はたらくメンバーがブランドに強い愛着を持ち、ブランドをよくするために一人ひとりが一生懸命考えていることだと強く感じました。

忘れられないできごとのひとつは東日本大震災です。建物の構造から地震の揺れは大きくなかったのですが、津波警報が発令され、施設を緊急閉館するかどうかの決断を迫られました。商業施設ですから判断を誤るとテナントとの補償問題になりかねません。

「どうしますか、社長」と防災センターに集合したメンバーたちが全員私のほうを向き、尋ねてきます。地震の直後は情報が少なくこれほどの大きな厄災と想像もつきませんでしたが、とにかくお客様と従業員の安全を第一と考え、緊急の閉館を決めました。

このとき改めて思い知らされたのは、社長の後ろには誰もいないということ。怖くても自分で決めなければならないということでした。

引き出しが多いほど、仕事は面白くなる

シニアリーダーになっていくほど、戦略も業務もより広く、より長く捉えることが求められます。責任は重くなりますが、取り組むスケールも大きくなる。大きなプレッシャーになりますが、様々なチャレンジを前向きに楽しむことができるとよいと考えるようにしています。

入社してすぐ工場でモノづくりの現場を経験できなかったのは、女性だったからかもしれません。でもその代わりにマーケティングや広報を経験し、新しい自分を見つけるチャンスを得ました。挫折と感じることも何事もポジティブに捉えていけば、物事は良い方向に進むものだと、今では思うことができます。

私の仕事道具:文具にはこだわりがある。「考えるとき」は鉛筆、「決めるとき」は万年筆で書く。

全く異なる業務にゼロから取り組むのはエネルギーが要りますが、自分の引き出しは増える。引き出しが多いほど、視点もできることの幅も広がって仕事が面白くなると思います。枠を超えるチャンスが到来したなら思い切って超えて、いままでの自分を変えてみるのもよいのではないでしょうか。枠から出なければ自分で未来を固定してしまいます。

一方で変えることばかり優先しては根無し草です。幸運にも出会えた仕事では地に足をつけ、専門性を高めたい。そして枠を超えるときも自分らしさを失わないでチャレンジしたいものです。

私自身はいつも自然体であることを“旨”としてやってきましたし、これからもそれを貫いていきたいと考えています。