糖質は脳の主要なエネルギー源
「ご飯は太るから」「パンや麺をやめたら痩せた」という言葉を耳にすることが増えました。いわゆる「糖質制限」は、短期間で体重が減ることが多く、手軽なダイエット法として人気です。
確かに、糖質を減らせばエネルギー源が不足し、体は脂肪や筋肉を分解して補おうとします。その結果、体重が減るのは自然なことです。
けれど、それが長く続いたとき、体の中では何が起きているのでしょうか。
糖質は単なる「太るもと」ではありません。「脳の主要なエネルギー源」であり、集中力や判断力を支える大切な燃料です。ご飯を抜くとぼんやりしたり、イライラしたりするのはそのためです。
また、糖質が少ない食事では、筋肉の分解が進みやすくなり、代謝の低下を招きます。体重は減っても、その中身が「筋肉の減少」だったとしたら、本当の意味での健康とはいえません。
さらに見落とされがちなのが、糖質を制限すると「食物繊維」や「ビタミンB群」など、糖質を含む食品に豊富な栄養素まで不足してしまう点です。
米やパンを減らすだけでなく、果物や芋類まで避けてしまう人もいます。そうなると便秘や疲労感、肌荒れなどが起きやすくなります。糖質制限中に「なんとなく元気が出ない」「笑顔が減った」と感じる人が多いのは、まさに体と心の両面でエネルギーが足りなくなっているからです。
糖質制限の危うい“極端さ”
もちろん、糖質のとりすぎがよくないのも事実です。清涼飲料やスイーツを無制限に食べていれば、血糖値が急上昇し、肥満や糖尿病のリスクが高まります。
問題なのは「制限」そのものではなく、「極端さ」にあります。
実際、炭水化物の摂取量と死亡率の関係を調べた大規模研究では、極端に少ない摂取も、極端に多い摂取も、死亡率が高いことが示されています(*1)。
最近では、糖質を「毒」とまで表現する書籍も登場しており、「食べてはいけないもの」としての誤解が広まってしまっています。糖質を減らすことが目的化し、「ゼロに近い食生活」を続けてしまうと、健康を守るどころか壊してしまう。まるでハンドルを切りすぎて、バランスを失うようなものです。
食事は本来、我慢ではなく、「調整の連続」です。
たとえば昼にラーメンを食べたら、夜はご飯を控えめにして野菜を多めにする。週末に甘いものを楽しんだら、翌日は軽めにする。そんな柔軟なリズムが、長く健康を保つコツです。
糖質も敵にするのではなく、「味方として上手に付き合う」ことが大切なのです。
体は軽くなったのに疲れやすいワケ
厚生労働省の「日本人の食事摂取基準」では、総エネルギーの50〜65%を炭水化物からとることが推奨されています。これは、一日のエネルギー量を2000kcalとした場合、約250〜325gの炭水化物に相当します。
ご飯茶碗1杯(約150g)の炭水化物は約55gですから、一日3食白飯を食べたとしても、まったく推奨量には届かないのです。「ご飯を食べたら太る」という思い込みは、科学的根拠に基づいていません。
私の周りにも、糖質制限を実行し、数カ月で10キロほど痩せた人がいました。しかし半年後に再会すると、「最近、頭が回らなくて仕事がつらい」「以前より疲れやすい」と打ち明けてくれました。
体は軽くなったのに、気持ちが重くなってしまった――。
その人は「もう少し自由に食べてもいいのかもしれない」と気づいたその日から、少しずつご飯を戻し、笑顔を取り戻していきました。
食べることは、生きることそのものです。糖質制限を「敵を断つ戦い」ではなく、「自分を整える習慣」に変えること。それが本当の意味での健康への近道です。
体重計の数字だけでなく、自分の心の軽さにも耳を傾けてみてください。ご飯の湯気やパンの香りが、きっとあなたの体と心に元気を戻してくれるはずです。
油の摂取がもたらす脳の健康
「揚げ物は太る」「バターは体に悪い」「油はできるだけ抜いたほうがいい」――。
健康を意識する人ほど、こんな言葉を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。近年の「脂質悪者説」は、健康志向ブームとともに広がりました。
しかし、油は本当に体に悪いのでしょうか。
脂質は、人間の生命を支える重要な栄養素の一つです。細胞膜の材料になり、ホルモンを作るために欠かせず、脳の約6割は脂質でできています。そのため、油を過度に断つことは、脳の健康を損なうことにつながります。
また、脂質が不足すると、肌の乾燥やホルモンバランスの乱れ、集中力の低下など、心身のさまざまな不調が起こりやすくなります。
特に若い女性の中には、「油は太る」と言って極端に控える人がいますが、それが肌荒れや生理不順、慢性的な疲労感につながることも少なくありません。
さらに、油は体にとってとても効率の良いエネルギー源です。三大栄養素のエネルギーを比べてみましょう。
・炭水化物:1gあたり約4kcal
・タンパク質:1gあたり約4kcal
・脂質:1gあたり約9kcal
脂質は、炭水化物やタンパク質の倍以上のエネルギーがあります。つまり、少量の油でも、体を動かす力として十分なのです。成長期や活動量の多い人にとっては、特に欠かせません。
良質な油を適量取ることの重要性
油を控えすぎると、どうなるでしょうか。
満足感が得られずに間食が増えたり、糖質やタンパク質に偏った食事になったりすることもあります。
逆に、良質な油を適量取り入れると、食事の満足度が上がり、結果として食べすぎを防ぐ効果もあるのです。
たとえば、青魚に多いオメガ3系脂肪酸は、血液や心臓の健康に良いことが科学的に証明されています(*2)。オリーブオイルのオレイン酸は血管を守り(*3)、ナッツ類の脂質には抗酸化作用が認められています(*4)。
一方で、マーガリンやファットスプレッドなどの油脂加工食品に含まれることがある「トランス脂肪酸」は、血管に負担をかける可能性があるため、とりすぎには注意が必要とされています(*5)。
しかし、油そのものを恐れる必要はありません。大切なのは、「油の種類」と「使い方」です。
心の健康にもつながる油の上手な使い方
たとえば、唐揚げやとんかつを食べたとき、「あぁ、おいしい」と感じるのは、油が食材の旨味を閉じ込め、表面をカリッと香ばしく仕上げているからです。天ぷらの衣がサクサクと軽いのも、油の温度と時間を適切にコントロールすることで生まれる、職人技の結晶です。
サラダにオリーブオイルをひとかけするだけで、野菜の味が引き立ち、満足感が生まれます。焼き魚にバターを少し添えれば、香りと風味が加わり、食事がもっと楽しくなります。
油を上手に使うことは、単にカロリーをとること以上に、味覚や満足感、ひいては心の健康にもつながるのです。
ちなみに、ご飯を炊くときに小さじ1杯程度の油を加えると、冷めてもご飯がかたくなりにくいのはご存じでしょうか。
ご飯が冷めてかたくなるのは、でんぷんの「老化」という現象ですが、油にはこの老化を防ぐ効果があるのです。お弁当用のご飯には特に最適な裏技ですので、機会があればぜひ試してみてください。
数字や理論も大切ですが、香りや食感、満足感という感覚もまた、人間にとって不可欠な栄養なのです。
油は、食卓に「おいしさ」を届け、体に「元気」をくれます。
唐揚げのサクサク感、バターの香り、オリーブオイルの風味――それらはすべて、油が作り出す食の喜びです。油を避けるのではなく、上手に選び、楽しむ。そうすることで、食事はもっと豊かになり、心も体も「潤って」いくのです。
【参考文献】
*1 Seidelmann, S.B., Claggett, B., Cheng, S., Henglin, M., Shah, A., Steffen, L. M., Folsom, A. R., Rimm, E. B., Willett, W. C., & Solomon, S. D.(2018). Dietary carbohydrate intake and mortality: A prospective cohort study and meta-analysis. The Lancet Public Health, 3(9), e419-e428.
*2 Mozaffarian, D., & Wu, J. H. (2011). Omega-3 fatty acids and cardiovascular disease: effects on risk factors, molecular pathways, and clinical events. Journal of the American College of Cardiology, 58(20), 2047-2067.
*3 Estruch, R., Ros, E., Salas-Salvadó, J., Covas, M., Corella, D., Arós, F., Gómez-Gracia, E., Ruiz-Gutiérrez, V., Fiol, M., Lapetra, J., Lamuela-Raventos, R. M., Serra-Majem, L., Pintó, X., Basora, J., Muñoz, M. A., Sorlí, J. V., Martínez, J. A., & Martínez-González, M. A. (2013). Primary prevention of cardiovascular disease with a mediterranean diet. New England Journal of Medicine, 368(14), 1279-1290.
*4 Bao, Y., Han, J., Hu, F. B., Giovannucci, E. L., Stampfer, M. J., Willett, W. C., & Fuchs, C. S.(2013). Association of nut consumption with total and cause-specific mortality. New England Journal of Medicine, 369(21), 2001-2011.
*5 World Health Organization.(2018). REPLACE trans fat: An action package to eliminate industrially produced trans-fatty acids. Geneva: WHO.
