社会課題解決のプロセスを体感する良い機会に
――二子玉川駅前の公共喫煙所は、一般的な喫煙所とは少し違った特徴があるそうですね。どんなところでしょうか?
【村田】もともと駅前にあった公共喫煙所を、「喫煙所を“考える場所”に」をコンセプトとしてリニューアルしたもので、2022年7月に完成しました。最大の特徴は、牛尾先生のゼミの学生さんたちが中心になってつくり上げたという点です。
学生さんたちの発案で、外壁には東京都内の木材である多摩産材を使い、世田谷区のハザードマップにアクセスできる2次元コードも掲示しました。いずれのアイデアも、「地域の方々にサステナブルな取り組みを意識するきっかけとしてもらえたら」という思いから生まれています。
【牛尾】村田さんから「より地域のためになる公共喫煙所を考えるプロジェクトを産学連携で実施したい」とご連絡いただいたのが始まりでしたね。私の専門は経営学ですが、ゼミは社会課題の発見や分析、解決を中心に展開していて、企業とのコラボレーション活動にも取り組んできました。今回のプロジェクトも、学生に社会課題解決のプロセスを体感してもらういい機会になったと思っています。
【村田】学生さんたちは、「公共喫煙所がたばこを吸う方だけでなく吸われない方々にとっても有益なものになるように」と取り組んでくれました。多摩産材を使うアイデアは、地産地消や間伐材の活用を実践することで、地域の方々に向けて、SDGsの目標15「陸の豊かさも守ろう」を発信できるようにしたいという考えから生まれたものです。
また、二子玉川エリアでは2019年の台風19号で多摩川の氾濫が起きてしまいました。多摩川の増水や洪水リスクがあることを忘れてはいけないという意識が地元の方々には根付いています。そのような状況において、ハザードマップは、SDGsの目標11「住み続けられるまちづくりを」を考えていただく役割を担っています。
【牛尾】当ゼミの方針は「学生が考えて決める」です。私の役割は考える機会を与えることですから、学生にとって、このプロジェクトに参加することは、さまざまな観点から企業の方とSDGsについて考える機会にもなると思い、参加を希望する学生がいればお話を受けようと決めました。
そして実際に、学生にとっては、SDGsはもちろんたばこを吸う方と吸われない方の共存について考える機会にもなりました。
喫煙所を「吸わない人」にとっても価値ある場所に
――プロジェクトはどう進めたのですか?
【牛尾】まず、2021年5月にゼミにJTの担当者の方を迎え、プロジェクトの方向性などについて学生と意見交換を行いました。そこからゼミ内でプロジェクトの専従メンバー8人を決め、彼らがJTの方と相談しながらコンセプトや具体的なプランを固めていったのです。その後、8月には世田谷区との協議が始まりました。どの街にある喫煙所を対象とするか、学生たちの案のうちどれを採用するかなど、区の担当者の方々と何度も話し合ったと聞いています。
【村田】実際に採用されたのは多摩産材の活用とハザードマップの案内ですが、学生さんたちは他にもAEDの設置や商店街の案内板設置など、たくさんの案を出してくれました。当社と学生さんたちとで、そうした案を持って区役所を訪ねました。
【牛尾】実施内容が決まったのは10月でしたね。その後、学生たちが自発的に「MOCTION」(国産木材の活用を推進する非営利団体)と交流を持ち、アドバイスをいただきながらデザインや資材調達を進めていきました。そして、最初の打ち合わせから1年以上をかけてようやく完成にこぎ着けたのです。協議等が難航して「実現できるのかな」と心配した時期もありましたが(笑)、メンバーの卒業前に完成に至ることができてホッとしています。
【村田】コンセプトは比較的早い段階で決まっていたものの、詳細な仕様決定や多摩産材の加工にはやはり時間がかかりました。思わぬ壁にぶつかることもあり、学生さんたちも大変だったのではないかと思います。
【牛尾】社会課題の解決策を思いついても、いざ実現するとなるとさまざまな壁があるものです。今回のプロジェクトは、学生たちがこの壁を身をもって体験できたという点で、非常に教育効果が高かったと考えています。どんなによかれと思って提案しても、関係各所にはそれぞれの役割がありますから、当初の理想通りにことが進むとは限りません。学生たちにとっていい勉強になったと同時に、成長の機会にもなったと思います。
――参加した学生からはどんな声が上がっていますか?
【牛尾】ある学生は完成当日に現地に行き、たくさんの方が使ってくれているのを見て、「皆さんが少しでもホッと落ち着ける場所になればいいな」とうれしそうに語っていました。
また、この喫煙所の壁には「smoking and thinking」という言葉が掲示されていますが、ここには「喫煙所を考える場所にしたい」という思いが込められています。この言葉を考えた学生は、喫煙所をSDGsやまちづくり、たばこを吸う人と吸わない人の共存などについて考えられるような場所にしたかったそうで、実際にそうした付加価値を持たせることができて喜んでいました。
【村田】私たちも、喫煙所を、たばこを吸う人だけでなく吸わない人にとってもより価値ある場所にしたいと思っています。今回のようなプロジェクトにはまだ取り組み始めたばかりですが、今後もどうすれば地域社会が抱える課題の解決や地域の皆さんのお役に立てるのか、さまざまなつながりを大切にしながら活動を続けていくつもりです。
美大や障がい者団体、商店街と連携したケースも
――二子玉川以外の場所でも同様のプロジェクトが進んでいますね。
【村田】相模原市や多摩美術大学、地元の障がい者支援団体、商店街と協力して実施した、JR橋本駅前のプロジェクトがあります。「市民がSDGsやダイバーシティについて考えるきっかけをつくりたい」という市の思いを形にしようと、学生や地域の皆様がつくったSDGsカラーのアート作品を、橋本エリアの喫煙所や地下道などに掲示しました。
もともとは私が多摩美術大学に声をかけたのですが、そこから数珠つなぎに皆さんとつながることができたおかげで、それぞれの強みを生かした素敵なプロジェクトになったと思っています。私たちの力だけでは絶対に実現できなかったな、学生さんや地域の方々の力って本当にすごいなと実感しました。
【牛尾】このプロジェクトは、村田さんをはじめとする若い社員さんたちが自ら考えて実現に向けて動いているそうですね。上司に言われたからではなく、若い人が主体的に進めているところがすばらしいと思いました。
JTがメインとするたばこ事業は、喫煙マナーやぽい捨てなどの問題とは切り離せないものだと認識しています。この問題をどう解決するかは、会社にとって大きなテーマでしょう。その意味で、いま実践されている喫煙所に地域に沿った価値を与える取り組みは、そうした問題解決につながるという点でも、社会をよりよくする上でも意義のあるものだと感じます。
【村田】ありがとうございます。公共喫煙所については、これまでに小平市や武蔵野美術大学、墨田区ともプロジェクトを行ってきました。これからもご縁のあったところから取り組みを進めて、その地域が抱えている課題を解決できるよう活動していきます。
【牛尾】今後も時代の要請を敏感に察知しながら、JTだからこそできる独自の、そして地域社会に貢献できる活動を進めていっていただきたいですね。各自治体や地域の課題解決に積極的に関わり、大学や商店街などにも協力の輪を広げながらプロジェクトを展開していく──。そうした姿勢をぜひ持ち続けていただけたらと思います。