健康で長生きするには、どうすればいいのか。国際医療福祉大学三田病院 糖尿病・代謝・内分泌内科の坂本昌也教授は「糖尿病は血管の老化を加速させる病気で、進行すると命にかかわる深刻な病につながる。痩せていても発症するので、油断は禁物だ」という――。(第1回)

※本稿は、坂本昌也『世界中の研究結果を調べてわかった!糖尿病改善の最新ルール』(あさ出版)の一部を再編集したものです。

患者の指で血糖値を測定する医師
写真=iStock.com/interstid
※写真はイメージです

日本人はエネルギーを脂肪として蓄えやすい

糖尿病は、日本だけの問題ではありません。

国際糖尿病連合(IDF)の統計によると、世界の糖尿病患者数は1980年の段階では約1億人程度とされていましたが、2021年の階段で5億人を超えています。同機関では、2050年には9億人近くに達するだろうと予測しています。

つまり地球上の8人に1人が糖尿病になる時代が迫っているのです。なぜこれほどまでに糖尿病が世界的に増えているのか。その背景を探ってみると、現代人の生活が糖尿病と大きく関係していることがよくわかります。

糖尿病に関するキーワードとして所説ありますが、古くからいわれていたのは「倹約遺伝子」です。倹約遺伝子は、日本人に多く見られる遺伝子で、食事などで得たエネルギーを脂肪として蓄える働きを持っています。

人類の長い歴史の大部分は飢餓との戦いでした。食料が安定的に得られない時代においては、少しの栄養でも効率よく体に蓄えられる遺伝子を持つ人が生き延びやすかったのです。脂肪をため込み、エネルギーを節約して生きる仕組みこそが人類を進化させたといっても過言ではありません。

しかし、現代は飢餓とは正反対の環境にあります。食べ物はコンビニやスーパーなどへ行けば、いつでも手に入るようになりました。倹約遺伝子は、飽食の時代の現代では肥満や糖尿病を引き起こすリスク要因になってしまったのです。

「体を動かす機会の減少」も理由の一つ

食事そのものの変化も大きな要因です。世界中でファストフードや加工食品が普及し、高脂肪・高糖質の食事があふれるようになりました。炭酸飲料やエナジードリンクなど、糖分を多く含む飲み物を日常的に摂る人も増えています。

ただでさえ使い切れないエネルギーを過剰に摂れば、糖尿病につながることはいうまでもありません。

ライフスタイルの変化も大きいでしょう。デスクワーク中心の仕事が増え、移動は車やバイクに電動キックボード、エレベーター、エスカレーター、バスや電車……。

歩く距離は短くなり、階段を使う機会も減り、体を動かすことが日常生活からどんどん失われれば、普通に生活していても運動不足に陥ります。エネルギーを使うことが少なくなるのですから、過剰に摂ったエネルギーがさらに余るのは必然です。

また、かつては「豊かな国の病気」といわれていた糖尿病ですが、いまや発展途上国でも患者数が急増しています。経済成長に伴って食生活が欧米化し、生活が便利になったことで、短期間で糖尿病が国民病のひとつになってしまっているのです。

ストレスは血糖値を一時的に上げる

もうひとつ無視できないのが、現代社会の特徴でもあるストレスです。ストレスは心だけではなく、体のホルモンバランスにも大きな影響を及ぼします。人は強いストレスを感じると、アドレナリンやコルチゾールといったホルモンが分泌されます。

これらのホルモンには「戦うか逃げるか」という緊急時に備えるために血糖値を一時的に上げる働きがあります。昔なら外敵から逃げるために必要な反応でしたが、現代では仕事のプレッシャーや人間関係の悩みといった逃げ場のないストレスにさらされることで、慢性的に血糖値が高い状態になってしまいます。

世界中で広がる糖尿病ですが、欧米と日本をはじめとするアジア諸国では少し事情が異なります。

あなたは糖尿病患者と聞いて、どんな人を思い浮かべますか? おそらく、太った中高年の男性をイメージすると思います。間違っているわけではありません。実際、欧米では肥満と糖尿病の関連が非常に強く、体重が増えるにつれて糖尿病になる確率が上昇します。

しかし、日本人の場合は、太っていなくても糖尿病を発症します。しかもその多くが、「かくれ糖尿病」と呼ばれ、本人も気づかないまま進行しているケースです。かくれ糖尿病とは、糖尿病であるにもかかわらず、健診などの検査では糖尿病と診断されず、見逃していることをいいます。

「痩せている人」でも糖尿病になる

欧米人と日本人の体質には次のような違いがあります。

欧米人は筋肉量が多く、すい臓から分泌できるインスリンの量が多いため、ある程度体重が増えても、血糖値を正常に保てる余力があります。

一方、日本人は小柄で筋肉量も少なく、すい臓から分泌できるインスリンの量が欧米人と比べると少ないため、欧米人ほど太っていなくても、血糖値が上がりやすいのです。

例えば、欧米人なら体重が100キロを超えても糖尿病にならないことがありますが、日本人は体重70キロ前後でも糖尿病になるケースは珍しくありません。

日本人の場合、「痩せているから自分は大丈夫」という考え方は危険です。むしろ「痩せていても糖尿病」というケースを念頭に置いておいたほうがいいでしょう。それでは、どうしたら、かくれ糖尿病に気づけるのか? その方法については、本書で詳しくお話しします。

糖尿病が怖いのは、血糖値が高いことではなく、その状態が続くことで全身の血管や臓器に少しずつダメージが蓄積し、やがて心不全や腎不全、さらには認知症といった深刻な病気を引き起こすからです。いわゆる合併症の発症です。

血糖値が高い状態は、心臓・腎臓・脳への負担が大きい

心臓への影響は特に大きく、糖尿病歴が15年以上になると、心不全のリスクが2倍以上に高まるという報告もあります。糖尿病があると冠動脈の動脈硬化が進みやすく、狭心症や心筋梗塞といった虚血性心疾患が起こりやすくなります。

しかも、心疾患にある典型的な胸の痛みが出ない「無痛性心筋梗塞」も多いため、知らないうちに病気が進行し突然の発症につながる危険性もあります。日本人の2型糖尿病患者の合併症(心血管疾患または腎臓疾患)を見ると、心不全が約3割を占めています。

腎臓への負担も深刻です。腎臓は細かい血管の集合体で、高血糖が続くとこれらが少しずつ傷つき、機能が低下します。これが糖尿病性腎症で、進行すると人工透析が必要になります。日本では新たに透析を始める患者の原因疾患として糖尿病性腎症が常に第1位であり、2型糖尿病患者では合併症(心血管疾患または腎臓疾患)の約4割が慢性腎臓病(CKD)とされています。透析は週に数回、数時間を費やす大きな負担となり、生活の質が著しく低下します。

さらに脳の血管も影響を受け、脳梗塞や脳出血のリスクが高まります。近年特に注目されているのが認知症との関係で、2型糖尿病の人は認知症になるリスクが健常者の約2倍という報告もあります。

糖尿病は“血管の老化を加速させる病気”

血糖値が高い状態は神経細胞を傷めやすく、アルツハイマー型認知症や血管性認知症を招く要因となり得るのです。

糖尿病が怖いのは、こうした合併症がほとんど自覚症状のないまま進んでしまうことです。心臓や腎臓、脳の血管や細胞は長い時間をかけて傷み、ある日突然、心不全や腎不全、脳梗塞として表面化します。そのときにはすでに重症化していることも多く、治療の選択肢は限られてしまいます。

糖尿病は血糖値が高くなる病気ですが、言い換えると、「血管や臓器の老化を加速させる病気」でもあるのです。誰でも年齢とともに血管は老化しますが、糖尿病があるとそのスピードが何倍も速くなります。

だからこそ、「血糖値が少し高いだけ」と軽く考えず、早い段階からの対策が必要なのです。わたしたち専門医の目標も、単に血糖値の数値を下げることではなく、合併症を予防し、健康寿命を守ることにあります。

「血糖値少し高い」はもはや“糖尿病”

血糖値の指標の評価には「境界型」というものがあります。健診で「血糖値が少し高めですね」「そろそろ真面目に糖尿病予防のことを考えたほうがいいですよ」と言われるのがこのタイプです。多くの人は深刻に受け止めず、「まだ大丈夫」と考えてしまいがちですが、むしろ「すでに糖尿病が始まっている」と受け止めるべきです。

境界型とは、空腹時血糖値が110~125mg/dL、ヘモグロビンA1cが6.0~6.4%、食後2時間値が140~199mg/dLの状態を指します。最近では空腹時血糖値が100~109mg/dLを「正常高値」(基準に達しておらず、正常値よりも高い値)とし、早めの対策を促す動きも出てきています。

境界型の怖さは、この段階では自覚症状がほとんどないことです。血糖値が少し高めでも日常生活に支障を感じることはほとんどなく、自分が病気の前段階にいることに気づくこともないと思います。

しかし、その頃にはすでに血管や臓器の損傷が進んでいます。実際、境界型の人は心筋梗塞や脳梗塞のリスクが正常な人と比べて高いと報告されていて、腎臓の細い血管にもすでにダメージが始まっていることも多いです。

もしあなたが「糖尿病です」と告げられたときには、すでに病気の後半=レイトステージに入っていると考えたほうがいいでしょう。糖尿病と診断した患者さんから「軽症ですか、重症ですか」と聞かれることがありますが、糖尿病を発症した段階で軽症ということはありません。

“境界型”を放置してはいけない

医療現場でも、境界型への対応が課題となっています。

坂本昌也『世界中の研究結果を調べてわかった!糖尿病改善の最新ルール』(あさ出版)
坂本昌也『世界中の研究結果を調べてわかった!糖尿病改善の最新ルール』(あさ出版)

糖尿病と診断できないため薬物治療はあまり行われませんが、放置すれば確実に糖尿病が増えていきます。年間で5~10%が糖尿病へ移行するとされ、5年、10年のスパンで見ればもっと多くの境界型が糖尿病へ進んでいるのが現状です。

糖尿病型と境界型の線引きの数値が決められたのは、もう50年以上前のことです。この考え方自体が過渡期を迎えているのかもしれません。

境界型を「まだ糖尿病ではないから安心」ととらえるか、「すでに糖尿病の入り口に立っている」ととらえるかの違いが、将来を大きく左右します。

糖尿病を発症する前に気づいて対策することこそが、合併症を防ぎ、長く健康でいるための最善策。すでにアメリカ糖尿病学会では、境界型を「放置してよい段階」ではなく、糖尿病や心血管疾患を防ぐための重要な介入ポイントとして重視しています。

(参考文献)
・『IDF 糖尿病アトラス 第10版』/国際糖尿病連合
Over 250 million people worldwide unaware they have diabetes, according to new IDF research/国際糖尿病連合(2025 年4 月7 日)
JACC Heart Fail. 2021 Aug;9(8):594-603.
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