「不妊貯金」をつくる人も

「不妊治療のために会社を辞めました」

そんな女性が結構たくさんいます。正確に言えば、治療が体外受精へと進む段階で、出張やはずせない会議などがあり、時間の融通がきかない仕事をしている人には「仕事との両立が難しい」という局面がでてきます。

治療によっては「1日おきに注射に通う」という人もいますし、採卵日(体外受精のために卵子を採取する日)が決まるのは、その2日前、または突然「明日きてください」と言われることもあります。

野田聖子さんも「国会議員」という待ったなしの仕事を続けながら、不妊治療を継続する苦労を著書に綴っていました。「子育てと仕事の両立」もたいへんですが、「妊娠することと仕事の両立」も結構大変なのです。そして、それは本人が言わない限り、周囲には理解され難いことです。

「辞めてよかった。辞めたらすぐに妊娠できたよ」という人もいます。しかし、ここで要注意なのが、年齢や体調、そして資金面との相談。不妊治療は非常にお金がかかる治療です。1回の体外受精に30万円から60万円かかるということもあります。

会社を辞めるという選択は、「資金面」と「子どもができなかったら」というシナリオを検討してからがいいでしょう。

まず資金面は夫婦で相談し、どれだけお金をかけるかを決めたほうがいい。夫婦で「不妊貯金」として資金をプールし、そのお金が尽きたら辞めようと決めている人もいます。

ある程度年齢がいっている人は、不妊治療のために仕事を辞め、もし子どもができなかったら……というシナリオも考えた方がいいでしょう。復職できるようなキャリア、技能、資格がある人は、一時は会社を辞めるという選択もありでしょう。そうでない場合、本当にその仕事がなくなってもいいのかを十分に考えてみてください。

ストレスをためずに治療を続ける方法

次に辞めないで治療を継続する方法を検討してみます。今はさまざまな治療法があり、クリニックによってかなり違います。注射も通院しなくていいような「自己注射」がありますし、通院の負担が多い注射を多用しないところもあります。

都会の場合、医師はいくらでもいるので、自分に合うと思う人を選択してください。例えば「治療のために仕事を辞めろ」という医師もいますが、お医者さんは意外と世間知らずです。彼らは専業主婦の奥さんがいる人が多く、「女性は仕事を辞めても困らない」と思い込んでいる人も多いのです。

クリニックや医師との相性が悪い……と思う場合は、病院を変える選択を考えてください。相性は人それぞれなので、「優しく配慮してくれるクリニックがいい」という人もいれば「ビジネスライクなところがいい」という人もいます。買い物をするときのように、情報を集め、実際に行ってみることも重要です。

何よりも大事なのは「ストレス」をためないということです。ストレスは妊娠の大敵ですから。

会社を辞めない場合、それではどうやったら「ストレス」をためず、治療と仕事の両立ができるか考えてみます。

無理なく通える医師に変える(通院に便利な場所も重要です)。そして、部署や仕事を変えるという選択をする人もいます。出張や会議などのはずせない予定が多い管理職から下りた人もいます。ワークライフバランスを求めて転職する人もいます。まったく仕事を辞めてしまうのは、おすすめしませんが、ある程度の「ワークダウン」は選択肢のうちでしょう。

「不妊治療休暇」を活用しよう

また、使える休暇制度がないかどうか、ぜひ社内の制度を調べてみてください。

近年、不妊治療のニーズの急増にあわせ、「不妊治療休暇」を設ける企業や自治体があります。

「不妊治療」としては「言いにくい」という人も多いので、「ファミリーサポート休暇」など、男女ともに介護などさまざまなニーズに仕える休暇(無給も有給もある)の一部として「不妊治療」が対象になっている企業もあります。

また治療費についても、自治体だけでなく企業の助成、または「無利子の貸付」などを優遇してくれる制度もあります。

自分の会社の制度については意外と知らないことが多いので、ぜひ調べてみてください。

その際に「人に知られたくない」ということは、もうあまり気にしなくてもいいのではないでしょうか? カミングアウトすれば「私も治療していた」という経験者がごろごろいる時代です。34人に1人が体外受精の子どもとして産まれています。

辞めない方法を手を尽くして考える

誰にも訴えることなく、ただ「理解が足りない」「環境が悪い」と悶々としていてもストレスがたまるばかりです。

今は、「環境は作るもの」でもあります。

あまり知られていないのですが、さまざまな社員のニーズに配慮して、今厚生労働省は「特別な休暇制度」の企業への導入を推奨しています。

特別な休暇制度(特に配慮を必要とする労働者に対する休暇制度)とは、休暇の目的や取得形態を労使による話し合いにおいて任意で設定できる法定外休暇を指します。

年次有給休暇、生理休暇、育児休業、介護休業などの法定で決められた範囲以外に、社員に配慮して会社が独自の就業規則で決める「法定外休暇」です。この中に「不妊治療」も対象となれば、休暇がとれます。制度導入によるメリットやセミナー(全国で開催)についての詳細はぜひ下記のサイトを参照してください。
http://www.kyuukaseido.jp/purpose/

また不妊治療による休暇に関しては「1年などの長期の単位」を望む人もいれば、「1日1時間程度の外出(通院のための)」など細かくとれる休暇が良いという人もいます。不妊治療に関して休暇制度を作ろうとする企業も多いので、その場合はぜひさまざまなニーズを細かく拾ってほしいと思います。

今子どもを持ちたいという人に対しては追い風が吹いています。まず会社を辞めるという選択の前に、辞めないという選択肢を手を尽くして考えてみましょう。大切なのは「ストレスをためないこと」と「長いスパンで考えること」です。

白河桃子
少子化ジャーナリスト、作家、昭和女子大女性文化研究所客員研究員、大学講師
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。講演、テレビ出演多数。経産省「女性が輝く社会のあり方研究会」委員。著書に『女子と就活』(中公新書ラクレ)、共著に『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』(講談社+α新書)など。最新刊『格付けしあう女たち 「女子カースト」の実態』(ポプラ新書)。