起業家と後継ぎは、どこが違うのか
【信岡】当社は中小企業に特化した保険会社として、全国で多くのお客さまをサポートしています。そのとき、お客さまの課題として必ずと言っていいほど出てくるのが「後継者がいない……」というお話です。
【山野】同じ経営者でも、若い起業家と後継ぎとでは見られ方がまったく違いますね。「家業を継ぐ」というと、「親の七光り」とか「苦しい環境で親の事業をそのまま引き継ぐ」といったイメージがあります。でも実際は、会社の技術やノウハウ、人脈などを上手に活用しながら新しい事業に打って出て、生き生きと仕事をしている後継ぎの方も少なくないんです。
【信岡】家業の経営資源を活用して、新たなビジネスに挑戦する――。山野さんのおっしゃっている「ベンチャー型事業承継」ですね。
【山野】はい。ユニクロや星野リゾートも、もとは家業の洋品店や旅館を継いだところから始まっています。起業家の場合、「自分のやりたい事業」で会社を起こす方が多いと思いますが、後継ぎの方はまず家業ありきで、会社存続のために「家業が社会にとってどんな価値や意義があるか」を必死に考える。起業家とはアプローチは違いますが、結果的に世の中に新しい価値を生み出すのが特徴です。
【信岡】確かに、ご両親が守ってきた事業の価値を理解した上で、新しい方法でより多くの人にその価値を届けたいという思いを後継ぎの方からうかがうことは多いですね。
【山野】そうした方の意欲的な活動を、ベンチャー企業の一つのスタイルとして再定義し、発信していくことで、事業承継に誇りを持って取り組む後継者を増やしたいと考えたんです。
【信岡】当社でも「次世代への支援」として、この後継者問題の解決を支援したいと、NPO法人と連携して2017年に「家業イノベーション・ラボ」という家業をもつ若手後継者のためのコミュニティをつくりました。また、山野さんの「一般社団法人ベンチャー型事業承継」を知ったときも、まさに思いを同じくする取り組みだということで、2019年からその活動に協賛させていただいています。ベンチャー型事業承継という視点から後継ぎの意義や中小企業の可能性を見つめ直すことで、勇気づけられた方は多いのではないかと思います。
【山野】ありがとうございます。ぜひ、そうあってほしいと思います。
事業の隠れた可能性を引き出すには何が必要か
【山野】私は、昔ながらの業界やアナログ的なビジネスには、大きな可能性が秘められていると感じています。実際、若い後継ぎの方からも、「新しいことに挑戦しようする人が少なく、改善の余地も大きいぶん、伸びしろある市場として勝ち筋が描きやすい」という話は多く聞きます。
【信岡】確かに、レガシーを抱えた業界では、わずかな違いを取り入れることが差別化の要因になることはよくあります。自社の経営資源を大切にしながら、いかにレガシーを崩し、ユーザー視点でのイノベーションを起こせるかがポイントだと思います。
【山野】例えば福岡県のある自動車教習所では、教育ノウハウをコンテンツ化し、オンラインサービスをはじめ、他校への展開を進めると同時に、AIで運転の仕方が学べるシステムを東京大学と共同で開発しています。
【信岡】面白い取り組みですね。既存のものに別のものを組み合わせながら、新しい価値を生み出していく。まさにイノベーションですが、それを生むために重要なことは何だとお考えですか。
【山野】「自社の財産をどこまで棚卸しできるか」が、重要なカギだと思います。自動車教習所の例も、長年のアナログなノウハウの蓄積があってこそ。いくらいいアイデアがあっても、それに掛け合わせる自社の強みを知らなければ具現化するのは難しい。その掘り起こしで役立つものの一つのが、女性のコミュニケーション能力だと思っています。
【信岡】なるほど、具体的にはどういうことですか。
【山野】経営資源の棚卸しは、書面や現場を見るだけでは不十分で、人の話を聞くことが欠かせません。ただ、父親と息子だとライバルのような関係になってしまい、コミュニケーションがうまくいかない場合も多い。一方、娘は案外父親と深い話もしています。私の知る限り、同じ後継ぎでも男性より女性のほうが、先代社長やベテラン社員との関係を上手に築いています。
【信岡】納得できる話ですね。そうして相手の懐に入って情報を引き出し、家業の価値をしっかり理解した上で、業界の課題や自社の立ち位置を踏まえ、何をどう変えていくかを考えるわけですね。
女性が「社長を経験してよかった」と思っていること
【山野】信岡さんは、経営者としての女性の強みにはどんなものがあると思いますか。
【信岡】一つ大きいのは、マイノリティの視点を理解できていることだと思います。昨年、当社で女性の社長を対象に、就任後どんな制度を導入したかを調べたところ、最も多かったのが「時短勤務」や「時差勤務」「テレワーク」など柔軟な働き方を後押しするものでした。企業というのはまだまだ男性社会の面もある。人材の多様化が進むなか、そこで苦労してきた経験を生かし、社員一人一人に寄り添った経営を行えるのは強力なアドバンテージになるでしょう。
中小企業の女性が社長になって初めて導入した働き方に関する制度
(「初めて導入した制度はない」を除いて、上位抜粋)
【山野】確かにそうですね。また別の方向から、これは私の印象ですが、女性はしがらみに縛られず、会社のあるべき姿を考えて不採算部門をたたむなど、ある意味ドライに合理的な判断ができる人が多い気がします。
【信岡】言われてみれば、そうした胆力のある人の割合は高いかもしれません。挑戦に意欲的な人も多く、女性の社長を対象とした先の調査で、社長を経験して良かったこととして最も多く挙がったのは「やりがいのある仕事ができる」こと。2位は「チャレンジ精神を発揮できる」ことでした。そのほか、山野さんが男女問わずさまざまな経営者の方に関わるなかで、成功する企業のリーダーに共通する条件はありましたか。
【山野】アンテナをしっかり張っていることですね。今は、業界、業態の垣根がなくなっています。成長する企業は異業種や社会の情報も広く集めながら、高い感度で自社に合うものを選んで取り入れている。また現場を見る、人に会うといった行動を道場破り的にできる人の方が、チャンスの数も多くなるでしょう。
【信岡】私も完全に同意します。アンテナを外に向けてネットワークを広げ、他の業種や別の地域での成功事例も学びながら、自社の方向性を考える。その上で、まずはアクションを起こして、失敗もしながら、やり方を見つけていく。そうしたアンテナの高さと行動力を持った人が、成功に近づいていると感じます。
女性リーダーのロールモデルを生み出すために
【信岡】いまだ中小企業における女性経営者は少数派です。ただ「会社は男性が継ぐもの」という意識は変わりつつあり、女性が後継ぎになるケースも増えていると感じます。
【山野】「ベンチャー型事業承継」の活動でも、魅力的な女性経営者や後継ぎ候補の女性にお会いすることは多いですね。イギリス留学後に就職した現地のベンチャー企業の役員になる話を蹴って、家業に戻って育苗業の新規事業に取り組んでいる後継ぎの女性もいます。
【信岡】頼もしいですね。
【山野】家業が持っている“らしさ”と、個人が持っている“らしさ”をかけ算して、新たな価値を生み出すのがベンチャー型事業承継。彼女のような人なら、自分の個性と経験を生かして、何か面白いものを生み出してくれるのではないかと期待しています。
【信岡】そうですね。言うまでもありませんが、今後、日本のビジネス界にとって、女性リーダーの活躍はさらに欠かせないものになっていきます。ただ、リーダーの女性は割合としては少ないですし、ライフステージが多様な分、悩みを抱える方も多いはず。だからこそ思いを共有できる場が必要です。昨年は、恋愛・結婚・出産について女性アトツギが先輩女性経営者と語り合うイベントを山野さんたちとのコラボレーションで実施しましたね。また、女性社長.netとタッグを組んで、先代の急な逝去等で突然事業承継を体験した女性後継者の支援のためにオンラインコミュニティ「女性社長のココトモひろば」を開設しました。
【山野】女性はキャリアを積んでいくにも、結婚、出産も含めて多様な道筋があります。そうしたなかで、より多くのロールモデルが登場してくることで、一歩前に踏み出せる人が増えてくると感じます。
【信岡】新しいビジネス文化づくりに力を尽くす山野さんも、そうしたロールモデルのお一人だと思います。
【山野】そんな立派なものではありませんが、仲間と力を合わせながら、「ベンチャー型事業承継を日本のビジネス文化としてしっかり定着させる」という目標に向かって、前進していけるのはやりがいがありますね。
【信岡】当社も、引き続き多様な方が活躍できる環境づくりに貢献していければと考えています。本日はありがとうございました。