アラフォーの関心が高まる

「卵子凍結は女性のライフスタイルを自由にする」「これでもう結婚や仕事に妥協しなくてもいい」そんな声が聞こえる今日この頃ですが、本当にそうなのでしょうか?

この問題に関して、あちこちで意見を聞かれますし、先日はBSフジのプライムニュースにもこのテーマで2時間出演しました。

発端は下記の日本生殖医療学会による「ガイドラインの発表」です。日本ではもう何年も前から水面下でプライベートクリニックが独自の指針でやっている。そこで「明らかにもう遅いと思われる年代の女性が、法外な料金で卵子凍結をする」といった事態を防ぐためもあり、下記の指針が発表されたそうです。

「不妊治療や病気などで行われている卵子凍結について、産婦人科医ら生殖医療の専門家からなる「日本生殖医学会」(理事長・吉村泰典慶応大学医学部産婦人科教授)は23日、健康な独身女性にも認めるとの方針を決めた。将来の妊娠に備え、若いうちに卵子を凍結して保存したいという動きが独身女性の間で広がっており、学会として指針を定め、無秩序に広がるのを防ぐのが狙い」(2013.8.23 産経新聞)

「加齢が原因で不妊になる場合の卵子凍結のガイドラインを協議し、(1)卵子を凍結するのは40歳以上は推奨できない(2)凍結した卵子で妊娠を試みるのは45歳以上は推奨できない――とした」(2013.8.24 日経新聞)

ところがこの指針を受け、意外な事態が起きています。

40歳までと限ったのは「早い出産を奨励するため」だったはずですが、逆に「40歳まで大丈夫」と、希望する女性の年齢が上がっているという事態。これは「卵子冷凍を考えるサークル」の女性から聞いたことです。「今までは30代前半中心だったのに、会にアクセスしてくる人の年齢が急にアラフォーに上がった」ということです。

中止するクリニックも相次ぐ

また「卵子凍結」を以前からやっている有名クリニックが相次いで「中止」を決めているそうです。これも何年かやってきて、「危機感を覚えてやってくるのは結局40代以上の人が多い」「結局凍結した卵子を使う人が少ない」ことと、年齢や保存の期限(クリニックの独自の指針で決まっている)などの関係で「廃棄しようとすると、トラブルが多い」ということです。

私はこの問題に関してすごく複雑な思いです。今やっている「妊活講座:仕事結婚出産、学生のためのライフプランニング講座」は「早くに出産子育てしてほしい」という啓蒙のために齊藤英和先生と始めたもの。「早い妊娠」を推奨する立場です。

でも、「産みたい女性にとって、日本企業はみんなブラックである(http://president.jp/articles/-/10651)」に書いた通り、仕事と子育ての両立に関しては、「まだまだ女性の頑張りだけで何とかなっている」状態です。そして、養ってくれる男もいない。

こんな状況で「頑張れ」というのなら、「卵子冷凍で……」と思ってしまう人がいるのも無理はない。すごくわかります。

私はこの技術を女性にとっての「お守り」のようなもので、それ以上でも以下でもないと思っています。自分のお金を使い、それがあることで心が平安に過ごせるなら、悪いことではない。欧米では「将来、自然妊娠できなかったとき用の預金口座のようなもの」とされているそうです。

なぜなら完璧な技術ではないから。結局は保存した卵子を使った「体外受精」という不妊治療になりますが、不妊治療って万全だと思いますか?

実は20代でもその成功率は2割程度です。

「それなら、5回体外受精をすればいいのでは?」

私も専門医の方にそう聞いたことがあります。でも「それは個人差だから。妊娠しやすい人もいるし、しにくい人もいるので、必ず確率通りではない」ということです。成功率は卵子を保存する年齢に準じます。40歳の卵子だと、40代の不妊治療の成功率=10%以下になります。もし保存するなら、なるべく早いうちに越したことはない。

パートナーが見つかるか

さらに、解凍した後の卵子がすべて使えるわけではない。

ある専門医の方は「私だったら、万全を期したいなら、20個は保存してほしいと言うでしょう」と言います。

卵子凍結の初期費用は一般的に60万円ぐらいで、20個保存したとしたら1年間20万円は必要になる。若いうちに保存したほうがいいので、20代から保存すると、結局「お守り」や「預金」が本当に効力を発揮するまでに、いくら払い続けるのか?

また「卵子の冷凍保存ができれば、キャリアの妨げにならない」という言説をよく耳にしますが、本当にそうでしょうか? 実は妊娠を遅らせるのは、「キャリアではなく結婚」の方です。結局のところ「適切なパートナーに出会えない」ことから妊娠が先延ばしになる。仕事なら「何歳までやれば、ある程度のキャリアが手に入る」とめどが立つでしょうが、パートナーに関しては今より明日、明日より1年後、10年後のほうが良いパートナーにめぐりあえる保証はない。

結局のところ、今卵子を冷凍保存する人が増えたら、10年後には「精子も売ってほしい」という状況もあるだろうなと想像できます。

欧米ではこのような「社会的卵子凍結」(Social Freezing 治療目的の人は医学的保存という)に対して「女性の選択の権利」として、ガイドラインを発表しています。日本もそれに倣ったわけですが、真の意味での「女性のライフスタイルを変える」変革になるには、まだまだということです。

このような現状を踏まえ、冷静に判断してほしいと思います。「お守り」にしては値段が高いと思うか、それとも安いと思うのかは人ぞれぞれの価値観です。

多くの心ある医師は「女性が不妊治療ビジネスの餌食にならないように」と警鐘を鳴らしてくれますが、私は「お守りでもいいから、欲しい」と願う女性の気持ちも大切だと思うのです。

白河桃子
少子化ジャーナリスト、作家、白百合、東京女子大非常勤講師
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。講演、テレビ出演多数。経産省「女性が輝く社会のあり方研究会」委員。著書に『婚活症候群』(ディスカヴァー携書)、共著に『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』(講談社+α新書) など。