「妊娠適齢期」とは

このたび経産省の「女性が輝く社会の在り方研究会」の委員に就任させていただきました。多くの識者の方たちと提言をまとめていきます。

私は、「輝く」のは仕事だけでなく、結婚や子どもなどのライフを含めて考えたいと訴えています。

産んで活躍する女性リーダーの多くが「不妊治療」と「流産」の経験者であり、それも「仕事のためなら仕方がない」という現状のままでは、政府が言っている「2020年までに女性の役職者を30%に」という「質と量」は実現しません。

前回(『産みたい女性にとって、日本企業はみんなブラックである』 http://president.jp/articles/-/10651)も書いたように、多くの女性リーダーの候補者に向けたキャリアプラン研修は、「妊娠の適齢期」については曖昧なまま行われています。

ある研修では、「28歳から45歳の間のどこかに子育て期を入れ込む」という知恵を後輩女性に授ける方がいて、とても感銘を受けました。つまり「2、3年先のキャリアプラン」と言われても「まだ31歳だよね。妊娠は先で大丈夫」と思ってしまう。だから長いスパンでキャリアを考えてほしいということです。

しかし、45歳までのどこかに……という表現では非常に広い解釈になります。

なぜ、妊娠の適齢期に関して、率直に言及することは難しいのでしょう?

女性リーダーたちは「40代になってから出産」している人も少なくないし、40代から子どもを持つことを否定するわけではないからです。いくつであろうと、チャレンジする意味はあると思っています。

それに、研修などで表立って言えることには限界があります。その後、個別に話をする機会ができて初めて「不妊治療に苦労した」「流産も経験している」という話が出てきます。公式な「女性研修」とは別に、後輩を思う先輩女性たちの「非公式な知恵の伝達」があるわけです。

できれば、20代が望ましい

よく女性が活躍できない現状を語るときに「ガラスの天井」という言葉が使われます。ガラスの天井は見えないため、気がつかずに進んでいってゴツンと頭をぶつけるという意味では、実は「不妊」という「ガラスの天井」も無視できないものではないでしょうか?

キャリア女性なら仕事が優先。キャリアを積んでから産むのが当たり前。芸能人の××さんだって40代で産んでいるのだから、自分だって大丈夫。妊娠という問題を見ないように進んでいくと、いざ妊娠したいときに、ガツンとやってくるのが「不妊」の問題です。出産のリスクが上がるというよりもまず、「妊娠すること」自体が難しくなってしまうのです。

誤解がないように書きますが、私は女性たちがもっと社会で活躍してほしいし、仕事に意欲のある女性や昇進したいと頑張る人は応援したいと心から思っています。そして知人の女性が役職につけば、我がことのように喜びます。ただ、厳然たる「妊娠しやすい時期」の限界を正しく知った上で、賢く選択し、もし子どもを望む場合は賢くプランニングしてほしいとも思います。

会社が女性の活躍研修をするなら、ぜひ「不妊診療」の専門家、それも公正な立場で話ができる医師を呼んで、もう1つの研修をやるべきではないでしょうか?

そして女性だけでなく人事や管理職などの男性、これから子どもを持ちたい男性社員もその場にいることが重要だと思います。語られるのは明らかなデータに基づいた、科学的な事実です。

『妊活バイブル』を共著した齊藤英和先生(国立成育医療研究センター不妊診療科医長 現少子化危機突破タスクフォース座長)の言葉を借りると「できれば20代」の妊娠が望ましい。そして「35歳から上は1年1年がすごく大切になる」ということです。多くの専門家の意見は「20代から34歳まで」なら、高額な不妊治療をしなくても良いし、お産も安産になる確率が高いということです。

私たちは一緒に本を書き、さらに大学へのボランティア出張授業「仕事、結婚、出産、学生のためのライフプランニング講座」を始めました。

就活する前の学生に大切なことを伝えたいという気持ちからです。医学的な事実については齊藤先生、「結婚」「産める就活」「仕事と産み時」などの「両立」問題は、私が担当します。

血液検査でわかるあなたの「妊娠力」

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年齢とAMH値

その中で、必ず反響があるコンテンツは「妊娠しやすさを示すAMH(アンチミューラリアンホルモン)のグラフ」です。卵巣の中に妊娠に適した卵子がどれだけ残っているかを示すグラフで、血液検査でわかります。なだらかなカーブを描き、年齢とともに下がっていきます。ここで注目すべきは縦の線です。これは「個人差」による数値のバラツキを表しています。例えば、ジャガー横田さんは42歳で第1子を産んでいますが、多分彼女は42歳にしては妊娠する力がある人。42歳の1番数値の高い人を横に伸ばすと、30代前半並みの数値です。逆に20代後半でも、40代の平均値ぐらいの数値の人もいます。つまり妊娠は非常に個人差が大きいのです。隣の席の人が40代で子どもを持ったからといって、「自分も大丈夫」ということではないのですね。

もしキャリアのために妊娠の年齢を遅らせたいと思う人がいたら、このような検査を受けて「自分は妊娠しやすいのか、しにくいのか」ぐらいは知っておいてもいいと思います。

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年齢別にみる排卵と妊娠率の関係

そしてもう1つは「排卵日に合わせてセックスした場合、どのぐらいの確率で妊娠するか」を表したデータです。20代前半ならちゃんとタイミングが合えば5割ぐらいの確率で妊娠します。しかしこれが30代後半になると、半分ぐらいの確率になります。パートナーの年齢も関係してきます。30代後半の女性の場合、パートナーが5歳上、つまり40代以降になると、実線と点線のような差が出てきます。男性不妊も不妊の原因の半分を占めているので、男性にもこういった知識は必要でしょう。

「女性手帳」は批判されましたが、こうした妊娠についての知識は男女ともに持つ必要があります。女子大生にアンケートをしたら7割の女子たちが「卵子は毎月1個できる」と答えました。また、「第1子を産むのはいくつまで」と聞くと、どこの大学でも「40代でも大丈夫」「50代でも大丈夫」と答える人が少なからずいます。

医療系大学生でも知らない事実

先日、宋美玄先生のブログにこんな話が載っていました。日本性科学学会の学術総会での発表で「医療系の大学生にアンケートを取ったところ、多くの学生が『45歳以上でも妊娠できる』『1回体外受精をしたら50%以上が妊娠できる』などと実際の妊娠事情よりもかなり甘めに認識している」ということです。宋先生も「医療系の学生でもそうなんですか、啓発が必要ですねえ」と書いています。体外受精の妊娠率は20代でも2割弱ぐらいです。

医療系の学生の認識でもこの程度ですから、一般の人が知らないのも無理はない。

学校でも「医学的な事実」を教える「教育」が必須ではないでしょうか?

そしてすでに学校教育を終えた社会人は、自分で情報をとっていかなくてはいけません。そしてこういった情報を経営者や人事部こそ知るべきでしょう。

しかし産みたいかどうか、いつ産むのか、というのは個人の自由なので、会社サイドが「妊娠適齢期だから、仕事を緩くする」などの措置を勝手にとると「妊娠は後回しにして、ひょっとしたら子どもを持てないかもしれないリスクをとっても、もっと活躍したい」また現在は「パートナーがいない」という女性にはとても失礼なことになります。要するにセクハラ認識が緩かったころの、「○○ちゃん、そろそろ結婚しないの?」と聞いてくる「おせっかいなオヤジ」と同じことになってしまうのです。

専門家の教育を受ける機会を

じゃあ、どうすればいいのか?

社員に専門家からの教育を受けるチャンスを与え、その後は女性の自分の判断に任せる。そして女性は、自分の仕事と妊娠適齢期の兼ね合いを自分で受け止め、戦略を練るということです。

人材育成には、男性と女性は「仕事に打ち込める時期」に差があり、それを多様性として受け止める柔軟性を備えた設計が必要になります。例えば、30歳と決まっている昇進試験をいつ受けても不利にならないようにする、そんな取り組みです。「産み時をいつに設定しても、仕事に不利にならない柔軟な人事」に変えていくしかないと思います。

男女の能力に差はありませんが、やはり妊娠だけは女性にしかできないことです。子育ては、育休をとった男性に言わせると「おっぱいを出すこと以外は女性と同じことができる」ので、男女差はないと思っています。でも10カ月お腹で赤ちゃんを育て、この世に生み出すという仕事は女性だけのものです。女性はしっかりと自分の人生を自分で運営していかなくてはいけません。

企業サイドからすると、産む女性は会社の利益にならない、お荷物ということになるのでしょうが、出産した女性社員は将来のお客様を育ててくれる存在と思えばいかがでしょう?

「うちはアジアに進出するから関係ない」と言われてしまえばそれまでですが、国内市場を相手にし、日本人の従業員を必要とする以上、次世代の再生産のコストをすべての会社が負担しなくてはいけません。もし会社の商品がラーメンや飲料だとすれば、その会社の女性社員が仕事のために産み時を逃してしまったら、将来の会社の売り上げも減るのです。

「木を育てず伐採するだけの会社に未来はない」のです。

データ提供:国立成育医療研究センター 齊藤英和医師(『妊活バイブル』より)

白河桃子
少子化ジャーナリスト、作家、白百合、東京女子大非常勤講師
東京生まれ、慶応義塾大学文学部社会学専攻卒。婚活、妊活、女子など女性たちのキーワードについて発信する。山田昌弘中央大学教授とともに「婚活」を提唱。婚活ブームを起こす。女性のライフプラン、ライフスタイル、キャリア、男女共同参画、女性活用、不妊治療、ワークライフバランス、ダイバーシティなどがテーマ。講演、テレビ出演多数。経産省「女性が輝く社会のあり方研究会」委員。著書に『婚活症候群』(ディスカヴァー携書)、共著に『妊活バイブル 晩婚・少子化時代に生きる女のライフプランニング』(講談社+α新書) など。