チャットボット(会話ロボット)の活用で顧客課題を解決するAI企業、Spontena(スポンテナ)。独自の会話エンジンから生成AIまで、会話サービスに不可欠な自然言語処理技術を幅広く扱う一方、会話モデル作成のため多くのクリエイターを採用。「シナリオ型」と称されるその自然なコミュニケーションは、急成長するチャットボット業界にあっても高い評価を受けている。同社でシステム開発を担当するリサーチエンジニアの藤井遼氏、応答シナリオ作成・実装を手掛ける会話設計士の宮﨑桂子氏、辻村寛子氏にお話を伺った。

いち早くチャットボットに着目したSpontena

――チャットボットは日本では2017年頃から利用が始まりましたが、Spontenaの設立は2013年。早い段階からチャットボットに注目していたわけですね。

【藤井】チャットボットについては、生活者と企業のインターフェースを担うのではないかという可能性に博報堂DYグループの一員として着目し、この分野のパイオニアであるアメリカのPandorabots(パンドラボッツ)社と組んできました。現在Spontenaは、博報堂DYグループ内のテクノロジー人材が集まる博報堂テクノロジーズの管轄会社となり、博報堂DYグループのテクノロジー戦略の一翼を担っています。

――チャットボットというとIT・理系というイメージがありますが、辻村さんと宮﨑さんが担っている会話設計士とはどういったお仕事なのでしょうか。

【辻村】会話設計士というのは、チャットボットとお客様とのやり取り(シナリオ)を設計、開発する仕事です。私は前職ではソーシャルゲームのシナリオを書いていました。

【宮﨑】私たちは文系理系に分かれていなくて、会話設計士もコードを書けるし、エンジニアもシナリオづくりがわかるという面があるんです。私はSpontenaに入社するまではミステリー作家として作品を上梓していましたが、チャットボットという言葉も知りませんでした(笑)。

【藤井】Spontenaがシナリオライターや作家を採用した狙いは、クリエイティビティにあふれたシナリオコンテンツを創造するためです。代表的な事例としては、大手運送会社のLINE公式アカウントのチャットボットがあります。自分の荷物の状況確認や配達日時の指定が自然な会話でできると好評をいただいており、現在、約5000万を超えるユーザーに利用いただいています。

藤井遼(ふじい・りょう)
2014年博報堂入社。2022年博報堂テクノロジーズへ参画。Spontenaでは顧客企業の業務プロセスとの統合を含んだ高度なチャットアプリ開発に従事しつつ、LLM(大規模言語モデル)を用いた生成型モデルとシナリオ型チャットボットの統合構想実現の研究を進めている。特許取得、トップレベル学会誌(TACL)への投稿・採択、国際学会(EMNLP)発表などを経験。ChatGPTに発生するミスを見つける趣味を通じて、日々、人間の持つ理解力の高さとのギャップを実感中。

生成AIとルールベース型AIを統合した「ハイブリッド型会話エンジン」

――SpontenaではChatGPTに代表される生成AIの技術を導入し、ルールベース型AIと組み合わせた「ハイブリッド型会話エンジン」を開発中と伺っています。

【藤井】テキスト生成AIは自然な会話が特長ですが、確率的に言葉を選んでいるため、回答が毎回変わったり、ハルシネーション(事実とは異なる回答)を生成したり、数学的処理が正確でないといった課題があります。Spontenaでは生成AIとルールで決められた通りに動作するルールベース型AIを組み合わせることで、誤回答を防ぎ、より自然で正確な応答が可能なチャットボットシステムを開発しています。

――ChatGPTは大きな話題を呼び、一気に普及しましたが、その理由はどこにあるとお考えですか。

【辻村】機械は技術の発達とともに操作がどんどん複雑になり、これまでずっと人間の側がそれに合わせていました。ところがChatGPTは人が感じたままを口にすれば、自然言語で返答し、対応してくれます。それが新鮮で心地よかったのではないでしょうか。

【宮﨑】そうしたChatGPTの利点は、そのまま日本語チャットボットの利点でもあると思うんです。チャットサービスではユーザーが言葉で要望を伝えれば、チャットボットが言葉でそれに答え、人間に寄り添って対応してくれますから。

【辻村】Spontenaのチャットボットは書き込みだけでなく音声にもこだわり、違和感が出ないよう、自動読み上げでも自然な口調になるよう調整しているんです。

辻村寛子(つじむら・ひろこ)
2019年にSpontena入社。主にチャットボットのシナリオ作成から開発までを担当。システムについて予備知識のないユーザーでも先入観なく、自然な会話でスマートにタスクを解決できるような組み立てを日々模索中。学生時代からアマチュアでゲーム制作をしており、現在も趣味として続けている。幅広い属性をもつユーザーに、何かを分かりやすく伝えることの難しさとやりがいの大きさを日々噛み締めている。

――読み上げまで考えられているとは。Spontenaのチャットボットは、どういう仕組みで動いているのですか?

【藤井】ユーザーのテキスト入力は、メッセージングアプリやWebチャットからSpontenaのサーバーに転送され、Spontenaが独自開発した分かち書きプログラム「Tinamy」で、単語に区切られた形に変換されます。

英語では単語と単語の間がスペースで区切られていますが、日本語の場合は単語の間に明確な区切りがありません。また、インターネット上のチャットで使われる言葉には出版物や日常会話とは異なる特殊なものが多くあります。たとえば「こんにちは」をただ「こん」と言ったり、「了解しました」を「りょ」と言ったり、日々さまざまな新語が生まれています。どんどん変わり続ける新語を手作業で会話エンジンに取り入れていくのでは大変です。

そこで「どのまとまりが単語か」を判定するのが、「Tinamy」というわけです。会話エンジンが処理しやすいよう、単語と単語の間にスペースを挟んで分かち書きし、文章を単語の羅列に変換、それをチャットボット本体(メインシステム)に渡します。

【宮﨑】たとえば「とても可愛い」という意味の「ギザカワユス」といった言葉も学習させていますし、新語だけでなく方言も入っています。関西の人はチャットボットに対してもフレンドリーに話しかけてくれる方が多いので、関西弁は多めに入れてあります(笑)。

そして次に行うのが、同じ意味の言葉をまとめるステップです。日本語の場合、「荷物が昨日、自宅に届いた」でも「昨日、自宅に荷物が届いた」でも「自宅に昨日、荷物が届いた」でも、みな同じ意味ですよね。ユーザーからの問い合わせも、「荷物はいつ届くかな?」「明日荷物がくる予定だっけ?」など、いろいろなスタイルがありますが、処理しやすいようすべて同じ文章に書き換えています。

【辻村】同じ意味の言葉をどう統一するかについては、人が判断をした上で実装しています。チャットボットの場合、レストランの予約や配達の受け取りなど、いろいろなシーンで使われているので、それらのシーンで共通して使えるようにしなくてはいけないんです。

宮﨑桂子(みやざき・けいこ)
2015年にSpontena入社。Spontenaでは主にユーザーの話した内容をボット処理しやすくする構築を担当。人間同士なら勘違いしないフレーズも、チャットだけだと正しく読み取れないようなフレーズについて日々考えている。小説家「桂 美人」としては、人生初の長編作品『LOST CHILD』で第27回横溝正史ミステリ大賞を受賞。改題して『ロスト・チャイルド』で作家デビューを果たす。地元では講演や小説コンクールの審査員などを経験。

顧客体験向上につながるネットワーク型シナリオ構造

――ユーザーの言葉を読み込むだけでも大変な作業ですね。その後、どのようにして会話になっていくのですか?

【辻村】Spontenaのチャットボットは、シナリオ構造も独特なんです。一般的なチャットボットではシナリオは単線構造になっていますが、Spontenaではネットワーク構造になっていて、想定外のタイミングで入力された言葉も、その前後の入力と関連づけて意味をとることができます。たとえば口座開設手続きの途中で、お客様が急に「これ、スマホでできるの?」と質問してきた場合にも、文脈に沿って理解し、「スマホで口座開設手続きをする場合は、専用アプリがおすすめです」といった回答を返します。

手続き開始の意思をヒアリングする流れだが、ユーザーが自分の気になっていることを差し込みで聞いてきた。うまく設計されたbotは会話の文脈を理解しているので、今話しているのが「外貨預金の口座開設について」であることを知っている。そのため、モデルケースから脱線しても、最終的に「口座を開設する」というユーザーのタスク解決が可能になる。
何の口座が作りたいのか分かっていない状態だと、「口座を開設する」というタスクの解決ができないので、ユーザーの理解度に寄り添いながら必要な情報を取得するよう会話を進められる。会話の文脈に沿って一歩ずつ進めるので、ユーザーに混乱が少ない。

【辻村】「明日お願いします」という書き込みがあった場合も、それが予約をとろうとしているタイミングであれば、「『翌日に予約を入れたい』ということだな」と理解し、その日が1月23日であれば、「2024年01月24日 お願いします」という文章に変換した上で対応するんです。

文脈から判断してお客様のタスク解決をサポートできるのが、Spontenaのチャットボットの強みで、ストレスの少ない顧客体験を楽しむことができます。

――ユーザーのさまざまな書き込みに応じてどのようにシナリオを進めていくかは、どうやって決めているのですか?

【宮﨑】社内で徹底的に議論して、人が決めています。サービス開始後も、アプリごとに担当者がログをチェックして、ユーザーがより話しやすいように改善していきます。

【藤井】Spontenaのサービスはそれだけ手がかかっています。ただそれは必要なコストで、最終的にクオリティ重視で導入を決めていただくケースが多いです。リリースして終わりではなく、継続的にサービスを改善し、顧客体験を高めていくことが重要だと考えています。

――Spontenaのチャットボット導入企業は、どんなメリットを期待できるのでしょうか。

【宮﨑】チャットボット導入は一般的に人手不足解消とコスト削減の効果が挙げられますが、Spontenaの場合はそれだけでなく、顧客体験の向上や、継続的な顧客接点の維持など、売上増につなげる「攻め」の姿勢もあります。

【辻村】私たち会話設計士も、顧客体験向上を進めるために存在しているんです。導入前には、企業の担当者の方と綿密に打ち合わせを行い、ご要望に対して「ユーザー目線からすると、この形のほうがいいのでは?」と逆提案することもあります。

【藤井】最近の企業サイトは内容が充実してきましたが、巨大サイト内のあちこちに置かれた必要な情報をユーザー個人が探すのは大変です。これからはお客様が情報を自分で探す形から、案内役のチャットボットがお客様の要望を聞き、必要な情報を提供する形に変わっていくと思います。そのような新たな顧客体験の創出を、Spontenaでお手伝いしたいと考えています。